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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
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従属

 血に直接干渉して、睡眠魔法をかけることが、シーヌにはできる。血の流れを遅くして、強制的に眠りに誘う魔法だ。

 シーヌはゆっくりとティキの体を横たえる。彼女はあれほど高難度の魔法を放ったのだ。その結果、厄介なものを呼び寄せたとティキに教えるのは、ずいぶんと酷だろう。そう彼は判断した。


(どうせ、赤竜殺しを殺しに行くんだ。中位種の竜くらい一人で狩れなくてどうする。)

シーヌは復讐鬼としての顔を半分くらい覗かせて、竜が出てくる方をにらみつける。

「クロイサさん、そこから動かないでください。」

言うとシーヌは、脇道の近くまで空気の足場を作って駆け始める。竜との出会い頭に頭上から高威力の魔法を叩きつけようと考えて、だ。

「“苦痛”、発動。」

痛めつけ、他の竜の手出しを控えさせる。一度中位の竜を倒してしまえば、同位と下位の竜は襲ってこない。


 そのためには、彼は本気で手を出す必要があった。だからシーヌは、彼が忌避してやまない感情を、頭の中で再燃させる。

 脇道の前に、シーヌが辿り着く。中位の竜の目の前に、真正面に躍り出る。

(緑か!なら串刺しだ!)

シーヌは脇道中の崖という崖から杭を生やす。両手に掲げた剣も、先から岩の杭を顕現させる。

 シーヌは竜の動きを封じた。思った以上に大きかったのか、頭上から攻撃するのは諦めたのだろう。

(計算では出会った瞬間には僕の体は竜の頭より高い位置にあったはずなんだけど。)


実際は、真正面だ。計算が間違えた、というよりも実物を知らなかったが故の失敗だろう。

(経験不足が露骨に出ているみたい。もっと実践に出ないといけない。)

竜は無理やりにでも脱出しようとしているらしい。暴れまわっていて、杭を形作っている土が悲鳴を上げ始めていた。

「死んでもらうよ。」

暴れまわって、杭はもうすぐ役目を果たさなくなる、ということは誰が見てもわかるだろう。しかし、その杭はすでに竜の体を相当に穿っている。


 “苦痛”の概念を使っているから、その竜は痛みで動きが鈍るだろう、とシーヌは見ていた。

「それでも、拘束が取れたら厄介だし。」

竜の頭の真下の地面から、まっすぐに、勢いよく杭を生やす。さながら大地から伸びる槍のように。

 顎から脳天を貫かれた竜は、あっけなく死んだ。

 たとえ中位の竜であっても、冒険者組合に入れるような人間が負けることは、滅多にない。

(ドラッドなら、もっとすんなりと狩り取れただろうな)

奇跡の担い手は、そう思いながら崩れて倒れていく竜の亡骸を静かに見つめ、その歯と爪戦利品として剥ぎ取り、高価な血を三瓶分ほど、回収した。




 馬車に戻る。倒れた竜にとどめを刺して、その肉にありつこうとするハイエナたちが、崖の上から駆け下りてきていた。

「竜の肉は生命力を高めますからねぇ。あれらも、その肉を食べられたら死ににくくなりますから、必死なのでしょう。」

クロイサという商人は、何匹かを弓矢で射止めつつそうぼやいた。ハイエナ自体はたいして問題ではないが、傷ついても回復しやすくなる体を手に入れられると、商人としては困るのだろう。


 主に、積み荷を守るという点で。

「僕は放置しますよ。僕らはあくまで護衛であって、今後の対策のためにいるのではありませんので。」

ハイエナの王様らしきものが、群れの反対側の、中位種の亡骸に近づいていく。それを見て、クロイサという商人は焦りを見せた。

「あれは不味いです!中位種の竜の肉を食べてしまうと、生命としての質すらも変わってしまう!」

「質が変わる?」

ティキの睡眠魔法を解いて、目覚めさせようとしたシーヌが、不穏な言葉を聞いてその手を止めた。


「ええ、凶暴になったり、逆におとなしくなったりしますが、何が起こるのかはわかりません。」

「そうか。放置しよう。」

「でも、危ないですよ!」

「何かあっても死にはしないよ。」

中位の竜を倒したことで、シーヌは調子に乗っていた。何か問題があったとしても、負けはしないと。

 人との戦闘では何が起こるかわからないとよく知っているシーヌでも、自然はもっと危険だとは身をもって知らなかった。


 中位の竜を単独で狩れるなら、常識に照らせばシーヌはこの世界における実力者の一人としてあるということだ。それが証明された、という事実が、シーヌの傲慢と油断を呼んだ。

