依頼
次は水曜日に、投稿、できたらいいなぁ
PV1000越えました、ありがとうございます!
「初めまして。冒険者組合新規合格者、シーヌ=ヒンメル=ブラウといいます。」
関所に詰めているこの地の兵士に言う。それを聞いて、兵士が冒険者証を示すように言ってくる。
シーヌは金色のそれを差し出した。いくつか飛び散った血の斑点もある。
試験で使われた金のカード、あれを基盤にして作られたようだ。戦利品だから、それを使うことに達成感を覚えさせるという目的でもあったのだろう。
兵士はそれを見ると、すぐに頷いてティキの証も見る。そして両方ともしーぬに差し出すと、すぐに言った。
「通ってください、冒険者組合員様。よい冒険を。」
決められている文句かのようにスラスラと言われる。どうやって本物か偽物かを見分けているのだろうか。
「冒険者組合の運営する、独立街ですからね。私はそこに努める兵士です。証の偽物との区別くらいはつけられます。」
ほかの都市ではそうでもないでしょうが、と兵士は続ける。彼は非常に優秀な兵士のようだと、シーヌは思った。
「それでは魔法師様、どこまで行きますか?」
馭者が箱の中に乗り直そうとしたシーヌに声をかける。彼は少しだけ悩んだ後、割り切ったように早口で
「ルックワーツに行きたい。一番近いところまで行ってくれ。」
竜の谷までしか行けないことを重々承知しながら、できれば超えてほしいという思いも込めて言った。
「承知しました。竜の谷までですね。」
しかし、そこまで尽くす義理は御者にはない。彼はあくまで仕事としてシーヌたちを乗せている。命を懸けてシーヌたちの目的地まで付き合おうとは思わないようだった。
「それでいい。妻もいるから、安全運転で頼む。」
「奥方も組合員の方でしょう。多少荒い運転でも問題ないでしょう。」
「妻は女性だということを忘れるなよ、馭者。」
ハハハ、と笑って馭者は席に乗り込む。大丈夫なのだろうか、と彼は思ったが、出発すると快適な旅が始まった。
「こんな豪華な馬車でよかったの?馬車ってもともと高いでしょ?」
ティキはシーヌが帰ってくると、少し落ち着いたのか、聞きたいことを口にした。これはしばらく返事に忙しくなるな、と思いつつ、なるべく負担に思われない返事をしようとシーヌは思った。
「馬車が高いのは、世界に縛られている普通の人たちだけだよ。僕たち冒険者組合の人間や、王族みたいな世界的な例外はその限りじゃない。」
「僕たちは無料に近い料金でこの馬車を使える。冒険者組合の人間は、ある意味特別だから。」
だからこそ試験の倍率が高い。そして組合側も、最終試験までに四つほど試験があるくらい、徹底的に振るい落す。
「冒険者組合は、実力による選民主義、ということよね?それと馬車が無料なのはどうしてかわからないけど?」
「選民主義か、言いえて妙だね。言いえて妙だ。じゃあ、その選ばれた人間に特権がない、っていうのは問題だとは思わない?」
ティキは無言になる。今の話には、選民主義が正しいかというところから入りそうになるが、そうではない。
自分で成果を出しているもの、あるいは優秀な人が、まったく成果を出していない人や無能な人と同じ扱いでいいのか、という問題だ。
「確かに、問題だと思う。でもここまで安全に気を配られた、揺れも少ない馬車が、無料……?」
おかしい、と感じているらしい。確かに彼女は、冒険者組合の試験には合格しているものの、組合にはすぐに死ぬと思われている程度の魔法師でしかない。
「君は冒険者になろうとした。世界の法の外で生きようとした。その結果が、これだよ。」
移動手段を得ることに、何の代償もいらない。食料を得るのに、お金を払う必要もあまりない。
代わりに失うのは、世間からの評判ただその一事。つまり、何も失わない。
「それでも武器とかはお金がかかる。定住するなら他のものでも。殺人と強盗が悪にならないというだけ。」
馬車は別だ。これはお金がかからないというよりも、冒険者組合お抱えである。が、シーヌはその辺の説明を何も知らないティキにするのを面倒くさがった。
