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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋慕の女帝
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主権の返還

 ティキは処刑台の舞台に立つ。眼下には、なにも知らずにディオスを糾弾する民衆たちの姿。

 ミラからの書状によれば、央都以外の村々からも人が訪れているらしい。つまり、これは国民のほとんどがここにいるということだ。

(なんと、都合のいい)

ティキはあれから冒険者組合の資料を閲覧した。民主主義を語る国。これまで一度も出なかったのか、そんなわけがないと感じていたから。実際、賢民政策、国民主権。いずれを語り政策とした国は過去何度か散見された。


 だが。それらが長期にわたって続いた国はない。必ず、旧王族や貴族の手によって、元の社会に戻されている。


 手を引いているのは、冒険者組合だ。冒険者組合は賢い人間や自分の道を自力で決める人間が、多く現れることを認めていない、受け入れていない。理由は、正確には、わからない。

 とはいえ、だ。ベリンディスを崩壊させ、ケルシュトイルに占領させることは、冒険者組合の意に沿うことだ。であれば、ティキが躊躇う必要性はどこにもない。

「ディオス=ネロ。申し訳ありません。あなたは何も悪くない。あなたが罪に問われる必要は、ありません。」

第一声。第一声で、ティキは国民たちの期待を一気に裏切る。ディオスは同時に、ティキの言葉に疑問を感じて顔を上げ、ティキの酷薄な笑みに怖気を感じた。


「私があなたを騙したわけではありません。ベリンディスが壊滅したのは、確かにあなたの指揮が原因ではあるのでしょう。しかし、全てを話さなかった私の責ではあります。その点については、謝罪いたしましょう。」

ディオスの責を、軽くはしない。だが、同時に極度に重くもしない。失敗はディオスが為したものだ、そこは否定せず、しかしディオスが失敗しる原因は、ティキにあったことを認める。


 ティキのこの行為の目的はたった一つ。ディオスの死は前提として、『国民の望みによる死』ではなく『指揮の失敗の責任をとって死』であるという結果に持っていくため。伏線の一つでしかない。

 ティキにとって大事なのは、国民に大きな決断をさせない、するなら必ず己の手で責任を取らせるということにある。そのために必要なのは、国民の責任を、自覚させることだ。


「私には、わからないことがあるのです。」

国民の方を向く。国民たちを、しっかりと見つめる。

「なぜ、皆様はディオスにお怒りになられているのですか?」

その問いに、各々が互いに見交わす。その中で、一人の国民が声をあげた。

「そいつが戦争を決定し、そのくせ仲間を殺して生きて帰ってきた!許せることじゃない!!」


最初の一人の声を聞いて、次々と国民たちが声をあげる。

「戦争すると決めたのはそいつだ!」

「俺たちは、ディオスなら勝ってくれると信じたんだ、裏切りやがって!!」

「失敗の責任を取るのは当たり前だろう!!」

声が、罵声が、論争が。ティキの前で起きている。ティキは両手を上げてそれを止めた。


 わかっていない。全くもってわかっていないとティキは思った。だから、彼女は言葉を変えた。

「政治の代表者として、ディオスや一党を選挙で選んだのはあなたたちです。なのに、どうしてあなたたちは、『選んだ自分達の間違いだった』と言わないのですか?」

そう。ティキにとっては、それに尽きる。国民主権が間違いだとまでは言わない。ただ、国民主権を語るのならば、絶対やらねばならないことがある。


 再びティキは声をあげた。それが、少女の言葉であり、英雄の言葉だから、人々は耳を逸らせない。わかっているから、ティキは情け容赦なく言葉を続ける。

「国民主権、選挙政治、おおいに結構です!しかし、やるには理解しておかなければなりません!」

やるなら理解しておかなければならないこと。尋常の人では、およそ出来ないようなこと。


「選挙で選ばれた代表者!なら、その彼の失態は、国民の責任でなければならない!」

「政治家の政治的失敗で、政治家が担う責任は3割程度です。」

勿論、国民主権と選挙制度を導入している国に限る。が、

「言い換えるなら、残りの7割はその政治を行う人物を『選択した』あなたたちの責任です。」

その言葉に、聞いていた民衆たちは動揺する。ティキの言葉を戯れ言だとは否定できない。確かに選挙でディオスを選んだのは国民だ、確かに政治家や政府だけを非難するのは筋違いだ。


 ティキの言葉は止まらない。むしろ時間を追うごとに熱が上がる。

「私が問いたいのは、なぜディオスに非難が向けられるのか……なぜ、『ディオスを選んだ自分達が間違いだった』と反省しないのか!!」

「戦争で兵士たちが命を落とした!それをあなたたちが怒るなら、判断ミスをするディオスを元首にした自分達がまず間違いだったと認めなさい!!」

ティキの言葉に、動揺しない国民はいない。政治は代表者を選んだあとは他人事だった。自分達の生活に関わることではあったものの、生活が楽になるか苦しくなるかと言う程度。


