過日の出会い
数話ほど、シーヌ視点で話します。
クロウ。冒険者組合直轄地、工業都市ミッセンの目と鼻の先にある、人口5万人ほどの小さな町である。村と称するには、少々大きく、少々発展している。しかし街というには人口は少なく、多様性もない。何より軍事力が低い。人口数十万人を擁し、5万人近い兵士を抱えたセーゲルでさえ都市と街の中間くらいだったのだ、規模としては大きくない方と言えるだろう。
シーヌの一番古い記憶は、4歳の頃。父に憧れて、隣の家の男の子とチャンバラをしていた記憶である。
えい、やぁ。そんな掛け声をあげながら、必死で木剣を振り回していた記憶。
「シーヌ!絶対俺はお前と一緒に騎士団に入ってやるぜ!」
「うん!負けない、一緒に入るんだからね、アデク!」
隣人の名前は、アデク。父さんの親友で、この街の剣術指南役だった男の人の、子どもだ。
「よし、今日も父さんたちのいるところまで競争だ!行くぞ!」
「今日こそは負けない!!」
競争と称して毎日3キロを全力疾走し、父さんたちが訓練しているところで剣術を学ぶ。今度は家まで全力疾走。毎日、大食い対決なんかもして、毎日楽しかったことは、覚えている。
その日も、昼からチャンバラをして、誰もいない公園で疲れ切って寝っ転がって、空を見ながらのセリフだったと思う。
「なぁ、シーヌ。俺たちはどうして、父さんたちみたいに強くないんだろう。」
「うーん、まだ子供だから、だと思うけど……。」
「まだ子供、なのはわかるんだ。でもよ、大人になっても、何メートルもジャンプできるようになるとは思えねぇし、目に見えないくらい早く動ける気がしねぇんだ。」
「あ……そうだよね。一回聞いてみるよ。」
「おう、頼むぜ。……うん?」
オドオドと、僕たちを覗く影が遠目に見えた。
「誰?」
「知らねぇ……おーい!」
アデクがその影に向けて声をあげる。影はビクッと怯えたように肩を震わせた後、遠くに向かって走っていった。
「なんだったんだろう?」
「知らね、また会うんじゃね?」
その後はただ、僕たちは全力で遊んでいた。
「お父さん!娘さんをください!!」
家に帰ったら、またギュレイさんが父さんに頭を下げていた。姉さんと結婚したいと、ここ数か月の間、毎日家に通ってきている。
「あなた、もういいじゃありませんか?何度も申しますけど、彼の心に偽りはありませんくてよ?」
「そろそろその変なお嬢様口調は治してくれ、マルディナ。……はぁ。」
父さんが深く椅子に座りこむ。おじいさまはそんな様子をがっはっはと、笑いながら眺めている。
「こんにちは、ギュレイさん。」
「こんにちは、シーヌ。今日も暑いね。」
「うん。」
母さんがくれる水を飲む。その後、頭を抱えて悩む父さんの前に座った。
父さんがそれに気づいて顔をあげる。どうしたの、と目が効いているような気がして、話すことにした。
「あのね、今日もアデクと遊んでたんだけどね。」
「おう、いいぞいいぞ、その調子だ。二人で遊んで、強くなるんだ!ハッハッハ!」
お爺さんはいつも通り楽しそう。本当にこんな人が“守護神”って言われてるなんて、僕はあんまり信じられない。
「アデクがね、大人になっても、父さんみたいに強くなってる自信がないって。僕も不安でさ、父さんたちってどうして強いの?」
お爺さんの笑いが止んだ。父さんの背筋が伸びた。ギュレイさんの顔が固まった。
「……そう、か。そうか。」
父さんはお爺さんに少し目配せしてから、言った。
「明後日には、教えてやる。アデクと一緒に、いつものところへ来い。」
「……はい!!」
その、明後日。いつもの場所には、僕とアデク以外にも、何人もの、同じ年くらいの子供がいた。
「アデク、すごいよ!こんなに一杯人がいる!!」
「あぁ、みんなライバルだと思うと、気合が入るな!!」
