過日の約束
僕が幼い日にした約束は、たくさんある。みんなが死んで、守れなくなった約束がたくさんある。
アデクと一緒に騎士団に入る約束も、そう。シャルを護るという約束も、そう。
クロウのみんなとの約束は、まだまだ、たくさんあったのに。
姉さんは義兄さんと暮らし始めた。たまに僕たちの家に遊びに来て、僕やエマの面倒を見る。
一緒に料理を作って、一緒に勉強して、一緒に遊んで。
僕は知らなかったけど、この時すでに、クロウには“奇跡”について研究する人たちが入っていた。
「シーヌは将来、何になりたいの?」
姉さんが聞いてくる。僕は必死に考える。
アデクと騎士団に入ると約束した。僕は、騎士になりたい。
「うん、それは知っているわ?でも、どんな騎士になりたいの?アデクのお父さんみたいに、誰かに教えられる騎士?ギュレイやお父さんみたいな、誰かを引っ張っていく騎士?」
そこまで考えたことはないな、と思った。でも、言葉にしなくても決めていることが、あった。
僕はシャルを守るって約束した。僕は、シャルを守り続けたい。
僕はビネルを守りたい。ビネルを守って戦えば、ビネルも僕を守ってくれる。
僕はアデクを守ろうと思わない。アデクは僕が守らなくても、隣で一緒に戦える。
「僕は……色んな人を守れる、騎士になりたい!」
両手を握りしめてそう宣言する僕に、姉さんは笑ながら言った。
「じゃあ、もっと強くならないとね!」
「うん!!」
義兄さんに話したのか、次の日から、義兄さんは僕に、魔法と武術の連動について、とっても厳しく訓練するようになり始めた。
僕は、いろいろと忙しい。アデクと遊んで、訓練して、ビネルと遊んで、訓練して、シャルと遊んで、勉強して。あっちへ走ってこっちへ走って。そんな毎日を繰り返していた。
「遅いなぁ……。」
ビネルと待ち合わせの場所に行ってしばらく。ビネルが来なくて、僕は退屈していた。
「ビネルの家に行こうか。」
来ないなら行けばいい。そう考えて移動を始める。だが、ビネルの家に行っても、ビネルはいなかった。
「見ていないのかい?シーヌ君と訓練してくるとか言って出て行ったよ。」
「いつ頃の話?」
「もう一時間は前の話だなぁ。」
血の気が引いていくのを感じた。そんなに前から、待っていてくれた。そんなに前から、ビネルの居場所がわからない。
走り始める。ビネルはどこだと、目を皿のように見開きながら。
「おう、シーヌくん。」
声をかけられて、脚を止めた。シャルのおじいちゃんだ。
「シーヌ君と朝遊んでいる友達たちがシャルを探しておったんだが、なんでか知らぬか?」
「え?アデクが?」
「いや、アデク君はいなかったようじゃが。」
それは変な話だ、と僕は頭を捻る。
彼らはアデクの友達だ。一緒に訓練したりするけれど、シャルと接点がない。シャルは引っ込み思案で人見知りな子だ、僕以外の人と話すと思えない。
「……どこに行きましたか!」
「少年たちはいつものところって言っておったが……。」
いつものところ。僕たちが訓練している広場……じゃない気がする。シャルを連れていける、彼らがよく行くところ。
「馬車場?」
そんな気がして走りだす。シャルは何で連れていかれたのか。わからないまま、必死に。
「おい、シーヌ!」
「アデク?」
「俺の仲間がいねぇんだけど、知らね?」
「知らない、……いや、多分、馬車場だと思う。」
アデクと一緒に、走る。これ以上走ってはいけないと、なぜか僕は心が騒ぐ。それでも、走る。
そして、馬車場に、ついた。
時間は少し遡る。ビネルは、シーヌの友人たちに連れていかれるシャルロットを見た。
(なんであの人たちがシャルロットを?)