世間知らずのお嬢様には、世間の相場とやらを覚えてもらってから冒険者組合の例外性を伝えたほうがいい。シーヌはそちらの方向でティキに教えていこうと決めた。
「商人かな、流れの。」
しばらくしてシーヌが呟いた言葉に、ティキは首を傾げた。いきなりすぎて何を言っているのかわからない。
「魔力を外に広げてごらん。」
「魔力なんてものは存在しない、っていうのが学説よ?」
外にこの馬車以外の車が向かってきていると気が付いたシーヌの、その索敵能力が、一歩目でティキに否定された。
「魔力っていう言い方がたぶん一番しっくりくるんだけれど……想念を外に引っ張り出す感覚で。」
というと、ティキはすぐに想念を広げ始める。すぐにどういうものかを理解したみたいで、やはり技術に限れば自身を凌駕しうる天才だな、と彼は思う。
想像力と意志力が強くなったその先で、魔法の素として扱われるもの。それが想念だ。しかし、それを意図して操ることなど基本はできない。
なぜなら、魔法使いがイメージした、その現象に従って想念は動くからである。言い換えると、何かの現象をイメージすることがそのままイコールで想念を操作していることになるのだ。
ティキはシーヌが何も言わなくても、そのイメージが索敵のものだということに気が付いたのだろう。想念の広がりは、ほぼ完璧に成立させられていた。
「本当ね。商人?でも魔法使いがいないよ?」
「別に、剣士が十人いれば有象無象の魔法師二人くらいの能力はある。ガラフやデリアほどの剣士なら、魔法を使わなくてもあの試験に落ちた魔法使いたちよりも強いしね。」
シーヌは、魔法が万能ではないことも、むしろ欠点が多いこともわかっている。どんな世界でも、欠点と代償のない無双能力など存在できない。それに気が付かないものも、気が付いて無視を決め込んでいるものも、よほどの馬鹿で、甘ちゃんなのだろう。
馬車が止まる。どうやら、商人の方でこちらが冒険者組合の人間であると気が付いたらしい。
「お初にお目にかかります、私、流れの商人をしております、ワデシャ=クロイサというものでして。」
「初めまして。先日試験に合格して冒険者となりました、シーヌ=ヒンメル=ブラウといいます。こっちは妻のティキ。」
互いに馬車から降りて挨拶する。いや、シーヌは馬車から降りる必要はないのだが、知己を得るためには特権に甘んじるわけにもいかない、と思ったのだろう。
「やはり冒険者組合の方でしたか。実はお願いがありまして。」
若い男だった。いや、若いといってもシーヌたちよりは年上だ。おそらくは、二十代後半。商人としてはまだ名が売れるには若すぎる。
「我々を護衛していただきたい。目的地は竜の湖を超えた先。」
若いその男はさっそくという風に商談に入る。商談というよりかは、護衛依頼というのが適切か。
「竜の湖、ですか。いいですね、私たちもそちらに向かうところです。」
「というと、どちらにお向かいで?」
「ルックワーツへ。幼少のころの縁をたどって。」
どうせ目的も聞かれるから、疑問が出ても深く掘ることができないように返事をする。
「ルックワーツですか、それは都合がいい。我々の経由地点です。」
どうやら、危険なのは竜の湖までだから、そこさえ超えられたら自分たちの目的地には興味がなかったらしい、とシーヌは気づく。
(たまにいるらしいな、実力者は弱いものを守って当たり前だという考え。)
しかし、その洞察はすぐに打ち破られた。
「報酬は、お互いのコネと、竜の谷で得た財でいかがでしょう。私は弓の使い手ですので、守られる必要まではないのです。」
護衛依頼を出しておいて守らなくてもいいとはまた複雑な、とシーヌは思う。しかし、彼が守りたいのは荷物、つまりは人手がほしいのだろう。なるほど、こちらの目的地には頓着しないはずだ。
なぜなら、自分たちが向かっている方向には竜の谷以外に着くところがないのだから。
「よろしくお願いします、クロイサさん。」
「こちらこそよろしくお願いします、ブラウ夫妻。」
そうして、シーヌたちは馬車を乗り換えた。
組合の馬車は、シーヌがなけなしの金を握らせて帰した。無駄に付き合わせたのだ、一応の礼儀だろう、と。
