ケルシュトイルでの謁見
最後の最後に、新生グディネ竜帝国を混乱させ、退路を断つ大役を担った国、ケルシュトイル公国。ビデール=ノアが死したことで暴走した竜たちの亡骸を得て、それらを国に持ち帰った、今最も富める国。
彼らは、まずケルシュトイル公国本国へと帰還していた。
「以上が、出征時の出来事です、陛下。」
ミラは父に、この戦争の経過と結果を説明する。特に、自国の活躍……主にチェガの活躍について、詳しく語っていた。
「ふむ、死地を二度も助けられた、か……。」
その一言が、国王にとって何を重要視しているかを端的に物語っている。しかし、彼はそれ以上そのことについて触れず、まずは現状整理を行い始めた。
まず、確認しなければならないのは自軍の被害である。
「軍としての被害は軽微。死者が200、重症150、軽症1000。一万近い兵を出兵し、グディネを相手にしたにしては軽すぎる傷であるな。」
「ハッ。戦争終了間際には竜に襲われた。それが事実であるならば、軽微というだけでは決して足りぬかと。」
エフラムの言葉に、王は大きく頷いて同意を示した。
「では、周辺国についてだ。グディネは“群竜の王”が死に、その精鋭も大きく減った。これ以上わざわざ進軍してくることはないな?」
「竜帝ですから、あり得ないとはいえません。しかし、敗戦報告とその経過はあちらも多少は届いているはずです。狙うならベリンディスではないかと。」
それは、事実に基づく普通の予測である。エフラムは、その事実について、疑う必要性を何ら感じていない。
それはまた、国王も同じである。竜を相手できるチェガが雇われているケルシュトイルより、グディネに無謀にも突撃し、ほとんどの軍が壊滅しているベリンディスに攻め込むのは至極当然の帰結だ。
「まだ同盟は続いている、そうだな?」
「は。連合としては三大国を迎撃し終え、神山を分割した時点で終えております。しかし、それ以前に結んだ、K-B-M三国同盟については未だ健在でございます。」
「よし。ティキ=ブラウの要請通り、ベリンディスを吸収合併する。エフラム。そのために必要なものは?」
「ベリンディスを護るという名分で、軍を派遣。王の名代がベリンディスに滞在。そこからは、全てティキ様がやってくださると存じます。」
エフラムの発言に、再び国王は大きく頷く。
「と、いうことだ、ミラ。お前を名代として派遣する。しかと成し遂げよ。」
そこまでは、ほとんど予定通りだった。予定外が起こったのは、ミラが返事を返す前である。
一人の若い貴族。軍を率いる将の一人が慌てて王の前に飛び出してくる。
反射的な行動だったのだろう。礼儀を失した行動に「ヤバい」という顔を露骨に示したのち……開き直ったように、口を開いた。
「無礼を承知で申し上げます。公女殿下を名代として派遣することに、私は反対でございます。」
その度胸に、王は一瞬どうしてやろうかと悩んだのち、発言を許可するように問いかけた。
「なぜであるか?」
「はっ、ベリンディスは民の手で政を営む国であれば、公女殿下という明確な『特権階級』は嫌悪されていると愚考するためです。」
本音は、「これ以上公王家が功績を独り占めすると、貴族の必要性がない」である。
とはいえ、功を独り占めされることが気に食わない、とは言えない。ゆえに、咄嗟に思いついた言い訳を、彼は王に対して行った。
「ふむ。確かに、否定できるものではない。しかし、ティキ=ブラウはその制度を破壊するために動いておる。破壊されたその時、公女がいることは必要ではないか?」
「いえ、そのようには思いません。そもそも公女というお立場は、陛下を除けばこの国で最上のもの。衝撃が強すぎます。」
貴族の男が言うセリフは、あながち間違いでもない……が、正しくも、ない。
国王はどう言葉を選んだものか、と少し葛藤した後、明瞭な言葉を選ぶことにした。
「衝撃が強すぎる方が良い。新生グディネ竜帝国は、精鋭が討たれたとはいえ滅びたわけではない、弱体化したとはいえ我々より強い。」
周辺国家への対処を考えたとき、容易に動けなくなってしまっただけだ。強い衝撃を与えておいて反抗の気を削いでおかなければ、後々に関わる可能性もある。
「ゆえに、我が娘と……我が娘の雇った、傭兵が必要だ。」
必要なのは、ミラではない。ミラの持つ公女の立場より、チェガの持つ圧倒的武力の方が、今回の場合価値がある。
グディネへの威圧も、ベリンディスへの威圧も。
効果を持つのは、チェガであると、そう言った。
「そ、それでは国としてそこの傭兵を雇い、他のものが彼と共に行けばよいと考えます!!」
貴族は、賢かった。その理屈が、ミラである必要性を失っているなら、チェガであることに価値があるなら、チェガを伴った誰かにすればいい。そう主張するその貴族に、国王が言葉を失う。
その瞬間、『そこの傭兵』が手を挙げて、発言許可を求めた。
「許可する、チェガ殿。好きに発言するとよい。」
