過日の葬送
人形たちの動きが停止する。“歴代の人形師”の体が崩れ落ちる。
“幻想展開・地獄”……その神髄は、シーヌの心に巣食う復讐心。あるいは、それを形成する、憎悪や悲しみ、喪失感、苦痛。そしてその根源である、絶望をその心に共有すること。
「十何年の、絶望だと思っている……。」
あの日から。あの惨劇の日から一度たりとも、悲しみが心に湧き起らない日はない。憎悪で身を焦がされそうになる日々を、苦痛で悶えて死にそうな日々を送ってきたのだ。
「十何年の、死の体験をしてきたと思っている……。」
それは、死ぬより辛いと師は言った。あるいは『それ』を発動できれば、冒険者組合トップに食い込めるとまで言われた秘術。
シーヌ=ヒンメル=ブラウは、彼の実力では、おそらく1000位前後の実力の者に当てるのがせいぜいの力しかないが。“幻想展開・地獄”の中に相手を取り込むことさえ出来れば、冒険者組合内でさえ、序列は50位を上回れる。
言い換えるなら。それくらいの者なら容易に殺せるだけの、“地獄”を心の中に内包しているのがシーヌ=ヒンメル=ブラウという、クロウの亡霊である。
「あぁ。……送らないと。」
振り返る。かつて別れすら告げられなかった人たちの躯が、利用されつくした者たちの怨嗟がそこにある。
祖父の体を抱き上げた。重くはない。もう、人形化して、10年以上の月日が経っている。
父の体を抱き上げた。かつて自分を背負っていた、大きなものだと思っていた体は、そうと認識できないほど軽かった。
母の体を父の隣に並べた。ああ、やはり母は、父の隣で健やかで。
義兄と姉を隣に並べた。たった二年の結婚生活。姉は妊娠もしていたはずだ。もしかしたら、姪っ子がいたはずなのに。そんな情景が、心をよぎる。
妹を母の隣に並べた。シーヌに、シャルに、ビネルについて来ようとしていた妹。でも、母には甘えただった。
ビネルの体を、抱きしめた。幼馴染は、今にも起きていそうなほど明るい表情で。燃え死んだとは思えない、昔通りのビネルだった。
シャルロットの体を、抱きしめる。気づいてすらいなかったけれど、彼女が初恋だったのかもしれないと思う。一緒に、いようと、約束、したのに。
アデクの手を握りしめた。彼は、最後まで、シーヌのライバルだった。
「大丈夫。わかって、る。」
炎を、上げる。あの日死んだのは五万人くらい。そのうち、千人ほどは人形化されていた。それらを、燃やす。
殺せずとも、死んだものを葬送することは出来る。燃えて灰になっていく過日の躯たちに、シーヌはただ、祈った。
「どうして、僕に親しい人の人形ばかりだったのだろう?」
それは、少し解せない。ビネル、シャル、アデク。この三人は特に解せない。父はわかる、祖父と母もまぁ、わかる。だが、他に多くある死体の中から、どうして友人たちが選ばれたのか。
「そりゃあ、お前が野放しにされとったんと関係あるやろ。商業都市の方は知らんけど、工業都市のトップはあんたの育て親や。クロウの生き残りがおるのは理解されとったし、多分学園都市のトップもお前の正体は知っとった。」
チェガとの戦いに終止符を打ったグラウがいう。シーヌはチラリと友人の無事を確認する。
随分とボロボロにされてはいたが、チェガはきちんと、五体満足で生きていた。
「学園都市のトップが知ってるというのは、なぜわかる?」
「兄貴が学園都市のトップや。冒険者組合序列39位、ジャッケル=グラウ=デハーニ。あいつのことや、知らん人間、おひざ元に入れへんわ。」
おそらく、そのころから監視されていたということだろう。そして、おそらく万が一の、対シーヌ用の切り札として、『屍使い』を置いたのだ。
「ついでにお前の動向の監視もなぁ。復讐のため以外の国政干渉でもしてたら、お前らまとめて切られとったで。」
長年冒険者組合を、傭兵の視点から見てきた男だ。おそらくは事実なのだろう。
そして、思う。学園都市では、自分が“歴代の人形師”と今出会うことは予想外だったのではないか、と。
「気にしゃんでえぇ。兄貴はもう、お前に興味ないわ。」
「わかるのか?」
「兄弟やかんな、なんとなくや。ただ、商業都市の方はどうやろなぁ……。」
グラウは……おそらく、都市同士の勢力争いについて、何か知っている。シーヌはそう確信した。そして、グラウの言う『興味がない』が、勢力争いの図式にとってという意味であることも、おそらく。
「そうか。」
シーヌは少しだけ安堵する。
学園都市の支部長は、シーヌの復讐に干渉しない。
工業都市の支部長は、シーヌの復讐を後押しした。
商業都市の支部長は、工業都市と犬猿の仲だ、シーヌの邪魔をする可能性がある、が……ここまでくれば、傍観する気もする。
もう一度、葬送の炎を見た。
目をこする。そして、鎮火する。
「帰ろう、ティキ。」
シーヌはまだ、全ての復讐を果たしていない。彼らに挨拶が……別れの言葉を告げられるのは、全てが終わった後だ。
毅然とした態度で、しっかりとシーヌは大地を蹴った。
さらに、2週間後。
「シーヌ、行ってらっしゃい。待ってるから、帰ってきてね。」
おそらく、まだ妊娠二ヵ月。安定期にも程遠い。シーヌが行くアテスロイまで、行って帰ってくるだけでも一ヵ月。
「わかってる。……絶対、帰ってくる。」
ティキの手を握って、そう誓う。
自分の子だ。全く実感はなくとも、自分の子が生まれるのだ。
夫の、父の責務を果たさなければ。シーヌは、ただそう思った。




