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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋慕の女帝
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ベリンディスの視察

 ベリンディス民主国とケルシュトイル公国に、国境らしき国境はない。


 壁があるわけでも、目印になるような地形があるわけでも、ない。神獣たちを刺激しないよう、堀や柵を建てることもしてこなかった。

 国境を分けているのは、村だ。この村はケルシュトイル領。この村はベリンディス領。そういった区分を、両国両村が持っていることで、国境沿いという概念が生まれる。

「ようやく、です。ここがベリンディス民主国ですね。」

そういった意味合いでは、国境を超えたことがわかるのは、相手方の村に辿り着いた瞬間であった。


 兵士たちも安堵の表情を浮かべる。三時間歩くということは、そのうち二時間くらいは他の村を見ることが出来ないということだ。

「しかし、建築は妙に豪華ですね?」

「賢民制度を作り上げ、各自に職を選ばせられるようにした結果だろう。建築技術の更新に余念がなかったと見える。」

いつか“神の愛し子”の支配が終わる。それを信じて待っていた結果ともいえるだろう。だが、賢民制度を続けさせればケルシュトイル公国の未来がない。

「農民制度の復活、一部特権の開放、および村単位での仕事の割り振り、か?」

「でしょう。整えるまであまりに時間がかかります。……少なくとも、国民には『主権はいらない』と手放してもらわねば困ります。」

それは、しかし容易だろうとミラは思う。ティキはそのあたりを見逃す人物ではない。


 何より。軍が全滅した。『それ』は、ティキが意図的に行った行動だ。その責任。その扱い。

 ミラはティキが何をするかを高精度で読めていると自負している。

「チェガ様。」

「様付けはやめてくれ。……行くか。」

門の前に、40代半ばの男が一人。


 チェガとミラは、彼と話をしに村の門をくぐるのだった。




 ベリンディスの都へは、行かない。ケルシュトイル軍の役割は、全滅したベリンディス軍の代わりに国の守りとなることだ。国境沿いの村々に一定数の兵を置き、一定数の戦力を用意する。それ以外に、チェガたちがやる必要は特にない。

「ミラ公女。」

「チェガ様?」

「どうだ、この国の技術は?」

「技術が優れていることは認めます。おそらく、三大国に劣ることない製鉄技術を持っている。劣らぬ農耕技術を持ち、劣らぬ石材加工の技術を持つ。言葉が伝わるのもいい。……ですが、それゆえに、知らない分野にも積極的に関わろうとする。よくない傾向です。」

複数の専門分野を持つのは言い。しかし、専門分野でないことに積極的に首を突っ込む国民性は、統治者としても政治を行うものとしても認められるものではない。


 ミラにとっては、20年で培われた国民性を何とかすることが課題だった。あるいはティキが一度その感覚を壊すことを為すだろう。しかし、一度だけだというのもわかっている。

「恒常的に壊し続けるには、どうすればいいでしょう」

「時間、諦念。……いや、楽、か?」

「楽?……なるほど。」

為政者が国民の政治的関与を嫌悪する理由は、それでは事をうまく運ばせられないからである。国のためにも、民のためにもならないためである。

 同じように。国民が政治的に関与したい理由は、出来る限り楽に、自分たちに都合のいい政治を行ってほしいからである。そうする人物を選出することで、自分たちが楽をするためである。


 人間の本質は。どれほど楽に人生を送れるかの選択を、己の手で行うこと。そして、その責任を誰かに押し付けることにある。


 で、あるならば。

「自分で人生を選ばない『楽』を、国民が選択すればいい!!」

「正解だ。それをし続ける基盤を、お前が作り上げればいい。」

公女殿下の王配。チェガは政治に関わることにはなれど、政治を行うのは永劫にミラだ。ミラがどういった国を作るかは、ミラの力量にかかってくる。

「この出征は大きな意味を持つぞ。国民がいかに言うことを聞くのか、下準備の機関と取ればいい。」

「わかりましたわ。努力いたします。」

ミラは、笑むことで返事をする。そして、村の視察を再開した。




 ベリンディスの民は賢く、また自制心にあふれている。

 戦争で敗北し、多くの命が散った。そういう風な話を聞いても、平然としているように、見える。

 だが、不満があるのは、二度目の視察でありありと浮かび上がった。不満だけではない。恐怖心、ディオスへの不信感。何より、夫や息子を失った家族たちの、喪失感。

 誤魔化すように仕事をしている。戦争がなかったゆえに今まで死んでこなかった命が、消えた。その衝撃は、彼らには計り知れないのだろう。


 同時に、ミラは滑稽なものを見るように笑みを浮かべる。彼らは、戦争の責任をディオスに押し付けるのが当然と思っているのだ。滑稽でなくて何なのだろう?

「しかし……これなら、容易そうですね。」

各村の近くで、軍事演習を行う。ミラが取った手は、ただそれだけ。


 一糸乱れぬ行軍、互いが真剣に行う武術鍛錬、ミラとチェガの演武。その後、再び行軍に戻る。この工程を三時間程度で行い、指揮官がミラ。

 頼もしいケルシュトイル軍と指揮官ミラ公女、というのは村々に分かりやすい形で行き渡っている。自分たちを守ってくれる軍隊、そして自分たちを守ってくれる少女、と。

 ベリンディス国内におけるケルシュトイル軍の評価は、鰻登りだった。たとえそれが何かの下準備だと気付いている人がいたとして……いや、ほとんどの国民が気付いたとして。それを、国民は意図的に無視していた。それはなぜか。


  人間の本質は。どれほど楽に人生を送れるかの選択を、己の手で行うこと。そして、その責任を誰かに押し付けることにある。


 責任を押し付ける人間は、頼りがいがある方が、いい。頼りになる人間、旗印の下で自己選択を行い、自己選択の責任を旗印に押し付ける。それが『国民主権』というものだ。『選択の自由』というものだ。


 ご立派な旗印、ケルシュトイル公国とミラ公女。たとえそれが作られた幻想だとして、責任を押し付けるにはちょうど良い。

 果たして。ベリンディスの賢民たちは、無知の民以上に人間的だった。


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