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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
歴代の人形師
230/314

紅と青と緑と灰

 何事もなく、シーヌたちはケルシュトイル公国公都に入場した。ペガサスたちを再び厩舎に繋いで、冒険者組合のギルドによる。

「しぶといな、お前は。」

「よく会うね、あなたとは。」

“雷鳴の大鷲”グレゴリー=ドスト。おそらく“神の愛し子”の脅威がなくなったために、新たな冒険者組合支部の設立のために来たのだろうと予想する。どうにも彼はそういった仕事で出歩いていることが多いような気がしていた。


「忙しいのですね?」

「冒険者組合にも、上層陣では派閥争いがある。特に学園都市、商業都市、工業都市の3都市の上層は仲が悪い。どれだけ多くの地域に支配できる組合支部を置くか、といった争いもある。」

シーヌ……工業都市代表アスハの弟子の尻拭い、という体でグレゴリーが使われているのだという。


「で、何用だ?」

「王城にわざわざ行くのも意味ないし、寝泊りはここでしようかと。」

「……そうか、まぁいい。」

グレゴリーは何も言わず、二階の一室を案内した。

「ここで寝泊りしろ。出て行くときは一言かけろよ。」

それだけ言うと、見るからに何かありそうなティキに声をかけることなく、背を向ける。長時間馬車に揺られるのが良くなかったのか、ティキの顔色はだいぶ悪い。


 早くティキを休ませようと、シーヌは扉を開けてティキの背を押した。

「そうだ、シーヌ。」

グレゴリーが、シーヌの脚を止めさせる。

「アスハ様からの伝言だ。……『最後まで、冷静にな。頑張れよ』、とのことだ。」

その言葉の意味は、なんだろうか、とシーヌは首を傾げる。

(もうすぐ復讐を終える僕を案じた?その割には言葉が『深い』。)

グレゴリーは何のことか知っているのだろうか。だが、シーヌが問いを発そうとしたとき、既にグレゴリーは階段を降り始めていた。




 シーヌはティキを置いて外に出たりはしなかった。幸いにして、冒険者組合の支部ともなれば食材だけはそれなりにある。スープとパン、ステーキくらいならシーヌでも作れる。ティキはステーキはいらないと言ったためサラダにしておいたものの、普通の食卓だった方だろう。

「デート、ね……。」

自分でダブルデートなどと言った以上、さすがに探さないのは都合が悪い。しかし、ティキを置いて外には出られない。

 ケルシュトイルのデートスポットなんて、シーヌが知っているはずがない。さて、どうしたものかと首を傾げる。


 コンコン、と扉がノックされた。グレゴリーはここに入ろうとはしない、つまり違う人物だ。しかし、“雷鳴の大鷲”は、“俊敏の小鷲”以下の3人と、今は別行動をしていたはずだ。誰だ、と疑問に思いつつ、扉を開く。

「久しぶりだな、シーヌ=ヒンメル=ブラウ。」

「デリア=シャルラッハ……」

「ロート、だ。アリスと結婚した。デリア=シャルラッハ=ロートが今の俺の名だ。」

「そうか……。久しぶりだな。」

デリアの表情を見て、何故ここに来ているのか、おおよその事情は察せられた。デリアは、シーヌを止めるつもりでここにいる。

「2週間後には、移動する。」

デリアの目を、睨み据えながら言う。睨み据える以外に、やり方をシーヌは知らない。

「……外へ行こうか。アリスさん、ティキと一緒にいてくれない?」

「ティキと?わかったよ。」

アリスにティキの護衛を任せて、シーヌは外に出る。


 デリアの父を殺すとき、おそらく、デリアが一番の障害になることだけは、わかっていた。




 石畳みの道を、二人並んで静かに歩く。緋色の髪と空色の髪が、いかにも対照的な雰囲気を……そして敵対的な雰囲気を醸し出している。

「聞きたいことがある。」

「なんだ?」

デリアは、最初からシーヌを止められるとは思っていない。2週間後、と聞いて、正直彼はホッとしていた。

 2週間後に移動を開始。それから、同行したとして、アテスロイまで2週間。1ヵ月あれば、シーヌの心変わりを促せるかも、出来ずとも戦いにくくなるかも、という期待がある。


