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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋慕の女帝
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鬼と修羅の過去

 ケルシュトイル軍の休日は、わずか三日間しかなかった。その後、グディネからの進軍への備えと称し、ベリンディスへと出征をしたからだ。

 兵士たちは、不満を言うものはなかった。徴集に当たって、報酬は莫大なものを約束されていたし、今回に限っては戦争が起きる可能性が低いとも、示唆されていたためである。

 また、チェガ=ディーダとミラ=ククルがいたのも大きい。ミラは戦争で第二皇子に敗北したものの、相当な腕を魅せつけた。また、チェガ=ディーダはそのミラを倒した男を、子どもをあしらうかのように殺してのけた。


 竜を瞬殺していくチェガの様子は、未だに兵士たちの記憶に強く残っている。彼と共にいれば死なない。死ぬ可能性はグッと落ちる。それを知って、出兵を嫌がる兵士はいない。

 死なない出兵とはつまり、多くの報酬がもらえるだけの宝箱だ。命は取られにくく、外国へ出かけることが出来てカネがもらえ、その上英雄の活躍すら間近で見られる。

 それを嫌悪する人間は、そういない。


 とはいえ。ミラとチェガ、彼らの近くにいる兵士たちはそういうわけでもなかった。

 出兵し、行進をはじめてはや二時間。隣り合って馬を進ませる彼らの雰囲気は、何とも言えない気まずさを纏っていた。

 ミラが、チェガの同意を得ないままに、彼との婚姻を褒章として要求した。その話は、兵士達には渡っていない。

 あくまで兵士たちが知っているのは、ミラとチェガの婚約関係が成立したという事実のみである。ゆえに、婚約した二人の雰囲気が、どうしてこうも気まずいのかわからない。

「なあ、どうしてあの御二方はあれほど気まずそうなのだ?」

「俺が知るかよ。お前、聞いて来いよ。」

「嫌だよ怖い。」

兵士たちの動揺は、少しずつ少しずつ、しかし大きく広がっていく。

「まずいな。」

「ええ。」

ミラとチェガは同時に呟き、そして同時に見つめ合う。


 気恥ずかしさと、罪悪感が二人を襲った。

「「ッ……!」」

他害に目を逸らし合い、そしてこれが『不味い』原因だからこそ、互いで解消せねばならないことも自覚する。

 幸いにして、夕暮れ時が近づいていた。ベリンディスの国境へ近づくまで、あと3時間といったところ。


 近隣の村の環境を、ミラは思い出す。ケルシュトイル軍一万人。彼らを収容できる施設は近隣にはない。

「野営の準備にしましょう!今日はここで休みます!」

ミラの声に、呼応するように兵士たちは天幕を立て始める。木と、獣脂を塗った皮。雨を凌ぎ、体を休めるための仮住まい。

「チェガ様……よろしいですか?」

それが立った。つまり、ミラとチェガの対話の時間だった。




 机を挟んで、互いに動かず。何を言い出せばいいのか、何を訊ねればいいのか。互いに分かりにくいゆえに……チェガは、自分の友の話を、始めることにした。


「シーヌとの出会いを……話したことは、ないな?」

「ええ。ありません。」

口調は、共に硬い。ミラは元々硬いが、それにしても輪をかけて硬い。

「シーヌと出会ったのは、シーヌが親父を討ちに来たからだった。」

オデイア=ゴノリック=ディーダ。彼は、『歯止めなき虐殺事件』において、虐殺の契機となった騎士団との激突を機に、戦場を離脱した。

 この時、チェガ6歳。シーヌと同じ年齢である。


 戦場から、離れた。その戦いは、それ以上行う価値を失っているとチェガは考えたためだ。

 ユミル=ファリナに呼ばれたドラッドが、何か興奮した様子で「村へ攻め込むぞ!!」と言っていたが、その価値、意義を持てなかったドラッドは、上司の命令を無視、己の隊を率いてその村近辺から離脱した。


 話は変わるが、オデイアの妻にしてチェガの母は、ドラッドの妹である。

 ついでに言うなら、ドラッドが『こいつなら妹を任せてもいい』と考えたゆえに妹を預けただけの結婚であり、オデイアの方に愛はあれどドラッドの妹の方に愛はない。

 ドラッドの妹は、オデイアよりもドラッドを愛していた。愛情よりも惰性でオデイアと結婚し、子を為した。子すらも、自分の子であるから無関心にはならなかったものの、オデイアの子であることから心底愛しているとは言い難かった。


 ドラッドの妹は、心の底よりドラッドの妹であり、オデイアの妻であること、チェガの母であることは、妹であることよりも価値が低かったのである。

「なぜ!兄上を裏切ったのですか!!」

「裏切ったつもりはない。指示は、あの街の研究を破壊すること。守備する騎士団がいなくなった以上、我々がわざわざ出向く必要性はない。我々以外にも、戦力は多くあったのだから。」

「戦力が多かった?兄上が戦うと決めた以上、付き従うのがあなたの役割ではないのですか!」

父と母の、あの日の喧嘩は平行線をたどったが、一時的に落ち着いた。全ての結論は、ドラッドが帰ってきてから聞けばいい。そういう話で落ち着いたためだ。


 だが。ドラッドが帰ってくることは二度となかった。冒険者組合が、シキノ傭兵団を指名手配したためである。

「オデイア様!これは何かの間違い……いえ、間違いでなくともいい、兄上を何としてでも助けなければ!」

「ならお前ひとりで行け!私はチェガを育てなければならん!親の責務は果たさねばならん!!」

「そうですか、わかりました!!私は唯一の肉親を救いに行きます!!」

母は、そう言って出て行った。チェガの母は、ドラッドの妹で、あった。




 母が行方不明になり、叔父はガラフ傭兵団に入る形で冒険者組合入りした。なぜ、冒険者組合がシキノ傭兵団を指名手配したのか、今でもわかっていない。なぜかも、誰も語らない。

