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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
殺戮将軍
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騎士の任務

 帝都に帰還する。民の代表者を連れ、死した魔獣の亡骸を氷漬けて、村から借り受けた馬車に詰め込んで護送する。

「これを、アウスティッペ男爵へ。」

「承知いたしました。」

本来は他の騎士がやるべきだった事後処理、殲滅された軍の物資や痕跡の確認。被害報告、敵個体情報報告、他の魔獣個体が存在しないかの調査。それらを三日三晩で終わらせてからの、手紙による連絡。


 一人しかいない上、最優先報告は皇帝に、自ら奏上しなければならない都合上、出来ること、やるべきこととその手段、かけてもいい時間は大きく限定される。その上で、全て成し遂げてからの、彼の帰還だった。

「よく帰還した、ウォルニア=アデス・バルディエス。報告書は受け取った。大義である。」

何度か村の代表も呼び出されていたことを知っている。おそらく、報告書と聞くこと、全てを精査した上で、報告書の記載に誤りはないと判断したのだろう。


「此度の魔獣は己の手で魔に至った獣であった。それほどの強敵を退けたこと、またその騎士が我が国にいること、余は誇りに思おう。」

己の手で魔に至った。おそらく、己の手で至らない魔とは、“神の愛し子”による、『魔』法の授与ではなく、竜の血の摂取による強制的な魔獣化を指すのだろうと考える。

「いえ、運が、よかっただけです。」

そう返すものの、そうだろうかと、わからなくなる。何しろ戦っていた記憶はあまりない。実力で勝ったとも、運で勝ったともいえない。

「私はただ、夢中で剣を振るっていただけですので。」

そこに、帰結すると感じた。


「ふむ。……そうか。」

皇帝はあまり興味がなさそうに言う。過程はどうあれ、魔獣を殺した。皇帝に必要なのは、その証明だけである。理解していてなお言葉を紡いだのは、それが彼自身の現状の再確認に他ならない。

 真に英雄であれば、同輩を死なせずに、勝利できたはずだ。事をうまく収められたはずだ。

 まだ、研鑽しなければならないことは、多い。

「まぁ、よい。貴様には褒章として銀石一つを授ける。騎士ウォルニア=アデス。そなたの名は覚えたぞ。」

その言葉を合図に、皇帝が謁見の間から退室する。その後を、他の騎士たちが続き……私は、回れ右をして謁見室を出た。




 騎士団としての日々は変わらず続いた。変わったことといえば、副団長が変わったことと、私に絡む同僚がいなくなったことだ。

 私は皇帝の目にかかった。出世競争で一歩先んじた。運がよかっただけとはいえ、9人の命が奪えなかった命を奪えた。それは、立派な功績以外のなんでもない。

「……息苦しくは、ないのか。」

騎士は、そこまで美しくはない。それを知っている兄からの問いに、私は苦笑いした。家族の絆、といえば聞こえがいい。だが、兄とて打算あって、言っていた。


 私が騎士を辞めるという醜聞が起きる日があれば、バルディエス男爵家は風当たりが厳しくなるだろう。そうなる前に対応できるなら、準備しておくから言え—―兄の言葉は、そういう命令を多分に含んでいる。

「大丈夫だ、兄さん。私は、折れない。」

孤独は、貴族の宿命。騎士になっても変わらなかったという、ただそれだけの話であり……

「そうか。」

それは、兄にとってもわかっていたことで。実のところ、兄としては心配などしていなかったのだろう。


(心配しているという体面が、必要なんだろうな。)

期待の新人の、家族である。私の扱いは、貴族社会に……いや、帝国軍事にとって、特に重要な意味を持っている。冷遇したとあっては、非常にまずい目に遭いかねない。

「では、私はこれで。」

「待て。」

こんな話に、嫌気自体はさしていた。今までと同じ、変わらない騙し合いと、変わらない化かし合い。席を立とうとして、兄は私を呼び止めた。


「持っていけ、うちの家宝の剣だ。我が家で最も強いお前が持つといい。」

机に置かれた剣を見る。煌びやかではない、実直な、実戦を重んじるような剣。しかし、相当な業物であるということは、見てわかった。

「うちに、家宝の剣なんてありましたか?」

「記録はな。実際には残っていなかった。」

では、これは再現品ということだろう。本当に嫌になる、と私は顔をしかめた。


 つまり、私はバルディエス男爵家に所属しているという、宣伝のようなものを渡されたのだ。宣伝のために、高い金を払って鍛冶師を雇い、おそらく最高品質の剣を作り上げさせた。