でも、どう見ても活発じゃない子もいた。ずっと家にいてそうな男の子、隅っこの方で震えている女の子、近寄りがたい男の子。
「あ、あの……いつも遊んでる人達ですよね?」
近寄りがたそうな男の子は、でも、自分から話しかけてきた。
「僕はビネル。ビネル=グリーン。運動は得意じゃないけど……混ぜてもらえませんか?」
「嫌だぜ。俺は騎士団に入るために訓練しているんだ。動けないのはごめんだね。」
「いいよ、魔法にも興味あるし、友達も欲しいし。」
アデクはビネルを拒絶し、僕はビネルを受け入れた。二人は驚いたように互いを見る。
「お、お前、裏切るのか!!」
「裏切ってないよ!友達と遊んでも、騎士団の訓練は出来るもん!」
対照的な返事、対照的な価値観。
アデクは僕と訓練することが大事で、僕はアデクと頑張ることが大事だった。ただそれだけの違いが、とっても大きな違いだと、初めて僕は気が付いた。
「……いや、いい。でもお前は、ずっと俺のライバルだ!」
「もちろん!きっと肩を並べ続けて見せる!」
でも、今になって思えば。4歳の頃は、まだそれが出来たんだ。喧嘩というほどの喧嘩でもなかった。僕たちの友情は壊れなかった。
僕は、だから、安心していたし、アデクのことはとても大事な友人だと思っていた。
今でも。アデクはとても大事な友人だと、思っている。
僕はビネルと話すことにした。アデクはちょっと拗ねていたけど、「走ってくる」と言って走り始めた。きっと、また話せるだろう。
「僕、もう一人、とても気になっている人がいるんだよね。」
「そうなの?」
「ついてきてくれる?」
友達が一人増えた。だから、もう一人くらい話そう。僕はそう思って、ビネルの後についていく。ビネルは、僕よりちょっと年上のお兄ちゃんのところに行った。
「初めまして!僕、ビネルと言います。お話してもいいですか?」
その人はビネルと僕をチラリと見た後、ふん、と言って頷いた。ビネルの話したかった人は彼のようだったが、僕はその隣の女の子の方が気になった。
「ねぇ。」
女の子は、蹲ったまま動かない。
「ねぇ。」
2回目に声をかけると、ちょっとだけ顔をあげた。でも、怯えたようにまた顔を下げる。
「こんにちは。僕シーヌっていうんだ。名前、聞いてもいい?」
隣に座って聞く。女の子はちょっと黙った後、微かな声で
「シャルロット。シャルロット=アジュール。」
そう言った。
「よろしく、シャルロット。」
「……。」
シャルロットは静かにしっぱなし、僕も黙ったまま。二人で横並びに座り込んで、時間が過ぎるのを待っている。
「あれ?シーヌ?」
「後で行くよ。まだあってみたい人、いるんでしょ?」
「わかるの?すごいなぁ、シーヌは。」
ビネルはそう言うと、スタスタとどこかへ歩いていく。
「良かったの?」
「だって、シャルロットが寂しそうだったから。」
当たっていたのだろう。シャルロットはパシパシとシーヌの肩を叩いている。
「くすぐったいよ、シャルロット。」
「……シャルでいい。」
わかった、と返す。僕はシャルの隣に座って、じっと向こうを見ている。アデクは元気に走っているし、ビネルは楽しそうに人と話している。
そんな様子を遠く見つめながら、僕は言った。
「そんなに怖い?」
ビクッとシャルが肩を震わせる。何に怖がっているかはわからなかったけど、怖がっていることだけはわかったから。
「うん、怖い。」
シャルの弱々しい声に、僕はシャルを守りたいと思った。だから、シャルに言ったんだ。
「じゃあ、僕がシャルを守るよ。」
ティキと結婚し、愛している今だからこそ、わかる。僕はシャルに恋していた。心の底から、守りたいと思っていた。
10年を超えて、妻帯者になってから、気づいたんだ。僕の初恋は、ティキじゃなくてシャルだったんだ、って。