「ああぁぁ!」

ハイエナが血をすする。高さ三メートル、長さ10メートルもある巨体の血を、たかだか瓶三本程度で回収しきれるはずもない。


 グルルルル、といううめき声が聞こえた。あのハイエナは、まだ一度も肉を噛んではいないのに、だ。

 それだけなら、ただのうめき声だと納得できた。しかし、体が光りながらだとすればおかしいと言わざるをえない。

「なあ、クロイサさん。肉を食べたわけでもないのに変化していますよ?」

「そんなの知りませんよ!飛び散った破片でも食べたのではないですか!」

シーヌは冷や汗をかき始めた。竜の討伐による自己陶酔から一転、何か危険な匂いがしていたからだ。


 シーヌは急いでティキの胸に手を当てて、集中を始める。血の流れをゆっくりゆっくりと早くする。一気に上げると体に毒だ。

 強制的な眠りの後は、強制的な覚醒だ。ティキの体には相当な負担であるだろう。

 シーヌは死ぬわけにはいかない。復讐を果たさなければならない。


 ティキを見捨てるわけにはいかない。妻を見捨てた夫は、社会的な死が待っている。復讐を果たすどころの話ではなくなるのだ。

「……シーヌ?おはよう?」

「おはよう、ティキ。いきなりで悪いんだけど、」

「どうして胸に手を当てているの?」

硬直した。シーヌもティキも16である。そういうことをするのには、何ら問題とはならない、が。

「いや、そういうどころじゃないんだよ。」

シーヌにそういう気はない。ティキと結婚したとはいえ、必要に駆られてだ。シーヌの一方的な想いだと思っている。


 ハイエナが咆哮を上げた。そろそろ、時間切れが近いかもしれない。

「お願い、僕から離れないで。」

言うと、ティキの返事を待たずに飛び出す。彼女はシーヌについてこないと、生きる術を持たない。間違いなくついてくるという確信をもって飛び出した。



 馬車の屋根に乗って前を向くと、2メートルには満たなさそうな巨体と1メートルはぎりぎり超えてそうなハイエナもどきの群れがあった。

 後ろを振るかえると、ティキが倒した竜たちのほとんどが、首から血を流している。一匹当たり一頭の竜を狩ったらしい。

「これが龍か上位じゃなくてよかったですよ。」

弓に矢をつがえながら、商人が言う。まったくその通りだ、とシーヌは思った。

「ティキ!」


巨大で危険極まりない生物たちのほうへ、ティキが歩いていくのが見えて、シーヌは固まった。ありえない、おかしい。しかし、彼の体は思ったように動かない。

「なんですか、あの光は?」

クロイサがティキが掌から放っている光を見せながら寄っていく。シーヌはその光から暖かい何かを感じた。


「いうことを聞いて?」

ティキは一歩一歩距離を詰めながらいう。あの光は、もしかして従属化かもしれない、と思う。

 王族の一部が、たまに持つらしい魔法として、従属化がある。人間に対しても効くには効く、が一番の効果は王を守る守護獣を得る魔法として使われている。

「性質が変わっても、獣は獣、ですか。でしたら、人間よりもその魔法はかけやすいでしょうが……、シーヌさん、彼女は何者ですか?」

「アレイティア公爵令嬢らしいですよ。今は私の妻兼冒険者組合の一員です。」


その説明で、一応納得したらしい。才能はシーヌより、ティキのほうが高い。

「あれを連れ歩くの?」

シーヌは少し、それを止めてほしいと思った。しかし、止めてと声をかける前にティキは魔法を終えていた。

 シーヌはひれ伏したハイエナたちを見て思う。ちょっと大きすぎない、と。

「この谷に近づくこと、人を襲うこと。それを禁止するわ。」


ティキの声が谷中に響き渡る。本当に彼女は貴族の血を引いているのだな、と感じてしまう、王者の威厳を持った声だった。

「もし私たちが困るようなことがあれば七色の光を空に放ちます。その時は私と私の夫を助けなさい!」