 そして、それを期待ではなく、実際に行動として起こさせてみせるという覚悟が、デリアの心の中には確かに存在していた。

「後は、何人だ?」

「二人。……お前も知っている、二人だけだ。」

剣呑な声音から発される驚愕の事実に、デリアは足を止めて愕然とする。しかし、ここは街中だ。あまりに立ち往生もよくないと、シーヌに背をひっぱたかれて歩き出す。


 クロウのデータは全て見た。街一つにいた5万人近い人々が、多くの国からの侵略で虐殺された。その引き金を引いたのは、冒険者組合だ。

「なぜ冒険者組合に報復しない?」

「お前は冒険者組合が何と言って戦力を出させたのか、知らないのか?」

そう言われて、デリアは黙り込む。冒険者組合が各国各実力者に出した命令は、『クロウの研究を阻止、廃棄しろ』というものだ。決して、『皆殺しにしろ』ではない。

「僕が復讐する理由は、それだけ。友を、家族を。殺す必要のなかった一般市民を殺したから、僕は復讐を果たすんだ。」

最初は違った気がするとシーヌは思う。父さんが、おじいちゃんが、殺された。それに怒り、復讐を決意した気がする。


 だが、義兄に言われたのだ。騎士団に出た僕たちは、殺し合うことを決意したんだと。それを受け入れているんだと。

 だから、家族を殺されたのが、戦争で、騎士や兵士としてなら恨んではいけない。恨んでいいのは、非戦闘民が殺されたときだけなんだ、と。

「親友が躯になる様を見たことはある?妹が友達と共に斬殺された現場を見たことは?母が死んだことを、後から知った悲しみは?友達の目の前で友達の家族が死んでいくのを見守るしかできなかった悲しみを知っている?全てを喪った喪失感は?殺されなくて良かったはずだと憎み恨んだことは?……ないだろう、お前には。」

それは、シーヌが1日で体験した絶望だ。シーヌが今を生きる、唯一無二の原動力だ。


「“仇に絶望と死を”与えられるその瞬間まで、僕はもう止まれない。」

笑う。笑って、城門前で立ち止まった。

「……劇か。見てよ、デリア。君の父の英雄譚がやっている。」

敵を知るにはちょうどいいだろう。ティキには何も言わなければ、あるいはただの娯楽として見てもらえるだろう。

「デリア。僕の友達も一緒になるけど、一緒に見る?トリプル……グラウのところもいたっけ、クアッドデート?だよ。」

強引な話題転換は、デリアがこれ以上シーヌに説得を駆けようとするのを阻むためのものだ。それを理解していながらも、デリアはただ頷くことしかできない。

「今日はこれでおしまい。……また明日ね。」

デリアは、シーヌの狂気としか呼べないような執念に久しぶりに触れて、背筋が凍るような思いだった。




 チェガは早々に跳んできたシーヌを見て、『はぇぇなおい』と呟いた。

「何かあったか?」

「あぁ……うん、まぁ?」

煮え切らないシーヌの態度に、チェガはどう反応するべきか態度に迷う。

「敵?が来たんだよ。僕にとっては。」

「お前の敵って……いや、“殺戮将軍”はあこから動かねぇはずだろうが。」

「うん。来たのは“紅の魔剣士”。デリア=シャルラッハ=ロートだ。」

「うわぁ。」

うわぁ、と言うしかデリアにはない。顔を合わせる理由はチェガにはあまりないのだが……。

「要は、あっちはシーヌの復讐を否定しているわけだ?肯定する奴がそばにいた方がいいわなぁ。」

あわよくばデリアの矛先をチェガに向けるまでが目的なのだろう。まあ乗せられてやるか、とチェガは割り切る。

「1日だけだぞ?」

「ありがと、チェガ。」

デリアに誘われて、ミラもまたシーヌの側へ。


 二人して、“転移”の門をくぐった。




「あなたがシーヌの友人ですか?デリア=シャルラッハ=ロートといいます。こっちは妻のアリス=ククロニャ=ロート。」

「初めまして、……見たことある顔ね?」

「親父のお店に来たことあったなら会ってんだろ。チェガ=ディーダ。シーヌの親友だ。」

「ミラ=ククル・ケルシュトイルと申します。ティキ様の学友ですわ?」

何か、互いにけん制し合うような雰囲気が出ている。シーヌを止めたい側とそそのかす側。阻む側と背中を押す側。牽制し合うのも当然と言えば当然だ、が。

「おれはアゲーティル=グラウ=スティーティアっちゅうもんや、よろしくな。」

「ファリナ=べティア=スティーティアです。初めまして。」

空気を読まない男と、彼が作った空気にすかさず乗る妻によって霧散する。

「ほな、行きましょか。」

不穏なデートは、そこから始まった。


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