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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
歴代の人形師
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真なる冒険者組合員

 メリクリックは、少年たち、いや、観客全員が帰った時点で店じまいを始めた。

 シーヌ=ヒンメル=ブラウ。ティキ=アツーア=ブラウ。彼らは今、ベリンディスにいると聞いていた。いや、実際、向こうにいたはずだ。なのに、今日公演していたら、その姿を目に見ることになった。


 不味い、不味い、不味い。デリアはいい、アリスも、アゲーティルも、チェガも、ファリナも問題にはなり得ない。ティキですら、メリクリックにとってはどうでもいい、有象無象と変わらない。

 だが、シーヌ=ヒンメル=ブラウ。あれだけはいけない、許してはならない。特にシャルロットやビネルを見られたのは、マルスやジェームズを知られたのは、とてもじゃないが許容できないほど不味い。


 いや、正確にはそれすら違う。見られたところで、『死ねばただの屍』という考え方が当たり前であるゆえに、問題だと認識してはいなかった。

 問題だと感じたのは、シーヌの去り際……後ろから見るその殺気が、復讐対象に向けるものだと気づいた時からである。




 馬車を三台、走らせる。父が、祖父が、それ以前の先祖代々が作り上げた人形たちは、メルクリックの命に従って走り始める。

 残る三台の馬車。その中には、最近自力で集めた多くの人形たちがその身を潜めている。……敵と見られたのなら逃げ道はない。シーヌ=ヒンメル=ブラウは冒険者組合員だ。逃げることなど、出来るはずがない。

「……逃げられないなら、殺すまでだ。」

心の中は百戦錬磨の英傑に。メリクリックは俳優だ。人形師であるが、同時にそれ以上に、俳優だ。


 己を、己以外の『誰か』にするのは、そこまで難しいことではなく。台本のないシナリオであろうとも、それが彼の舞台である限り、彼は役者として動き続けられる。

「さて。」

「やぁやぁ、メルクリック殿。メルクリック=グリデアロウ・バッドネイ子爵殿。お初にお目にかかります。」

それは、メルクリックの予想もしないタイミングで、訪れた。頭を下げたその男は、メルクリックも知るそれなりの大物。

「“単国の猛虎”……。」

「えぇ。冒険者組合所属序列65位、“単国の猛虎”アディール=エノクと申します。」

序列65位。それは、“次元越えのアスハ”よりもはるか高みにいる怪物。『単国』と二つ名につく冒険者組合員は、基本的に70位以上の人物だ。一人でおおよそ三千万人程度の人口の国を虐殺できる人物。それらの中でも、特に戦争に向いた魔法を得手とする者に、『単国』という名が付けられている。


 それは、メルクリックの動きを止めるのに十分だった。

 それは、メルクリックの心を折るのに十分だった。

 それは、メルクリックが立つ気すら起きないものだった。


 男の前で跪く。首を垂れ、ただ従順に、殺されまいと許しを請う。

 これが、冒険者組合員。“次元越えのアスハ”を含む、正真正銘の冒険者組合員。


「あなたに命令があって、参りました。」

空が、曇る。いや、それは空ではなく、彼の視界が曇っている。これまでの人生で経験したことがないほどの貧血。それが、彼の頭を、白く、そしてそれ以上に黒く染めている。

「シーヌ=ヒンメルを討ちなさい。これは、命令です。疑問を挟む余地すら与えません。」

それだけ言うと、重圧が消える。メルクリックは、それでも軽く一時間ほどその姿勢を維持していた。


 恐怖に汗が滴った。大量の汗が、彼の周りを、まるで雨が降ったかのような惨状にしてしまっている。

 恐怖に体が引きつった。痙攣し、震えは止まらず、されども立ち上がることが出来てしまう。


 やっと、体の主導権を取り戻した。後ろを振り返り、最近得た、多くの人形たちを見る。

「さぁ、命令には、従おうか……!」

あの恐怖に比べれば、シーヌ=ヒンメル=ブラウやその他大勢など、恐怖の内には入らない。

 それだけは、天と地がひっくり返ったとしても変わることのない、絶対の事実だった。




 人形たちを動かす。“盟約の四翼”に焼き殺されたビネルの亡骸を引っ張り出す。

 これを人形にするのは大変だった。“復元”の概念を用いて半年もかけて元の体に戻したのだ。


 人間が死んだら、心臓は止まる。もし魂というものがあるのなら、それは外へと消えているだろう。人格を、動きを示す脳機能すら止まっている。

 だがしかし、“歴代の人形師”は、死んだ人間の亡骸から、失われていない人物の生命力、酷い言い方をするなら回復力だけを抽出し、人間に見えるだけの治癒を施した。


 生きてはいない。しかし、肉体を万全な状態にするまで、身体だけは生きさせた。事実上の植物状態を、魔法で維持したのである。

「他の人形たちも同様に!」

内臓が飛び散った守護神の肉体。首が斬り落とされたその息子の人形。胴がなくなったはずの少女の、弓で射殺されたはずの母の。


 彼は一人で、軍と同様の人形たちを操ることが出来る。それが、“歴代の人形師”……事情を知る一握りからは“屍使い”と呼ばれる男の所業。




 それは、死を冒涜する行いである。

 それは、何一つ間違いではない行いである。

 『死ねばただの屍』であり、意味も価値もないものであるならば。


 人形とすることの、何が問題であるのだろう?




 メルクリックは、そのプレッシャーを解放して、少年を堂々と待ち受けた。


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