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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋慕の女帝
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サチリア伯爵令嬢の苦難

 ティキが示した将来の小国家群の中には、特別厄介な指示がある。

 その指示の担当になっていたのは、ワルテリー王国だ。




 戦争後、多くの国は大国に攻め入る。ミスラネイア、クティックはアストラスト女帝国へ。ケムニス、ニアスはブランディカ帝国へ。

 しかし、新生グディネ竜帝国へ攻め込むのは一国だけ。ワルテリーのみである。


 グディネと隣接する国は、四つ。ワルテリーはもちろん、ケルシュトイル、ベリンディス、そして非常に狭い接地ではあるが、ミスラネイアも含まれる。

 その中で、ケルシュトイルとベリンディスが問題だった。ティキの構想では、ベリンディスはケルシュトイルの傘下に入る。ケルシュトイルがベリンディスを支配するまでの間、ケルシュトイルはグディネへ攻め込めない。

 言い換えるなら、グディネに追撃を仕掛けられるのも、損害を出すことが出来るのも、また報復措置で真っ先に槍玉にあがるのも、ワルテリーということであった。


 エル=ミリーナ・サチリア伯爵令嬢。ワルテリーの伯爵家の一人で、リュット魔法学園に通った政治家の娘。

 彼女が、その、新たな支配地域の政略を担っていた。

「“神の住み給う山”?長いです、端的に神山とでも呼びなさい。」

報告書、依頼書、会計書。片端から目を通しながら、エルは指示を出し続けていた。

「前線指揮官に伝えなさい、これ以上の進軍は控えるように。ワルテリーが持つ資源的に、そろそろ飢えることになりますよ。」

兵站の、管理。ワルテリーはそれほど国庫に余裕はない。支配領域を広げれば広げるだけ、統治にも金がすり減っていく。自然、軍費に回されるカネも減っていく。


 それよりも、とミラは息をついて呟いた。

「国境沿いを定めて堀を掘らせなさい。“群竜の王”が死んだ以上、容易に敵は竜戦車や飛竜を用いることはないと思います。反撃は騎馬でしょう、柵が出来るまで、足止め用の堀が要ります。」

要は動いていないから進軍するのだ。であれば、動く仕事を与えておけばいい。

「それでも手が余るようなら、大工仕事でもさせなさい。あの一帯は確か石が多かったはずです。砦に作り替えられるよう、石を運び出させておきなさい。」


 そうしている間に、ワルテリーの法を民衆に伝える。法治国家でないためそこまで細かい法はないものの、税金、罰則についてはワルテリーのものを徹底させなければならない。

「村や町への看板は立てましたか?よろしい、統治するものにそれを遵守させなさい!」

例年採れる食料、通年での気候、近隣の地形事情。それを一つ一つ調べ、政治に反映させやすいよう、資料に纏める。


 厄介かつ必要な作業を、エルは黙々と行っていた。もう三週間になる。そろそろ、一旦箸休めを……と彼女は願っているが、そう簡単に話が進むことはない。


「ミラ様!柵用の木材が足りません、いかがいたしましょう!」

「本国に連絡して、即座に運ばせるよう言いなさい。神山から木材はいくらでも取れるでしょう。」

「しかし、人手が足りていません。」

「伐採と運搬の工程を別にしなさい。組み立ての工程は前線でやります。」

伐採と運搬の工程を同時にやるから作業が遅れるのだ。完成品を前線に届ける必要はない。前線には暇を持て余した男たちがたくさんいるのだから。


 彼女はただひたすら、書類作業に没頭する。彼女が前線で働くことは、もうないだろう。

 そもそも戦場は男のもの。女性であるミラがしゃしゃり出た時点で、問題と捉える貴族は多い。ミラが選ばれたのは、七ヵ国連合中、ケルシュトイルのミラ=ククル・ケルシュトイル公女と、ケムニスのフェル=アデクト・デコルテ伯爵令嬢との面識、それに伴う連携の利を見込まれていたからである。