竜とは何か。そう聞かれると、答えに詰まる人が多い。どこにでもいるものから、滅多に見られないものまでいるからだ。
冒険者組合ではこう発表している。竜とは、龍の下位種である。その中で下位、中位、上位に分かれ、下位種は兵士が30人ほどでかかれば狩ることができる。
中位種の討伐には一大隊300人ほどが必要であり、上位種に至っては一連隊二千人が動員不可欠である。
上位の竜が人に危害を加えたことは、過去千年において13度。最新の災害である赤竜暴走事件においては、『溶解の弓矢』がたったの百人を率いて討伐を決行、ただ一人生き残り、その竜を骨の一つも残さずに消滅させた。
竜の谷は、下位竜の溜まり場である。つまり、突破したければ連隊一つ持ってくるのが一番安全だ。
シーヌたちはそこに、たった三人で突入した。もともと二人で突入するつもりだったのを考えると、一人増えた分マシなのか、足手まといが増えたのか。
吐き出されるブレスを、シーヌが風の通り道を作り出すことで逸らす。竜とはいえ、下位である以上、シーヌが押し負けることはあり得ない。
クロイサが矢を射かける。一矢一矢、確実に目に当てることで、追ってくる下位竜たちの数を減らしている。
「やっぱり、圧力がすごいね。」
「うん。馬車、壊れるんじゃない?」
魔法の弾を次々と撃ち出し、前方の竜を倒しては脇道に逸らしているティキも、少しだけ圧力が怖いらしい。
「シーヌ、しばらく前も代わってくれる?」
どうやら先に痺れを切らしたようで、ティキは何か手を打つことにしたようで。
「わかった。」
シーヌは、前方の竜を倒し、その体を脇に逸らし、そして降りかかるブレスを逸らし続けるという役割を担うことになった。
(龍じゃなくてよかったよ。空まで飛ばれるとさすがに対処が追い付かないなぁ。)
歩きならこれほどまでに追われることはない。なぜなら小さな道を通っていくからだ。
しかし、今は馬車で進んでいる。積んでいる荷物の山を捨てればいい話、ではない。それならシーヌたちは護衛には雇われない。
「やぁぁぁぁ!」
ティキが大声を上げた。天に届けとでも言わんばかりに、想念の塊が飛んでいく。
パァン!という音が、谷中に響き渡った。想念の塊は、小さな想念、もとい魔力の塊としてその場を中心にして広がるように散っていく。
「うわぁ。」
前後、遠慮なく降り注ぐそれに、竜たちが一撃で沈んでいく。もう百は超えるほど倒したのではないだろうかというほどだ。
「死んでいないし、いいか。」
シーヌはティキの張り切りの成果を認めた。たとえそれが、かなり先の脇道にいた、中位の竜を呼び寄せる結果になたとしても。
「こんなの、第三の概念が力を貸してくれないと無理だろうね。」
つまり、ティキはそれを使いこなせるほどまでに強くなったということ。
(本当は、強くなったわけじゃあないんだけれど)
シーヌがティキの成長に満足している間、彼女はそうではないのだと彼の心を読んだうえで思う。
(“願望”、“見栄”。彼の前で凄い自分を見せたいと思った私の想い。)
軽い。想いが、彼に抱いているものが、見せたいものが、軽い。
ただの見栄だけで高密度の想念の雨を降らせられるだけでも十分に想いは強いのだが、ティキが思っているのはそういうことでもない。
これは、恋が出す想いでも愛が出す想いでもない、と無意識で理解しているのだ。ただ、表意識では理解できていないだけで。
(でも、ここを抜けないと。)
ティキは洞察力は優れている。この状況が、シーヌが予想していたよりもはるかに厳しいものだということは、見抜いていた。
(もしも、シーヌが死んでしまったら、私はりそ……生き延びることが、できない)
なぜか、思考を強引に切り替えて、馬車の中に戻る。そこには少しだけスペースを空けたシーヌが待っていて、ティキはその隣に当たり前のように座る。
「よくやったよ。」
シーヌがティキにしか見せない表情で頭を撫でる。するとティキは心地よさそうにほほ笑んだ後。
あまり疲れてもいないのに、眠りについた。
感想くれると嬉しいです。誤字脱字あれば深夜帯に直すので連絡ください




