過日の思い出
毎日の朝の訓練は、一人だ。走って、剣を振って、走って。
練兵場でも、アデクは目を合わせない。ただ、模擬戦闘の時は必ずと言っていいほどアデクと当たる。僕と同じだけ戦える人はアデクしかいない。アデクと戦えるだけの力を持っているのも、僕しかいない。
だけど、僕とアデクは、喧嘩していることになる。その模擬戦は、それをわかりやすく見せなければならない。
どちらともなく本気を出し、相手を殺そうとするかのように胸や首を遠慮なく狙う。だけど、僕もアデクも、互いが上手く避けることを確信して剣を振っている。とても、たのしい時間だ。
だから、毎日アデクと話せないことは、悲しい事じゃない。心のどこかで繋がっているから。悲しい事じゃ、ない、はずだ。
ランニングには、たまにエマやビネルがついてくる。とはいえ、二人は僕に追いつけない。ビネルは体を動かすのは苦手だし、エマは僕より小さい。僕はゆっくり走ることはしないから、ついてこられるはずがない。
でも、たまに二人はついてきた。もしかしたら、僕が遠くに行くような気がしていたのかな、なんて、思う。
シャルはお人形遊びが大好きだ。何が面白いのか僕はわからないけど、シャルが楽しそうだから、ずっと笑って見つめている。たまに、鳥の世話をしたりする。その時も、シャルはとても幸せそうだ。
3人で、一緒に外でご飯を食べる。お父さんからお金をもらって、一緒にパンとかパスタとかを食べる。
「美味しいね、シーヌ!」
「うん。毎日食べられたらいいのになぁ。」
「じゃあ、シャル、作れるようになるよ!今度作ってあげる!」
「僕も混ぜてよ、シャル。仲間外れなんてズルいじゃないか。」
「わかってる!ビネルも一緒よ!」
笑顔で、約束。破れることなんて信じていない、昔の約束。
あぁ、叶えたかったな、と、心のどこかが囁いた。
年に一度、祭りがある。収穫を祝うお祭りは、広場でみんなが集まって、食べ物や飲み物をたくさんもらえるいい1日だ。
アデクは今まで、『走るぜ、シーヌ!』と言って僕が宴会に混じることを許してくれなかったけど、アデクがいない今なら出来る。
ライバルだなんだと言っているけれど。アデクと離れて、よかったと、ちょっとだけ思っていた。
「シーヌシーヌ!ブドウのジュースがあったわ!飲みましょう!」
「シーヌ!このパン柔らかいよ!柔らかいパンなんてあったんだね!」
「見て見てシーヌ!これは何?なんか虫みたいだよ?」
「お嬢さん、それはエビっていうんだ、食べてみるかい?」
「うん!シーヌとビネルの分もお願いね?」
「はいよ!!」
ビネルと話すようになったのをきっかけにして、シャルは僕かビネルがいるときだけ、他の人とも積極的に会話できるようになった。それを成長として喜ぶ自分も、人が変わったみたいで戸惑っている僕もいるけれど。けど、いつか慣れるだろう。
ビネルが先頭で走り、シャルが僕の手を引いて追いかける。
見たことのない料理、見たことのない食材。猪の解体作業も身近で見た。
「う、うぅ……。」
「大丈夫、シャル?ほら、水。」
「気持ち悪い……。」
血の匂いにあてられたのか、捌かれる肉が怖かったのか。シャルは道の隅で蹲り、僕はせっせと背中をさする。
「……ありがと、シーヌ。もう大丈夫。」
ビネルと共に頷いて、僕はシャルを起こす。
「行こ、シャル!」
そうして、僕らは祭りを楽しんだ。
ちょっと外れの、広場に出る。大きな笑い声が遠くから聞こえる中で、僕たちは寝っ転がって空を見る。
空は、吸い込まれそうなほど黒くて、面白いほど星が多くて。
「綺麗だね。」
ビネルが零す。僕は、その言葉に頷けなかった。何か、空は怖い。鳥がいて、雲があって、太陽が照っていて、星や月が瞬いている。
でも、そこには何もないと、僕はついつい感じてしまうのだ。
「うん、そうね。」
シャルも、綺麗だと感じるらしい。僕は何も言わず、吸い込まれるような心持で、じっと空を見つめている。
「僕は、怖いや。」
吸い込まれそうで、消えてしまいそうで。
ビネルはそれに対して、笑った。
「確かに、吸い込まれるかも、って思うね。広いもの。」
広い。僕たちが人生で歩く距離より、きっと、ずっと、広い。
「でも、僕は思うよ。僕たちは、一緒にいる限り、吸い込まれても怖くないって。」
ビネルは僕の右手を握りしめながら、呟く。続けるように、シャルも呟く。
「そう。私も、いるんだから。たとえ死んだって、私はシーヌの側にいるわ!」
左手が包み込まれる。頬が、濡れるような、そんな感じがした。
「そうだね。僕らは、ずっと一緒だ。」
シャルもビネルも。心の底では、アデクも。
一緒にいる。ずっとずっと、大人になっても。
僕たちはそう約束した。心の底から、そういようと、決めていた。
「懐かしい、夢を……。」
起き上がる。両手を見る。あの日、夜に誓った。僕たちはずっとそばにいるって。あの日の手の温もりを、あの夢を通じて、完全に僕は思い出している。
「だから、絶対に許さない。」
“歴代の人形師”。奴が冒涜したのは、僕の友人たちの亡骸だ。いくら死ねばただの屍と雖も、屍を人形にすることだけは、僕は決して許さない。
「あぁ。うん。」
奴は殺す。人形たちは火にくべる。そうしないと、また誰かに利用されたら、僕はきっと、自分を許すことが出来ない。
「行こう。」
僕は、奴を“復讐敵”に決めた。
この話で、シーヌの過去、虐殺以前の物語は終わりです。何気ない日常は同じようなルーチンで作られる……なので、ポイントだけを抜粋しました。
アデクが予想以上に重要人物になっちゃいましたが、ちゃんとある意味重要人物です。体感的にはもう一人の『選ばれし者候補』です。シャルとビネルをメインに据える予定だったんだけどなぁ……某イギリスの魔法小説みたいに……