 正確には、少し違う。証言、指名手配した張本人が言うには、『誰かに虐殺の責任を取らせる必要があり』『国として主要な人物でなく』『誰にもわかりやすい悪役』であることが必要だったという。そして、強者を求めて傭兵をするドラッドが、最も適任だった、とも。

 しかし、それを承認した冒険者組合員はこう言うのだ。『なぜか、そうするべきだと思った』と。これが何を表すのか、チェガは知らない。いや、知らないふりを、し続けている。


 知らないふりということは、知っているということで。それを知ったきっかけである、シーヌとの出会いは、デイニール魔法学園に入る3月前……チェガが10歳になる前のことだった。




「ここに、オデイア=ゴノリック=ディーダがいると聞いた!誰だ!!」

彼との出会いは、パン屋が軌道に乗り始め、石のパンの、水の吸収率を良くしようと四苦八苦している頃だった。

「何者だ、要件を言え!!」

時刻は朝方、彼らが仮住まいにしていた、森のはずれの小屋の前。街に店を構えて商売するのが限界で、街で生活する余裕はなかった頃。

 明確に、不穏な声だった。敵対するつもりで、殺すつもりでそこに来たことを、オデイアは経験則から悟っていた。


 チェガは何も知らなかった。オデイアが傭兵であったことも、自らの父がどのように生きてきたのかも、何も。彼にとっては、記憶にうっすらと残っている母を除いて、唯一の家族だった。

「シーヌ=アニャーラ。クロウの敗残兵。」

あまりにも幼い声から発せられる、あまりに恐ろしい声。そして、その声と、アニャーラの姓に心当たりがありすぎる、オデイア。

「そう、か……。」

クロウの惨劇は聞いていた。ゆえに、オデイアは罪の清算を行うべき時が来たかと思った。


 もしも自分があの戦場にいたのなら、あるいは虐殺を止め、出来ずとも十人の百人や二百人は逃がすことが出来たのかもしれないのだから。

「わかった。」

オデイアは、観念したかのように扉を開けた。チェガの頭をポンポンと撫で、惜しむようにその顔を見つめて。

「好きにしろ、お前の復讐だ。」

彼の構える小さな刃に、首を差し出すように座り込んだ。


 父を失う。はっきりとチェガは感じ取れていた。このままでは父を失うかもしれない。このままではあの少年は、自らの最後のつながりを断つかもしれない。

 今だから、チェガはあの時の感覚をそのように言語化できる。だが、実際にチェガがその時に感じていたのは、どうしようもないほどの恐怖と、焦り。


 扉の影から、父を見た。扉の影から、少年を見た。

 鬼のような形相をした少年と、諦めたように、しかし真剣に少年を見つめる父。

 思わず、だと思う。チェガは、そう信じたいと思う。誰かに、『行かなくていいの?』と言われた気がする。気のせいだと、思った。

「父さんに、手を出すな!!」

両手を広げて威嚇する。少年と父の間に割って入るように立ちふさがる。

 なぜか湧いていた敵と向き合う勇気は、敵の少年と目を合わせた時点で萎えていた。


「……。」

「……。」

二人は、じっと互いの目を見つめ続ける。終わりのない、数秒の中で。先に目を逸らしたのは、シーヌだった。

「お前は、違う。」

その言葉の意味を、チェガは当時、知らない。だが、シーヌが父を殺す気がなくなったことだけは理解した。

「ありがとう。」

「お前には、関係ない。」

チェガはその時、シーヌの友人になろうと決めた。自分が悲しむから父を討つのをやめたのだ、とチェガは感じてしまったから。


「あ、あの!」

「ん?」

「俺は、チェガ!チェガ=ディーダ!!」

「……。」

チェガの叫びに、シーヌは驚いたように数分ほど固まって。

「シーヌ=ヒンメル。そう、名乗っている。」

最初に比べれば幾分か柔らかくなった声でそう答えると、シーヌは再び歩き去っていく。


 チェガはその背中と、相対した時に見た、途方もない寂寥感、孤独感、憎悪。そして、家族の絆を見せられた、その羨望の眼差しを忘れることはないだろう。

「俺は、お前を救いたい。」

チェガは、そう呟いた。




 天幕に再び沈黙。しかし今度の沈黙は、チェガの話を聞いたうえでの沈黙だ。

「俺はあの時、俺たちの絆に中てられて下がったのだと感じていた。」

今なら違うと断言できる。シーヌの憤怒は、虐殺を行ったことへのものだ。真っ当に騎士団同士で戦った戦争で、彼が怒りを見せることはない。

「父は復讐する対象じゃあ、なかった。ただそれだけの話だった。本当に父が復讐の対象なら、俺を殺してでもシーヌは復讐を果たしていた。」

だが、それを知ったとしても。

「俺はシーヌの孤独を埋めたい。喪った幼馴染や肉親の代わりにはなれねぇけど、それに準じる人間に、なってやる。孤独と絶望の奈落の底から、俺は絶対、シーヌを救う。」

チェガはそう、ミラの前で断言してのけて。

「お前への愛は、その次だ。シーヌへの友愛の次に、俺はお前へ慕情を向けている。」

そのセリフに、ミラは完全に言葉を失った。チェガの意志の強さに、覚悟の強さに。自分はまだ、敵いそうにない。

「嫉妬で、狂いそうですわ。」

そう、前置いて。

「いずれ、シーヌ様を超えるほど、惚れさせて見せますわ!」

「……そうか、楽しみにしている。」

ミラとチェガは、互いの謁見時の条件を、それで呑んだことにした。


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