称号
第二章開始、です。
プロローグ的なもの(のつもり)なので短いです。
森の中を、馬車が駆ける。そのワゴンの中で、男女が座って窓から流れていく景色を眺めている。
外壁に描かれている紋章は冒険者組合のもの。世界のあらゆるルールから逃れえた、絶対権威に近いものの証明。
しかい、その紋が描かれた馬車を使っているのは、まだ年若き少年少女だ。冒険者組合の所属試験に合格した、これも間違いなく優秀な二人。
名を、シーヌ=ヒンメル=ブラウとティキ=アツーア=ブラウという。
「この称号っていうの、何?」
少女が少年に聞く。
「まぁ、実績に見合った名前だよ。空欄なのは称号がもらえるほどの何かをもっていないからだろうね。」
「試験に合格したのにもらえないの?」
「ああ、うん。その程度じゃもらえない。」
少年は自分の手元に目を落とす。手に入れた冒険者組合の所属証明書、もとい通称強者カードには、称号が書かれる欄がある。
「『空の魔法師』?」
ティキがそれを覗き込んで言う。碧い髪がシーヌの目の前を覆った。
「うん。でも、なんだろう。『空』と『の』の間に、一文字入りそうな空白があるよね……」
シーヌはティキを横に座らせなおして、その髪をくるくると遊ばせながらどういうことか、と疑問を持った。
「そもそも、称号って?」
ティキの疑問が再びそこに帰ってくる。それはシーヌも予想の内だったのか、少し言葉を選んで話し始めた。
「有名人が手に入れられるもの、かな?いろんな人にそういう名前で呼ばれるもの。」
彼は自分がすぐに称号を押し付けられるとは思っていなかったものの、おかしな名前ではないと納得はしている。
“憎悪”や“苦痛”。あるいは“復讐”。それら魔法概念を解放せずに戦う場合、シーヌが一番得意なことは魔法を相殺することだ。消滅させると言ってもいい。
空。カラと読むなら、これほど自分に合う称号もないだろう、と復讐以外に何も持たないと思っている少年は自嘲する。
「ガラフは『金の亡者』。ドラッドは『隻脚の魔法師』。グラウは『焼土の影刃』。そこそこ有名な人や強い人は、みんな名前を持っているよ。」
冒険者組合に所属するということは、その人たちの中に名を連ねるということだ。しかし、試験合格によって組合に入った者は、死亡率も高い。
死ぬと見込まれている者は、称号は基本与えられない。どうやらティキはすぐに死ぬものだと思われているらしい、とシーヌは思う。
決してそんなことはあり得ない。ティキはシーヌが守るのだから。
「これから行くところはどういうところなの?」
ティキは称号がしばらく関係ないものと思ったのだろう。話を変えることにしたらしい。
「ネスティア王国。ルックワーツの街。……『赤竜討伐の英雄』がその街の仇だ。」
妻を連れて、妻には関係ない復讐の道に付き合わせる。それがどれだけ無意味なものか、シーヌは理解している。
それでも、結婚した責任を果たそうと、シーヌは彼女と一緒に旅をしていた。
それならば、街に置いてきて仕送りでもするのがいいのだとはわかっているが、ティキも訳アリの身だ。彼女を置いていくというのは、シーヌが結婚の責任を取らないという意味でもある。
それにシーヌ自身も、ティキとしばらく一緒に居たかった。
「そう。何かすごいものとかないの?名物は?」
ティキはわくわくしたかのように聞いてくる。全身で、楽しみだということを表現して。
シーヌはその無邪気さがまぶしくて、目をそらす。それでもその眩しさは、空気を通してシーヌに伝わってきた。
「ご、ごめん。知らないんだ。」
復讐以外に興味がなかったから、知る必要がなかった。シーヌはそういって謝る。
「いいよ。シーヌ、ちゃんと私にも付き合ってね。」
シーヌは苦笑する。それを言われると、シーヌに断ることはできない。
ティキはシーヌの妻だ。それ以前に、シーヌの想い人なのだ。一度たりとも、好きだと伝えていなくても。
「もちろん。ティキが望むなら。」
そういうと、シーヌの頬に柔らかい感触が伝わった。何が起こったのかわからず。彼は慌てて隣を見る。
ティキは何もなかったかのように、まっすぐに前を向いている。背筋をピンと伸ばして。顔は赤くなったりしていない、がなんともわかりやすい少女だ。
「ありがとう、ティキ。」
シーヌは軽く笑うと、同じものをティキに返す。今度のティキは真っ赤になった。
ああ、こういう日常も、ティキには大切だろう。そうシーヌは思った。ティキがシーヌにそれが必要だと思っているとは、みじんも考えが及ばない。
シーヌとティキは、結婚しても、互いのことを考えていても、いや考えているからこそ、擦れ違っていた。
「旦那方、そろそろ国境でございます。関所まで行きますので、身分証の準備をお願いします。」
御者台に座る男が大声で叫んだ。しかしワゴンの中のシーヌたちには、かろうじて何を言っていたかわかる程度の声にしか聞こえない。
「わかった!」
シーヌは外に向けて叫び返す。箱のなかでシーヌの声は反響して、予想以上に響いた。
冒険者組合御用達の馬車は、高級で、途中で獣に襲われても大丈夫な作りになっているものの、その弊害は大きかった。
それが証拠に、ティキは耳をふさいでいる。
「さて、信じてくれるかな。僕らが冒険者組合の人間だって。」
シーヌは、馬車の進むかすかな揺れが止まったタイミングで、扉を開けて足をつけようと踏み出した。
1000pvを越えました。
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