 責任。その言葉が選挙一つにのし掛かってくるなど国民たちは思っていない。思ってもいなかった。それが……死んだ5000人の命の重みが、彼らの双肩にのし掛かる。

 彼らが死んだのはディオスの指揮が原因だ。同時に、ディオスを指揮官に選んだ自分達の責任だ。その言葉が重くのしかかってくると同時に……ティキは呟く。

「もし指揮官がディオスではなくブレディなら、こんなことにはならなかったでしょう。」

ブレディは軍事に関してはティキの思考についてこれる。この三週間、ティキは彼と話してそう断言できる。


 だが、彼はベリゲル旧伯爵。貴族に大きな権力を持たせることを、国民たちは嫌がった。貴族たちは、国民に都合の悪い政策を、多く行おうとしてきたから。

「主権が国民にある。そのことの意味を、理解できましたか?」

背負えるわけがないでしょう?そういう意味を、ティキは込める。多くの国民が大きく頷き、自分達が背負っている、隣の家の、隣の村の友人や家族、ただの知り合いの命を想う。


 ティキはいい傾向だと笑みを浮かべた。ディオスはティキがやろうとしていることを理解したのだろう、止めろというように体を震わす。しかし、ティキがそれを聞き入れる必要は、ない。

「あなたたちは……自分達の責任を、もう少し理解するべきです。」

戦争が起きたら、起こした代表者を選んだ国民にも責がある。


 例えば疫病が蔓延し、政府がうまく対応出来なかった。なら、責任は政府ではなく、政府を選んだ国民が負うものだ。

 例えば地震が起き、多くの人が死んだ。その後の対応は、政府の仕事であると共に、国民の責任だ……仕事を任せたのは国民なのだから。

「抱えられますか、それを?」

ふるふると国民たちが首を振る。当然だ。自分の仕事に責任を持てても、他人の人生に、それに関わる『大きなもの』にまでは責任を取れない。むしろ手放したいと思うものだ。


 そして、だからこそティキはここで『貴族』を、『特権階級』を、その素晴らしさを主張する。

「貴族とは!その、『大きなもの』の責任を担う方々です!あなたたちの命を背負い、己の選択の責任を負うものです!!」

貴族なら、国民たちが背負えない責任を背負ってくれる。貴族はそのために選ばれた存在だ。それが、仕事だ。

 国民たちの心にその言葉が染み渡る。自分たちは、隣人の生に責任を負えない。だが、それらをすべて背負う、責任を取るプロフェッショナルが職業として存在する。


 壇上の、男を見た。これから死に行く彼は、確かに自分たちが選んだ代表者だ。低い税率と、国民からの協力で多くの施設を作り、学習制度を整え、自分たちに命の責任を背負わせようとした男だ。

 自分が背負わなければならない、責任から逃げた、男だ。


「ディオス=ネロ男爵。私はこの国の政治に携わりはしませんが……あなたの罰は死刑であるというのは断言します。」

ティキは、ディオスの方へと振り返り、笑みを浮かべる。国民たちはティキの次のセリフを理解しながら、何も言わず、固唾をのんで見守っている。


 同時に、ディオスの方も嫌というほど理解した。自身を男爵と呼び、その上で国民たちが反論しない。ディオスは、国民たちに代表としての責任ではなく、貴族としての責任を求められたのだ。

「な、な……。」

「あなたのミスで殺した人たちの命の責任を、貴族として、取ってくださいね?」

ティキの声は、最後はとても柔らかな、少女のものだった。そして、少女のものだったからこそ。


 国民たちはみな、歓声を挙げて賛成した。必死に、目の前に立っている少女を敵に回すまいと、なぜか感じる恐怖感から目を逸らしながら。

ディオスが斬首刑に処される。その姿を、国民たちはその目でしっかりと見つめてしまう。


「最後に、これは私からの提案なのですが。」

処刑を終えた後のティキが、国民たちの前で、笑顔で言う。

「どうです?主権を貴族に、返しませんか?」

目の前で起きた、死の光景。ティキ=ブラウの伝え聞く実力。それが合わさって、国民は、逆らえば死ぬと本能的に察してしまう。

 それだけではない。先ほどの演説。自分たちには荷の勝ちすぎる、責任の重さ。……ディオスを貴族として断罪しなければ、自分たちがああならなければいけなかったかもしれないと理解する。


 国民たちは、満場一致で、主権を貴族に返還した。




 そして。王のいないベリンディスを、クロム=ガデラン=ネリシャス・アリナス旧伯爵は、ケルシュトイルに献上する形で、ベリンディスという国を殺した。


この話、特に『冒険者組合』が介入していたという部分が重要だったりします。国民主権やらに関する意見は私の意見……じゃないわけでもないけれども、多少は過剰に書いてます。演出です演出……書きたかったけれども。


世界観的にそれなりに重要な役割を担ってるんですよね、王権帝権。


あとは、ケルシュトイルの話に戻ります。チェガはその後再び退場です。シーヌとティキ以外では、最後まで登場し続ける重要カップルが3組あります。デリア、チェガ、ワデシャの3組です。デリアもそろそろ再登場ですね、数百話越しかもです。それ以外は逆に、その3組の引き立て役なんですよね、私のなかでは。


2月頃には完結させるつもりで書いています。出来ればもう少しお付き合いください。

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