「では遠慮なく。ミラ=ククル・ケルシュトイル公女殿下には、おそらくベリンディスに威圧を与えられる理由が存在いたします。」
彼の発言は、ミラを擁護するもの。ティキの要請で、ミラを連れていくことは求められている。彼は何としても、ミラをベリンディスへと連れて行かなければならない。
「貴殿らも知っての通り、ミラ=ククルはティキ=ブラウと友人関係にある。つまり、ティキの支援を全面的に受けている状態と言っていい。」
それは、圧倒的不利な状態から三大国の軍勢を壊滅させた女の全面支援、と言い換えてもいい。
小国。三大国を壊滅させた女に、小国の、軍事力を失った国が、反抗するというのだろうか。その女を共に持つ公女に反抗するというのだろうか。
「私は確かに、抑止力になるだけの実力を持っているのかもしれません。しかし、それ以上にティキ=ブラウの名声は高く、また危険度も高い。」
ゆえにこそ。
「ティキ=ブラウの名前を背負える。そんな人物は、ここにはミラ殿下しかおられないように、思いますが。」
国王の目的は、ミラがチェガを篭絡する時間を作り、チェガをこの国に縛り付けること。
そして、チェガの目的は、ミラをベリンディスへ送るとともに、彼自身の功績を、何かしらでさらに増やすこと。
「ミラ殿下は、ベリンディスを権力で統治するために、最上の方かと思われます。」
それが、ケルシュトイルの決定だった。
最後に。謁見の最期の趣旨。
「褒章を与える。ミラよ。望みはあるか?」
ケルシュトイルに財は多くない。望みを問われて答えられても、与えられるかはわからない。
しかし、聞く必要があった。それは……チェガに対しても。こういう場合、『ありません』という方が無礼に当たる。『期待していません』というに等しいのだ……実際欲しいものがないとしても。
だが、幸いにしてミラにはきちんと望みがあった。なければあるいは、ティキについていく権利でもねだったかもしれない。
「チェガ様との婚姻を。」
それが、爆弾でさえなければ、問題はなかったろう。
とはいえ、国の一人娘がただの傭兵を夫にしたい、というのは、問題でしかなかったが、
「いいだろう、チェガ殿が許すのならば。」
国王は、即答した。
焦ったのは、チェガと、そして貴族たちである。チェガはまぁ、いい。いずれはと望んでいたものが目の前に転がってきたに過ぎない。
だが、貴族たちは違う。どの貴族の息子が王を継ぐか、今は取り合いをしていたはずだ。なのにいきなりかっさらわれそうになっている。面白くはない。
「へ、陛下!」
「黙れ!聞けばチェガ=ディーダとやらは一人で随分な竜を狩ったという!また、ティキ=アツーアの夫君の友人でもあるという!これ以上、我が国を守るのに適正な人材がおるか!おるというなら連れてくるがいい!」
冒険者組合員の知り合いを持ち、武力に秀でた貴族など少ない。ましてチェガと同等の実力者はなおさらに。
それに、先ほど政治ごとにも多少理解があるような発言もして見せた。もっとより深く話してみる必要があるが、頭は悪くなさそうである。
「くっ……!」
あらゆる反論を封じられた上で、そうであればとチェガの反応を見る。
しかし、チェガからは、普通の貴族なら想像できないような発言を、聞くことになった。
「王配になら、なっても構いません。しかし国王になるのは、ごめん被ります。」
貴族たちが『アホ』と断言するような主張をする男がいて。
「では、ミラへの褒賞は決まりである。」
それを喜ばしいと思う王も、そこにいた。
そうして、国王はチェガに視線を向ける。
「国王としては願ったり叶ったりの要求じゃ。ケルシュトイル公国の場合、必要なのはケルシュトイルの血筋であって、新たな王ではない。」
実権を望まない夫など、女性しか残っていない公国としては喜ばしい。
「では、私の要求は、公女殿下の夫となる前提で話を進めてもよろしいか?」
「当然である。何であるか?」
その問い。ケルシュトイルに拘束されることがはっきりしているチェガの望みは、今は一つしかない。
チェガは、国王と、貴族たちと。……そして最後にミラの目をしっかりと見つめてから、言った。
「我が友、シーヌ=ヒンメル=ブラウ。彼の危地にあって、国として支援をすること、それが望みです。」
チェガの“奇跡”は、“友愛”から派生するもの。そうでなくともシーヌが、復讐を果たした先で彼を守ること。ケルシュトイル公国でそれが出来るようにしたかった、が……。
国王は、悩んでいた。チェガの望みは傭兵としても、友人としても最もだ。だが、そのシーヌの危地が、自らの死後になってしまっては、困る。チェガが望まなくとも王配は権力争いに巻き込まれるし、ミラがチェガに入れ込んでいる以上、ミラが抑止力になることもない。
ゆえに、妥協案をだすことにした。時間制限と回数制限、である。
「5年以内に、一度きり。そうでなくては、国の運営に関わる。」
「構いません。……ありがとうございます。」
それだけ。それだけだったが……チェガにとっては、最上の成果であった。