「これさえ持っていれば、養子騒動からは逃げられるだろう。」

功績を挙げた騎士が家門にいるということが、貴族家ではそれなりに意味のあることになってくる。実際、前線で戦果を上げた農民や衛兵上がりの騎士たちは、その多くが子爵以下の貴族家に養子入りしている。


 私は元より男爵だ。最低の爵位とはいえ、元より貴族家に属する私を養子にすることはそれなりのメリットがある……最低限の礼儀や教育を与える必要が、あまりない。

 ゆえに、最近の私は子爵以上の貴族たちから養子の誘いがひっきりなしに来ており……

「我が家門から出る気はない。その、話が家門入りの剣を帯剣するということは、それを公言することと繋がる。……ゆめ、手放すな。」

私がバルディエス男爵家に所属していることで恩恵を得られるのは、他の貴族家だけではない。バルディエス男爵家そのものもだ。

「安心してください。出奔する気はありません。」

我が家は、やはり、男爵家であり、貴族であり……私はその、次男なのだと、強く感じた。




 それから。私は単体で多くの魔獣や竜の獣を狩った。トラ、猪、鷹、ネズミに至るまで、魔に属するものは等しく人類の敵になる。私は、人を食することが多い彼らを、悉く狩っていった。


 私が出向く地には、魔獣がいる。私が出向く地には、盗賊がいる。私が出向く地には、人々の命を脅かす『何か』が、必ずいる。

 そして、それ以外の任務は、からっきし、私には与えられない。もちろん、勤続年数の問題があったからだが……ある日。それは、国の策謀だったと、気付く日が来た。


 その日は、皇帝陛下に呼び出されていた。謁見の間で、いつも通りに、何かしらの任務を受ける。それだけだと思っていた、が。

「ウォルニアよ。此度は、そなたの力を量らせてほしい。」

「力、ですか?」

「うむ。そなたの、戦士としての力量は、既に疑うべくもない。ゆえに、これから量るのは、騎士……いや、文官としての、力量だ。」

建前だ、ということはわかった。文官としての力量は、おそらく、これまでの魔の討伐で量りきられている。


 各領主へ、そして帝家への報連相の徹底、およびアフターフォロー。並みの騎士、あるいは騎士団長レベルにするための探りなら、それで十分なはずだ。

 つまり、必要なのは、実力ではなく実績。出来ることを知っているのではなく、出来ることを知らしめるための任務なのだと、私は、理解した。

「承知いたしました。」

「任務内容は、汚職の取り締まり。モルツ伯爵家の領地、アテスロイの代官が随分な悪政を敷いているらしい。摘出し、報告せよ。」

承知、するしかなかった。帝国に所属する騎士である以上、根本のところで、私は皇帝の命令には逆らえない。そして、悪政を敷く為政者は、民のためにも見過ごせない存在だ。


 問題は、相手が伯爵麾下の代官であること。私は男爵家出身であり、伯爵家といえば2階級上の爵位を持っていることになる。皇帝の勅命であるから悪事を裁けるものの、後に禍根となるのは間違いがなかった。

「……あまり、行きたくはない。」

馬を走らせながら、アテスロイへ向かう。そこは国境沿いにある街であり、隣接する敵国はエリトック帝国が仮想敵にする必要もない弱小国である。とはいえ、国境沿いであるというで、非常に強固な要塞となっている街である。その街に一歩足を踏みしめて。


 その光景に、絶句した。


 まるで搾り取られたかのような、やせ細った人々。掃除する余裕がないのか、汚れ切った街道。修復されることもない、家々。

 その中心にそびえたつ、荘厳で、美しい、屋敷。

「ゆる、せん。」

悪事の摘発を、決め。私は動き出した。


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