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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
歴代の人形師
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復讐の道程

「あぁ、それは……。」

悩むべくもないことだとシーヌは思う。そもそも、デリアは大きな勘違いをしているのだ。復讐は間違った行いではない。正しい行いでもない。ただ、復讐という行為があるだけだ。

「何一つ、間違った行為ではないさ。」

杖を、握る。短剣の柄に、手を触れる。


 クロウの友人たちが、過日の残滓たちが敵としてそこにいる時点でそうなると理解していたが、酷く見覚えのある人形たちがシーヌの方をじっと見ていた。“竜呑の詐欺師”、“夢幻の死神”。“破魔の戦士”、“災厄の傭兵”、“災厄の巫女”、“群竜の王”、“神の愛し子”。戦争のどさくさに紛れて盗まれた遺体。シーヌが埋めすらしなかった遺体。それらを拾って、人形化したのだろうと理解できる。

「例えば“隻脚の魔法師”ドラッド=ファーベ=アレイ。彼は、自分より弱いものは死んでも文句を言えない、弱者が死んだところで、弱いから悪いと考える男だった。」

そして、腕試しのためにクロウに訪れ、虐殺した。

「デリア、それは間違いだろうか?」

“歴代の人形師”は、話が終わるのを待っている。しばらく放置して話し続けても、奴は文句を言わないだろう。


 彼は知っていたいのだとシーヌは思う。わざわざ話を遮って、敵対する必要のないデリアを敵に回したくは、ないのだ。

「例えば“黒鉄の天使”。将来、生かすと国のためにならないと判断して、奴はクロウの民を虐殺した。それは、間違いか?」

ここに彼の人形はいない。国王の目の前で彼を殺したこともあって、おそらく正式な手続きを踏んで埋葬されたのだ。“盟約の四翼”やその配下も同様だろう。


 竜の人形すらあるところを見るに、奴は遺体ならなんでも動かす力を持っている。いや、遺体である必要はない、きっと『物』であれば何でもいい。シーヌ一人に対して、圧倒的な物量で押しつぶす。それが、彼の魔法の力だ。そこまで理解しながら、シーヌはデリアに注釈を続ける。

「例えば“夢幻の死神”。」

シーヌの杖が、暗殺者然とした、黒服の男を示す。死んでしばらくたっているはずなのに、腐臭がない。奴はきっと、『人形』にする過程で、屍を生物的なものから非生物的なものへと変えている。

「あいつは人殺しが快楽だった。それが大好きな人間だった。あいつは間違っているのだろうか?」

いいや、違う。そう、シーヌは断言できる。


「例えば、“洗脳の聖女”。強者のいない世界を目指し、強者の可能性の芽を摘んだ女。」

奴の考えは、目的は、手段は。間違っていたのだろうか。そんな、わけがないのである。


「デリア。復讐も、人殺しも、何一つ悪ではなく、何一つ間違いではない。」

彼の目をじっと見て、シーヌはそう宣言する。

「ただ、そういう人間の人生があっただけだ。それがぶつかった結果、勝者と敗者が残るだけだ。」

そう。これまでの復讐の旅路で、最後に残った復讐の果てで。シーヌは笑って、そう言えるだろう。

「僕は復讐という人生を持っていく。その先に何があるかは知らない。糾弾されるかもしれない。復讐されるかもしれない。」

だけど。シーヌは笑った。

「俺は、この人生を、悪いものだと決して思わない。奴らが、何も悪いことをしなかったのと同様に。」

それは、デリアには、わかりやすい敵対宣言に映るはずだ。自分は“殺戮将軍”ウォルニア=アデス=シャルラッハを殺すことを、悪いことだと認識しない、と言っているに等しい。


 同時に、おそらくこれはデリアに対する救済だ。即ち、『お前がお前の人生を歩むことを、俺は間違いだとは決して言わない』という意味だから。それを聞いて、デリアはスッと剣を抜いた。シーヌに向けて、真っ向から向き合う。

