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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
殺戮将軍
246/314

勇者の始まり

「おーい、マリー!帰ったぞ!」

ウォルニアが奥に向けて声を上げた。その声に、「はーい」と言って女性が出てくる。料理でもしていたのだろうか、開けた扉からは随分と香ばしい匂いが漏れてきていた。

「紹介しよう、マリー。シーヌ=ヒンメル=ブラウ、クロウの生き残りだ。」

ウォルニアのその紹介に、マリーと呼ばれた女性の目が大きく見開かれ、そして、笑みを浮かべていた。

「シーヌ=ヒンメル=ブラウと申します。初めまして、ご婦人。」

「シーヌ殿、彼女はマリー=バルデラ=シャルラッハ。私の妻です。」

「マリーですわ。息子が世話になっているようで。」

嫉妬の念が、シーヌの心に渦を巻く。自分の家族は死んだ中、デリアは父も母もいる家庭で生きてきた。


 デリアが悪いわけではない。だからと言って、嫉妬心が抑えられるわけでもない。

 今は、人前。デリアに『一日』時間をやると宣言した。以上、今何かを言うわけにもまた、いかない。

「いえ、息子さんには冒険者組合の試験では頼りにさせていただきました。」

社交辞令を交わし合い、互いの目をじっと見る。

(……そう、か。)

そのマリーの瞳を見て、シーヌは理解した。


 ウォルニアの妻は、ウォルニアの最大の理解者だ。シーヌとティキとは比べ物にならないほど強い絆で結ばれている。

 ウォルニアが死ぬことを決めていることを、彼女は理解している。その理由も、そしておそらく、止めることが出来ないことも。

 マリーがシーヌに向ける目は、何より重いものだった。夫への愛情、それを、シーヌへと向けている。

「……安心してください。あなたの望みは、必ず私が果たしましょう。」

「そう、ですか。よろしくお願いいたします。」

シーヌの断言、マリーの礼。状況が状況だ、シーヌが母に言ったセリフ、母がシーヌに返した返答。その重みも、なぜかも理解できなくとも、何かはこの場にいる全員に伝わった。

「母上?」

「デリア、そう。あなたは、受け入れるつもりがないのね。」


 デリアがまだ、父を救うつもりでいること。それを理解して、マリーは悲し気な視線をデリアに向ける。

「なぜですか!」

その叫びは、まるで悲鳴のようだとシーヌは思う。同時に、思うのだ。


 今日まで、もしかしたら苦しい日々を送ったのかもしれないが。

 それはきっと、幸せだったのだろう、と。




 机に座ったのは五人だった。ウォルニア、マリー、デリア、アリス、そしてシーヌ。

 オデイア、アゲーティル、ファリナは外の宿へと移動した。彼らはシャルラッハ家に首を突っ込むことはしない。

 スティーティア夫妻はそもそも論としてデリアに雇われただけの傭兵だ。そして、オデイアはシーヌの付き添いに過ぎない。

 ウォルニアがシーヌを害することはない。オデイアがシーヌに付き添う必要はない。だから、当事者だけが、ここにいた。


「デリア。シーヌ殿は、復讐についてなんと語った?」

「何も間違えてはいないんだ、と。それだけだ。」

そうだったかな、とシーヌは考える。その通りだった気もするし、そうでなかった気もする。ただわかっていることは、シーヌは何が何でも復讐を果たすという、ただそれだけだ。

「ではデリア。お前は復讐を、何のためにすると思う?」

「シーヌがやりたいからだって、そう言った。」

「言ったか?」

「お前は俺に、どうして復讐を止めさせたいのかと聞いただろう。俺は父を殺されたくないだけだと答えたら、お前も同じだと答えた。そういうことだろう?」

復讐を果たしたいだけ。確かに、そう捉えられるし、そう言う意味で言ったのは確かだ。同時に、きっとデリアは肝心なところで理解できていない。


 ウォルニアも、マリーも。じっと、デリアの瞳を見つめている。どこが間違っているのかわかっているのだろう、そしてそれを訂正するべきか迷っているのだろう。

「死ねば、語れなくなりますよ。」

シーヌはポツリと言葉にする。“歴代の人形師”が作り上げた、家族や馴染みの者たちの人形を思い出す。

 もっと話したかった、もっと遊びたかった、もっと共にいたかった。


 “歴代の人形師”のやり方は大問題だったものの、しかし、あの光景で何よりも強く理解した。

「死ねば、ただの、屍です。想いも後に残せなくなる。」

“永久の魔女”は、死んだら軌跡すらも失われると感じていた。彼女から流れ込んだ記憶の中で、シーヌはそれを感じ取った。

 過去は、記録は残せる。シーヌはそう思う。生きた記憶、記録、そして、想い。

「生きている間しか、遺せない。死んでしまえば、言葉に出来なかった感情は、屍を晒すだけになります。」

そのセリフで、ウォルニアは覚悟を決めたようだった。


 もしもここにティキがいたなら、このシーヌの行動に疑問を覚えたかもしれない。これはシーヌによる、ウォルニアに対する慈悲行為である。これまでのシーヌでは決して考えられない行動だろう。