 もうその二国としっかり連携をとる必要はない。自然、エルが前線働きをする必要はない。

「次の書類は……。」

ゆえに、彼女は政務に没頭するだけの時間と、それ以外が出来ない立場に追いやられていた。

「ああもう、人手が足りない……。」

ミラの心の中にあるのは、それだけだった。




 新領地の開発が、徐々に、しかし確実に進んでいく。

 開発というより、統治か。人生に諦めていた領民たちも、徐々に現状を理解したのか、農作業に従事するときのまじめさが上がったと、監察官から報告があった。

「サチリア伯。貴殿の娘は随分と優秀なようだ。」

「ええ。父として鼻が高い。惜しむらくは、彼女がそろそろ結婚適齢期を過ぎるということ……。」

国王と、伯爵。公爵でないサチリア伯は、娘の能力を貶す必要がない。公爵であれば、婿さえとれば王位簒奪を行えるが、伯爵家の娘はどれだけ頑張っても王位に就けない。ゆえに、無用に能力を貶めて見せ、忠誠心をアピールする必要がない。


 話は変わるが、サチリア伯爵家には普通に次代が存在する。エルの兄は、今財政を取り仕切る大臣の部下として働いている。彼もまた、日々忙しそうである。

 つまり、エルは結婚適齢期を過ぎ、結婚できないとなると家で生活していくしかない。このままでは彼女の人生は、この政務を終えれば終わるということになりそうであった。


 とはいえ、ワルテリーは彼女ほどの人材を無用に家に押し込めるほどの人材的余力はない。たった一家しかない公爵家は、軍事よりの家だ。最前線で指揮を執る指揮官ではあるが、彼らに政治は出来ないだろう。

「領土が拡大する。それに当たって、貴族家を増やす必要があるのだ。」

現在、ワルテリー王国では王家が1つ、公爵家が一つ。伯爵家が3つに、子爵家が8つ。男爵家が、20。一都二町14村の国としては多いが、一都五町30村の国としては少なかった。

「第3皇子は14、そなたの娘の2つ下だ。年齢的にもちょうどよい。新たな3街の内南の一都を息子に任せ、そのサポートをそなたの娘にさせようと思うのだが、どうだろうか?」

とても分かりやすい、そして返事に困る問いかけだった。


 サチリア伯は数瞬……とはいえ、一秒程度の時間、言葉に詰まって考えた後に、返答した。

「案自体は悪くないと愚考したします。当人たちが答えを出すでしょう。」

伯爵に許された返事のギリギリは、そこだった。それは、ある意味で決定権を王家に委ねるという意味合いでもある。

「ふむ、そうか。下がってよいぞ。」

「は。」

国王の言葉に、不安を含めた様々なものを内に秘めつつ、サチリア伯爵は城から外へ出る。


 しかしその表情は、わずかに笑みを浮かべていて。


 サチリア伯爵は、娘をリュット学園へ通わせたことが正解だったと、これ以上なく確信した。




「意味が分かったか、アティス。」

「いいえ、わかりませんでした、父上。」

息子の素直な返答に、困ったような表情を王は浮かべる。

「ワルテリーを盛り立てるために、我が国は新たな貴族が必要だ。そしてその先頭は、王家が積極的に取らねばならない。」

そうせねば、貴族たちの力が強くなりすぎてしまう。国内で貴族家を増やすことは権力闘争の元でもあるが、戦力分散の手段でもある。

「お前を新たな公爵家として家を分ける。お前と次代はワルテリーに忠誠と親愛を以て仕えるだろう。それだけあれば、国を広げ、安定させるには十分だ。」

国王と、その次代で国土を広げる。そしてその子の代で、国を安定させる。国王の考えている構想は、そんなところだ。


 だからこそ、これから行う手段に非常に大きな価値がある。

「お前はサチリア伯爵令嬢の元で、政治を学ぶ。政治術の向上、魔法の学習。それらを以て、国に貢献できる大公爵になれ。出来ぬとは言わせん。」

「しょ、承知いたしました!」

そして、アティスが望めば、サチリア伯爵令嬢はアティスの正妻として収まる。皇子の権力は、その程度には強い。

 それさえできれば、先20年はワルテリーは安泰……国王はそう、正しく国情を読んでいた。


 そうして、アティスは複数の文官候補と共に、エルの元へと移動を始める。

 エルの仕事は、それまでの政治だけでなく、皇子、文官候補たちへの教師業まで、追加されることになった。


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