訪問者たち
メリクリックはケルシュトイル公国ベリンディスを訪問して、しばらく稼業は控えることを決意した。
政権の変化、主権の交代、それに伴う政治体制の変更。上層陣も忙しそうだったが、国民たちも余裕がないことを見て取ったためだ。
「北の方を訪問しようか。」
ケルシュトイル公国、公都ケルシュトイル。そちらへの遠征を、彼は決めた。
デリアは、西の方で大きな戦争があったという報告を聞いた。
「死んだのは、“災厄の傭兵”、“災厄の巫女”、“連合の大壁”、“破魔の戦士”、“群竜の王”。」
その5人のうち、4人が『歯止めなき暴虐事件』に参加している。考えるまでもなく、シーヌの仕業だろう。
「今はケルシュトイルにいるはずだ。戦争の責任を考えるなら、あと2週間は留まり続ける。」
やれることは、一つだった。
「アリス。」
「私も行くわ。」
「俺も行きますわ、っと。」
アゲーティル=グラウ=スティーティアも、同行を申し出る。
もう時間がないのはわかりきっていた。父もフェニ様も、もう国からの援助を切られている。
シーヌは確か、ネスティア王国の方へと馬車を出したはずだ。“黒金の天使”死の報を聞くに、順当に西からこちらへ向けて進んできたのだろう。
そういえば、と思う。冒険者組合商業都市ミッセン。あの近くに、クロウの跡地があっまはずだ。冒険者組合直轄地の目と鼻の先にあるがゆえに、どの国にも属せなかった哀れな国が。
「彼らはそこへ行ったのだろうか?」
行ってないだろうと確信しつつも、ぼやく。
シーヌは復讐だけを考えているだろう。感傷は全て終えた後、と言われてもデリアはそこまで驚かない。
だが、デリアにも意地があった。とにかく、まずはシーヌと再会することから始めようと決意する。
「ケルシュトイル公国。まだいてくれ、シーヌ……!」
デリアは、一縷の望みに託して馬を駆る。
彼は何としてでも、父、“殺戮将軍”ウォルニア=アデス=シャルラッハとその盟友“覇道参謀”フェニ=ミーティス=ククロニャを救うべく、動き出さねばならなかった。
最後の町アテスロイ。エリトック帝国の1地方。
デリアが馬で駆けていったと、彼の父は聞いた。
「本当に、終わりが近いようだ、友よ。」
「殺させませんよ。将軍は。」
瞳を閉じて、じっと遠くを見つめながら、ウォルニアはその言葉に、大きく否定するように首を振った。期待していない、といった様相ではない。期待したくない、という方が正しいような首振りだ。
「デリアの説得で足が止まるなら、とっくに復讐の旅路は終えているだろう。」
「しかし、将軍が死ぬのは……。」
フェニはそこで口を噤む。損失だとわかっているのは彼だけだ。既に国はウォルニアを見捨てた。生きているのは、これまでの功績という温情に過ぎない。
おそらく、デリアも承知している。もはや勇者出なくなった父を生かしておく理由は、本当はないのだと、心の底から理解しているだろう。
それでも、父を想う息子は父を生かそうと躍起になる。同じか、それ以上の執念が、復讐鬼の報に宿っていることなど承知の上で、無視した上で。
剣を、握る。1年で実力の伸びた息子は、実力でシーヌを止めることすら視野に入れているだろう。だが、多くの強者たち、復讐敵たちと争い続けたシーヌが、デリアより弱い可能性は、ほとんど皆無だと知っている。
「デリアとアリスの成長を、私は促そうと思っている。」
その言葉が、何より強くフェニの心に突き刺さった。子を想う父の心は、フェニはわからない。アリスとて、成長してから引き取った姪に過ぎないのだ。親心は、フェニはわからない。
「お覚悟をお決めなら、もう私は何も申しません。」
死ぬ。それだけはもう譲れないのだろうと、それだけは何より強くフェニにはわかっていた。決めたことを貫き通す人であることは、誰よりもフェニが知っている。
「私もお付き合いいたしましょう。」
主がそうなら、自分も付き合おう。フェニはすっと、そうして生きている。
「悪いな。」
「いえ、いつものことです。」
主従は、息子たちが帰ってくることを……自分たちの死神がここを訪れることを、じっと、待っていた。
「ふむ……公演させてほしい、と?」
「は!私、“歴代の人形師”メリクリックが代々受け継ぎし、等身大の人形劇をお見せいたしましょう!!」
「演目を絞れ。それ次第で認めてやる。」
「ええ、ええ。もちろん、決めております!『勇者下克上』『天使の竜狩り』『神龍伝説』で如何でしょう!」
それは、国民に広く普及している童話であった。些か不味いタイトルがあるが、それも『なぜか』を聞かれると、公王は返答することが出来ないほど、人気のある童話だ。
「……承知した。ただし、それを人形劇で行うのであれば、広場では手狭であろう。城外で行うがいい。」
王は許可を出すしかない。
人形師は、笑顔でそれを聞いて、興業の準備を始めるといった。今は、戦勝気分だった分、そういう輩が国には増えていた。
「金は落とす。ゆえに何も批判は出来ん……。」
それが波乱になるとおおよそ感じながらも、王は大きく息を吐いた。




