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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
歴代の人形師
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デリアの説得


 シーヌの馬車は、ケルシュトイル公国に預けてきた。ペガサスは基本、同じペガサスか主人の言うことしか聞かない。馬車を引くペガサスのほとんどは、ティキの物だ。シーヌはリーヴァ西か主人と認められていない

 一頭で引けるほど、馬車は軽くはない。冒険者組合員の馬車ともなればなおさらだ。だから、シーヌはリーヴァに乗って、アテスロイへと向かうことになった。


 チラチラと、デリアはシーヌを見る。荷物は少なく、しかし杖は手放さない。警戒心は常に最大、周辺に常に警戒の魔法を撒いている。

「シーヌ。」

「オデイア、ここは敵地です。」

そこまで警戒せずとも、と口に出しかけた男の口がどもる。シャルラッハの領土が近い、という意味ではない。


 ここにはウォルニア=アデス=シャルラッハの子、デリア=シャルラッハ=ロートがいる。その時点で、シーヌにとってここは敵地だ。

「オデイア。」

「……承知した。」

その瞬間、二人の馬のペースが上がる。『お前はついてくるな』という意味であることは、誰に言われずとも理解できた。次の瞬間、デリアも競うように馬の脚を早める。

「ちょ、おい!」

「デリア?」

急な加速に、グラウやアリスが驚いて走り始める。ファリナも、何も言いこそしないが、十分驚いたような顔をしていた。


 そんな表情をされる理由はよくわかる、とデリアは思う。これまで、彼らと行動を共にした数ヵ月、デリアはそこまで感情に任せた動きをしてこなかった。おそらく、初めてではないだろうか。

 だが、敗けたくないと思った。奴に何としてでも食らいつき、超えていきたいと、デリアは願った。


 もちろん、それ以外にもちゃんと理由はある。シーヌが先行してアテスロイに辿り着いてしまえば、デリアが到着するまでに父が死んでいる可能性がある。それはデリアの本意ではない。

 ゆえに、シーヌにはなんとしてでも食らいついて、その道を阻まなければならない……そう言い訳して、デリアはシーヌに食らいついていた。

「ついてくるな、デリア!お前に寝首を掻かれたくはない!」

「掻く気はない!先に行くな、俺の近くに居ろ!」

「断る!なぜ僕を止めようとするやつと行動しないといけない!」

「そりゃ、お前が殺そうとしているのが俺の父だからだ!止めるぞ、俺は!」

「あの混乱に乗じて止められなかった時点で、お前には無理だよ!」

シーヌの叫びに、デリアの中で何かが切れる。『お前じゃ役不足だ』……こう言われて黙ってはいられない。


「言ったな、シーヌ!!」

剣を引き抜いてシーヌの馬に肉薄する。気づいたシーヌは、近づけまいと魔法で攻撃を仕掛けてくる。

 馬上で剣を扱うには慣れがいる。よほどの鍛錬がなければできないが……幸い、デリアはその『よほどの鍛錬』を詰んでいる。

「よ、おりゃぁぁぁ!」

魔法を剣で叩き切り、疾走する。シーヌの隣に位置付けた、シーヌの首を取らんと剣を振り上げ

「ごぁ。」

おそらく、風魔法による面制圧。シーヌの容赦ないそれに、デリアは情けなく吹き飛ばされた。




 焚火を眺めている。シーヌもデリアも、オデイア、グラウ、ファリナ。いずれの誰もが口を利かない。ただ重い沈黙だけが、場を支配している。

 デリアは必死にシーヌに食らいついた。ペガサスと馬では馬の方が劣るにも関わらず、デリアがシーヌに食らいつき続けられたのは、馬術の技量が高いからだ。シーヌに馬術の心得がないだけ、とも言えるが。


 それでも、デリアはシーヌに追いつくことが出来た。だからこうして同じ焚火を囲んでいるが、シーヌは警戒を隠そうとはしていない。

「俺の父は。」

だが。シーヌの復讐は、残り一人のところまで来ている。父さえ殺せば、彼の復讐は完遂する。デリアは、シーヌが父に会うまでに、シーヌの復讐を諦めさせなければならない。

「お前に復讐されるのを、仕方がないと言っている。」

聞く耳を持とうとしなかったシーヌが、顔を上げた。シーヌは自分の本当の望みを理解している。少なくとも、デリアの父が……“殺戮将軍”ウォルニア=アデク=シャルラッハが、黙して死を受け入れるというのは、シーヌにとって好ましくないものだ。

「もういいだろう。復讐されて当然だと受け入れるほど、反省しているんだ。なら、殺す理由はないだろう?」

デリアが問う。シーヌはその言葉を発したデリアを、冷めた目でじっと眺めている。


 デリアは自分が何か間違えたことを言ったと、その視線で理解した。とはいえ、何が間違えていたのかわからない。

「“歴代の人形師”と戦う前、僕はお前に言ったはずだ。」

“隻脚の魔法士”。“黒鉄の天使”。“洗脳の聖女”。“夢幻の死神”。その末路、価値観に関わらず、シーヌは言った。

「彼らは何一つ間違いではなかった。僕の復讐も何一つ間違いではない。ただそういう人生があるだけだ。」

ただ、そう言う人生があるだけ。それが、異常に強力な想いとなってデリアの脳に刃を突きつける。

「反省していたところで、復讐はやめられない。殺し合いは止められない。」

もうここまで来てしまった、そういう想いを、デリアはその瞳から見て取れる。


 シーヌは、大きく息を吸って、吐いて。

「お前の父を殺すことは、決定事項だ。絶対に覆せないと知れ。」

「断る、殺させない。……だが、お前の意見を翻すには、俺の行動だけでは無理なのは分かった。」

シーヌの覚悟のほどが、嫌というほどに伝わってくる。これを否定するだけの思いの丈を、デリアは持ち合わせていない。


 それを認識した時点で、デリアのできることは三つになった。

 一つは、シーヌをここで殺すこと。だが、それを決意するだけの力もまた、デリアにはない。シーヌとティキが話す様子を見てしまった。もう半年以上前に見た、二人の結婚した日以上に近くなった二人を引き離すことは、デリアには今、出来ない。

 二つは、シーヌを座して見過ごすこと。むざむざ父が死ぬことを、黙認し、殺させること。……それだけはしないとデリアは決めている。

 なら、三つ目。シーヌが翻意するまで、シーヌの復讐までの時間を伸ばすこと。そのために……覚悟を決めて、デリアは言った。


「なら、父と、話せ。何が何でも復讐するというのなら。父がどのような想いをもって、今日まで生き続けてきたか。その想いを、背負って殺せ。」

デリアの想像以上に、強い言葉が出た。だが、その言葉に、シーヌは驚いたような、しかし満足したかのような笑みを浮かべる。

「一人くらい。生の声を聞いてから復讐しても、いいだろう。」

オデイアも、それ以外の人たちも。


 それは、夏に雪が降るより信じられない光景だったと、語っている。




 門がそびえる。

 大きな鉄の門は、誰かを拒むような威容を見せている。

 だが、それは誰かを拒むものではない。それ以上に、中にいる何かを外に出さないための物。

「デリア、これが?」

「あぁ。牢獄都市アテスロイ。“救道の勇者”ウォルニア=アデス=シャルラッハを拘束する、牢獄だ。」


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