何かあると思ったビネルは、彼らの後をこっそりつける。
そうして、馬車場に入り、馬車と馬車の間、誰にも見つからないような陰に入って。
人の肉を打つような音が、響いた。
それが、シャルロットの殴られる音だと即座に判断する。でも、なぜシャルロットが殴られるのかがわからない。
だが、疑問を脇に、ビネルは置いた。シーヌはこういう時どう動くかわかっていたから。
「やめろ!!」
シャルロットをかばい、魔法の盾を展開させながら、ビネルは叫んだ。
「絶対、シーヌの友達を、虐めさせない。」
僕とアデクが見たのは、必死にたての魔法でシャルを守るビネルと、その盾を必死に壊そうとするアデクの友人たちだった。
「「何をしている!」」
僕とアデクが怒鳴り、間に入る。アデクは友達の方へ、僕はビネルとシャルの方へ。
シャルの頬は、痣が出来ていた。最初に殴られたのは彼女で、ビネルは彼女を守っていたのだろう。
「どうして、こんなことに……。」
「ついてこい、シーヌのことで話があるって言われたから……」
シャルの言葉、ビネルの発言。どういう事情か、だいたい察した。
僕は振り返ると、アデクを見た。アデクは、ため息をつきながら僕を見ている。
「……俺が、悪いらしい。」
アデクは、囁くように呟いた。
「俺と戦えるのはシーヌだけだ、シーヌは俺のライバルだ。俺はそう言っていた。」
お前がいないときでも、ずっと、とアデクは言う。
「こいつらは、俺がシーヌと遊びたいと考えたのさ。お前と遊ぶ他の友達がいなけりゃ、シーヌは俺のところにずっといるってな。」
それは……僕も、悪い。
だが、僕は友達を選ぶつもりはなかった。シャルもビネルも、僕にとってはとっても大事な友達だから。
「俺と来い、シーヌ。そうすりゃこいつらは、お前の友人には興味がない。」
「嫌だよ、シャルもビネルも友達なんだ。」
言うと、アデクは一歩踏み込んで、僕を殴り付けようとする。
「そんな弱い奴らと遊んで、お前は強くなるのか!」
腕をいなし、木剣を抜きはらいざまに答える。
「武術だけが強さじゃない!」
叫び、罵り、剣を打ち合い、二分。馬車と馬車の隙間から外に出て、鍔迫り合いになる。
ここなら誰も聞こえないだろうと、二人は必死の鍔迫り合いを見せながら、呟いた。
「あいつらは多分、シーヌがいなくてもシャルロット?を襲った。」
シャルの名前を覚えているわけではないのか、疑問符をつけながらもアデクは断言する。その力強い言葉に、ちょっと首を傾げた。
「自分が強くなった。でも、俺とシーヌの近くにいたらわからない。」
自分より強いやつが近くにいるとわからない。だから、弱いやつを攻撃して、自分が強いと確認している?
アデクは肩で少し息をする。ギリギリという音がして、二人は飛び退って再び衝突する。
「俺はこいつらを見捨てられない。俺はこいつらのリーダーだ。」
アデクは、だから、と言った。
「俺は強いやつを見張る。まとめ続ける。お前は、こいつらのターゲットになった弱いやつらを、守り続けろ。」
それは、遠回しに。アデクと僕は決別したように見せることを示している。僕とアデクは敵対し続けると言っている。
たが、アデクと僕は絶交できない。アデクは僕の、ライバルだ。
「友達じゃなくても、ライバルは出来る。だろ?」
その通りだ。それは、わかっている。
シャルが殴られた。誰かが見てないと、彼らは同じことを繰り返すと、僕はわかっている。わかって、いる。
「……わか、った。」
僕は、アデクを蹴り飛ばした。木剣の切っ先をアデクに向けて、叫ぶ。
「僕の友達を傷つけた!許せるわけがないだろう!!」
まるで、今の内緒話がそういった話であるというように。
「頑固者!許せないだと!俺の友達を許さないというのか!!」
蹴る。殴る。叩く、投げる。互いに手加減なしの攻防を繰り返す。
「やめて!」
シャルが、叫んでアデクを魔法で吹き飛ばす。それを見てアデクは、一歩、二歩と下がる。
「……けっ。女に守られるのか、シーヌ。お前なんかもう、友達じゃねぇ!」
アデクはそう言って、不自然なほどの早歩きで歩いていく。アデクの友達は、そんな状況に戸惑いながら、慌ててアデクを追いかける。
「ビネル、ありがとう。」
シャルが、ビネルに声をかけた。今更ながら、僕はシャルが僕と家族以外に声をかけるのを初めて見た。
「あ、あぁ、どういたしまして。」
ビネルが答える。二人の側に、僕は疲れきったように座り込む。
「良かったの、シーヌ?」
ビネルの問いに、ふるふると首を振った。よくはない、よくはないけど。
「僕は、二人の友達だから。」
シャルはそんな僕の言葉に、感動したらしい。声を上げて叫んだ。
「じゃあ、私と、シーヌと、ビネル。ずっと、一緒にいようね!」
その約束は叶わなかった。その約束は、絶対だった。
アデクのライバルで居続ける覚悟。それと同じくらい、あの頃の僕には、絶対的な……誓い、だった。