 これまでの復讐も、シーヌは末期の声を聞き届けるくらいはしていた。だが、これは末期の声ではない。どちらかと言えば未練の清算。“仇に絶望と死を”において、絶望の部分には該当しない。

 むしろ。言わせない方が、ウォルニアにとっては『絶望』に値する行為であることは歴然……しかしシーヌは、ウォルニアに話すことを許可した。


「まず、だ。私はシーヌ殿の行為が、正しいものであると考えている。」

「なぜ!」

「復讐されるだけのことを、我々はしたのだ。そして、これはシーヌ殿の人生。彼の人生が『そう』と決めたなら、最後まで走るべきである。」

自分が最後の一人だと理解した上で、だろう。外にいる“覇道参謀”もだが、二人は二人で一つだ。同じと言える。


 自分一人生き残るわけにはいかない。ウォルニアはそういう主張を平然と行ったうえで、言う。

「デリア。お前は、幸せだったか?」

だった。あえて過去形で、今ではなく、聞く。父と母、妻がいるこの状況で、デリアが言えることなどたった一つ。

「あぁ。幸せだったよ、父上。」

胸に穴が空いたような寒さを味わっている。『幸せ』の部分を聞いて、シーヌはその穴が今も閉じそうにない現象を自覚する。

「だが、シーヌ殿は、そうではない。」

「嘘だ!!妻がいる、友がいる、心配する義父がいる!どこが幸せではないというんだ!!」

その叫びは、おおむね正しい。それは、人間にとって、望むべくもない幸せで。



「では。自分に起こっているはずなのに、どこまでも自分のことに思えない。幸せを幸せとわかっていながら実感できないことは、幸せというのだろうか?」



 それが。シーヌが復讐を止められない絶対的で、絶望的な。はっきりと断言できる理由だった。



「は?」

デリアがポカンと口を開ける。何を言っているのかわからないとでも言うように、実際その通りなのだろうとわかるだけの間をおいて、

「何を、言っているのですか?」

それを。言った。


 デリアには、わからないだろう。幸せを。当たり前の幸せが自分に起きていながら、どこまでも人ごとのようにしか思えない感覚を、デリアは理解できていない。理解する必要が、ない。

「シーヌ殿は、クロウの生き残りだ。……クロウで、全てを喪った人間だ。」

友、家族、好敵手、初恋。そして、それだけではなく。

「シーヌ殿は、あのクロウの惨劇で、彼自身を失った。命ではない。感情でもない。……シーヌ=アニャーラという人間の、生きた時間を。彼はあの惨劇に、置いてきたのだ。」


 デリアは何を言っているか理解できないだろうな、と思う。少なくともシーヌは、理解されたいとは思えない。

 こんな幸せに生きてきた少年が理解するには、ここは、地獄に過ぎるのだ。


「わかり、ません。」

「で、あろうな。だが、私は、わかる。」

ウォルニアが言う。デリアとアリスが驚いたように男を見る。そして、シーヌは『そうだろう』という様に泰然とし、マリーは悲痛な表情のまま動かない。

「……私が、“救道の勇者”であった頃、だ。」

なぜウォルニアが理解できるのか。それは、ウォルニアの半生を理解しないことには理解できまいと、彼はその口を開いた。




 エリトック帝国バルディエス男爵家の次男として、ウォルニアは生を受けた。

 教育は厳しく、しかし、貧乏である男爵家では日々の生活も大変で。

 そんな中、彼は“神龍伝説”に、触れた。

「父さん!俺、英雄になりたい!!」

「何を言っておる、ウォルニア。英雄になる?男爵家が英雄になるほどの武功を挙げられるわけがなかろうが!」

「違うよ、父さん!僕は国の英雄になるんじゃなくて、“神龍伝説”の英雄たちみたいに、人が生きる世界のための英雄になりたいんだ!!」

それは、過ぎた願いだった。それは、大きな望みだった。


 それは、将軍にならずとも出来る、願いだった。

「そうか。……そうか。なら、日々をしっかりと生きなさい。勉強を疎かにせず、魔法の訓練を繰り返し、武術の鍛錬を欠かさずに行いなさい。もし優秀だと判断すれば、そなたが騎士になれるよう、推薦文を出してやろう。」

騎士。昔の“神龍伝説”の英雄たちのようになるには、人々を守るにはうってつけの職業だと、当時のウォルニアは感じた。

「わかった!ありがとう、父さん!」

「後、礼儀もじゃ!わしのことは父上と呼びなさい!」

「はい、父上!!」

次男だったこともある。男爵家を継ぐ資格のない少年は、英雄になるべく、まずは騎士の道を歩み始めた。


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