 デリアの意志を尊重するつもりだからだろう。アリスは何も言わない。何も言わずに、デリアの遥か後方に位置した。

「“紅の魔剣士”デリア=シャルラッハ=ロート。“空の魔法士”シーヌ=ヒンメル=ブラウとの敵対を宣言する。」

「妻、アリス=ククロニャ=ロートも、同様に。」

「悪いな、俺はデリアに雇われとんねん?っつうことで敵対させてもらうで。」

シーヌは表情の読めない顔で頷いた。冒険者組合支部でデリアがついてくるといった時点で、この展開を予期していた。彼としては、何の問題もないことだ。


 チェガを見る。チェガは、デリアとアゲーティルに視線を向けている。シーヌの道を阻まないことが、彼の為すべきことだと感じているのだ。

「チェガ、アゲーティルを任せる。」

「……行けるのか?」

「逆に聞くけど、出来る?」

チェガは頬を引き攣らせる。デリアとアゲーティルを一人で抑え込むことは、確かにチェガには不可能だ。五分程度で屍を晒すことになりかねない。

「お前が死んだら困る。敵は死者の肉体を操れるんだ。」

チェガが死んだら、チェガはシーヌに刃を向ける。さらに多くの敵を増やすことになってしまう。


 それに、シーヌは決して言わないが、それ以上に大きな理由があるのだとチェガはわかっている。シーヌには、おそらくこの戦いは大きな負担だ。

「あいよ、了解……!」

チェガは槍を生み出し、シーヌを地面に杖をつく。


 地形が揺れる音が、戦いの始まりだった。




 チェガは真っすぐにアゲーティルの方へと向かった。アゲーティルの喉元に、まっすぐ槍を突き出し、回避される。

「全く、素直な一閃やなぁ。」

ゾワっと、何かを感じた。しゃがみ込みながら前転し、狙いを定めず槍を振る。槍の長さ自身が結界となったおかげで、敵を引きはがすことに成功した。

「怖ッ!」

「そうかいそうかい!存分に怖がりぃ!」

チェガの目の前からアゲーティルは消える。“不感知”を使って、チェガの認識できないところから攻撃を仕掛ける。


 ティキなら、おそらく戦闘している領域一帯に、最大精度で探知魔法をかけることで対応する。シーヌなら無差別に魔法を放って、アゲーティルの対応で位置を割り出しただろう。

 チェガにそこまでの力量はない。チェガのせいぜいは、己の周囲を纏めて薙ぎ払うくらいであるが、アゲーティルがその間合いの外に居たらお手上げである。


 ゆえに、彼の取ることのできる手は一つ。自分の周囲、ほんのわずかな範囲。両足と、そこから半メートル圏内だけに集中する。

 突きが放たれる。バックステップで逃げる。右腕を斬り落とそうと迫る。槍を回転させるように迎撃。蹴りが飛んでくる。背中を撃たれることを受け入れて、槍の穂先は胴を目指す。

「うわ!」

「ッチィ!」

チェガは索敵範囲を狭めた。極小範囲であれば、ティキと同レベルの魔法精度を維持できる。それを理解していたが故だ。

 半メートルに範囲を指定した。それは、脊髄反射で対応できる安全圏がそこだったからだ。

「敗けるまで、敗けねぇ。」

精一杯の時間稼ぎ。だが、シーヌがケリをつけるまでの時間であれば、十分だ。




 シーヌは、己が復讐の路は何一つ間違っていないと言った。そう言う人生を歩んだだけだ、と。

 人間に善悪はいらない。正義も悪も存在しない。どんな人生を歩むかだけが、そこには存在しているのだ、とシーヌは語った。


 たまたまシーヌの人生と彼らの人生がぶつかり、片一方が消えたに過ぎない。なら、父を救うデリアの人生は、復讐を果たそうとするシーヌの人生に、真っ向から剣を叩き込んでも問題はない。

 それは、正しい行為でも、間違った行為でも、ないからだ。


 剣の形状をした杖がデリアの剣を滑らせる。わずかに見せる首元に、短剣が勢いよく伸びてきて、アリスの防御魔法によって阻まれる。

「『ファイアスピア』!」

魔法の教科書に書かれる基礎的な魔法を、アリスは片端から放っていた。シーヌは見た魔法を模倣し、ティキは即興で魔法を作る中、広く一般的な魔法の教科書通りにアリスは魔法を展開し続けている。


 彼女は想像力が希薄だ。彼女は『新しい』物が苦手だ。彼女は『模範的』にしか行動できない。

 だがしかし。模範的な魔法を使い熟すかぎりにおいて、アリス=ククロニャ=ロートという人物は。

 防御不可、最大強度の魔法を、叩き込んでくる魔法使いだ。


 回避、回避、回避。シーヌの魔法威力では、“三念”でも込めない限り迎撃は不可能だ。手数で相殺するには、数が多く、狙いが正確なため、容易ではない。

 そっちに意識を割かれたとして。その時、きっとデリアは隙を見逃さない。

「あぁもう!」

こうなるのはわかっていたとはいえ、防戦一方だ。デリアとアリスだけならまだ相手に出来るが、生前の身体能力や戦闘技術はそのままなのだろう復讐敵たちの介入が、シーヌに攻撃の隙を許さない。

「決着の方法は、ある……!」

“歴代の人形師”自身を討てばいい。だが、近づくことすらできない現状では、なかなかに難しい。

「さて、どうしようか……。」

シーヌが完全に手詰まりを感じ始めた頃。


 馬の嘶きが、響き渡った。そして、直後。戦場が、凍った。


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