このまま野に返すつもりだと知って、シーヌは安どの息を吐いた。あのハイエナもどきを連れ歩くのは、彼にとって負担が大きすぎる。


「クロイサさん、戦闘は避けられたみたいですよ?」

「みたいですね。しかし、冷や汗が出ました。」

「申し訳ない。私が未熟だったせいです。」

「しかたありませんよ。あなたはまだ若い。」

現実逃避をするかのように、屋根の上の二人は話をする。しばらくして、ハイエナもどきの群れは崖を駆け上がっていった。

「奇跡みたいな出来事でしたねぇ。」

「そうですね、信じられない出来事でした……。」

滅多にみられない従属化がみられて、シーヌは少しだけ満足した。


「獣の変態は、竜の肉ではなく血によって起こるみたいですね。」

「血は高く売れますし、加工すれば万能の霊薬の素材にすらなるのですけどね。」

「何にでも、悪いところはあるものです。」

言いながら、骸になった竜たちに炎を向ける。血が危険なら、燃やし尽くして血をすべて消し去ることが大切だと思ったからだ。

「しかし、ティキさんに驚かされて忘れていましたけど、シーヌさんも大概ですよねぇ。」


なかなかひどいことを言ったクロイサに、まあそうだろうという意味を込めて肩をすくめて見せた後、理不尽を罵るように

「ティキは称号を持っていないんですけれどね。」

「波があるように見えますし、女性ですので一応納得ではありますが。」

誰にでも波はある。肩をすくめると、ティキと一緒に再び馬車に乗り込んで座り込んだ。




「従属化、か。」

シーヌの肩を借りて熟睡しているティキを見つめながら、シーヌは考える。

 彼女は公爵家から逃げたがっていた。何があったのかは、まだ聞いていない。

 きっと他の誰かがそれを聞けば、夫婦に隠し事は少ないほうがいい、とかいうだろう。


 こと、シーヌとティキの隠し事はおおきい。聞いたほうが、きっと旅は楽になるし、互いの事情に気を付けられるようになるのだろう。

 しかし、シーヌはティキの事情に踏み込もうとはしなかった。負い目があるからだ。

 ティキの人生を縛った。ティキとほとんど強制に近い形で結婚した。

 ティキがシーヌに想いを寄せていると思っているのは知っている。だからこうして、無防備にシーヌの横で眠れるのだ。


 頬にキスをした時のティキの反応も、ただのラブラブなカップルにしか見えないだろう。

(でも、ティキは……)

恋に、恋をしているだけだ。シーヌのことを、恩人以上に感じてはいない。

 恩が大きすぎて、それを正面から受け止めすぎて、恋心の錯覚という形で見えているだけだ。


 シーヌはティキのことが好きである。だが、彼女にシーヌの内側に踏み込ませようとは思っていない。

 彼は、彼の人生に彼女を巻き込んだことを後悔している。離婚はできないが、仕送りだけして彼女は自由に生きるということも、いつかは選択肢に入る。

 今の彼女は一人で生きられないから、シーヌが生活を助ける。

 お嬢様だから、一人で生きられるようになるのはかなり厳しい。


 だから、この旅でティキが本当の恋を知ったら、相手も満更でもなさそうなら、そいつにティキを預けよう、なんてこともシーヌの頭の中にはあった。

 手放したくない、という想いは間違いなくシーヌの中にもある。

(僕は、必ず死ぬ)

だから、彼女の面倒を一生見ることはできない。

 公爵の家ならいつかティキに追い付くだろう。復讐の片手間に、そっちも片付けて、彼女が自由に生きられるようにしておこう。

 馬車に揺られながら、竜の谷の一部を、シーヌは横切ることに成功した。

忙しいです、次の投稿日は決めません、がなるべく早く投稿しようとは思っています。

感想等、いただけると嬉しいです。

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