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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋慕の女帝
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ミスラネイアの政略

 ミスラネイア王国騎士団長、フローラ=ネガ・ミスラネイア第三王女は、戦勝報告をもって祖国に帰った。『神の住み給う山』を下り、大国アストラストに隣接する己が国の土を踏む。

「全軍、停止!」

先頭を歩んでいたフローラの馬の足が止まる。その指示に従う様に、兵士たちもまた、その場で歩みを止めていく。

「シーヌ様、ここがわが祖国、ミスラネイア王国でございます。」

冒険者組合の青年の方を、騎士は振り返った。その青年は何の揺らぎもないような表情で「そうか」と返す。


 何を返せばいいかわからないのだろう。まだ冒険者組合員となって一年と経っていない彼では、正しい冒険者組合としての立ち振る舞いがわからない。

「行っていい。」

シーヌは、そう返すだけにとどめた。冒険者組合員である以上、礼儀も正しいふるまいも必要ないが、だからこそシーヌはどうすればいいかわからないのだろう。

 フローラは何とも言えない、強いて言うなら可哀そうなものを見る目でシーヌを少し見た後、全軍に前進指示を出した。




 ミスラネイア王国は、国というには少々小さな場所だ。三つの町と、八つの村、そして一つの城。それなりの国であれば男爵や子爵領と言われても文句がないような土地しか持たない。

 そんな国だが、小国というには少々厳しい大問題を抱えている。それが、人口問題である。

 この国は平和だった。神獣の住む地と隣り合うという危険は、外敵が決して押しよせないという安寧を与えた。

 決して戦争が起こらない国。神獣の脅威があるがゆえに、決して内乱が起きることもない。

 そんな平和な国が、大した娯楽もない世界にあったとして、起こるのは人口爆発のみであり。


 それゆえに、ミスラネイアは、騎士団だけで一万以上の人口を消費する、過剰人員国家になっていた。


 ミスラネイアがティキの派兵要請に従った理由は、三つある。

 一つ。仮にティキが、小国家連合が敗北したとき、ミスラネイア軍の軍隊1万人は減るだろう。そういう目論見が込められた、口減らし。

 二つ。連合国家を巻き込んで、冒険者組合が責任を取るべく勝利する場合、連合国家たちに脅威が起きないほどに敵主戦力を削りに行くのは明白。そうしたときに、ミスラネイアがアストラストに攻め込み、増えすぎた人口を移民させるための新たな土地を得る。それが出来るような状況を作り上げ、理由を作り上げること。

 最後に、冒険者組合の名前を得ること。世界中における冒険者組合の特権レベルは、異常だ。ある程度以上の国力、軍事力を持つ国以外は、基本的に名前を聞くだけで震えあがるほどに。それがゆえに、名声を盾にした庇護を受ける者としての立ち位置の成立を、ミスラネイアは企んでいた。


 1つ目と2つ目の目論見は、どちらか一方だけを得られる恩恵だ。ティキはミスラネイアに、2つ目の恩恵を与えてきた。アストラスト女帝国の誇る絶対的な精鋭軍、その9割以上の殲滅。ティキが行ったそれを、フローラたちは活かさなければならない。




 ミスラネイア王国唯一の城についたフローラは、シーヌを伴う形で謁見の間へと進んでいた。遅々たる国王はフローラ凱旋の報を聞いて、すぐさま彼女を呼び出したためだ。

「騎士団長フローラ、ただいま帰投いたしました。」

「うむ。戦果は事前の使者で知っておる。よくやった。」

部外者であるシーヌは、しかしミスラネイア国王に跪くわけにもいかず、所在なさげに立っているしかできない。しかし、そんなことはお構いなしに、フローラとその父の話は続いていく。

「褒美をやろう。何が欲しい?」

「私が望む報酬は、一都市の支配権です、父上。」

フローラは父の目をじっと見つめて。

「アストラストにある、都市アントン。そしてその支配下にある砦アントルーク。この支配権を頂きたいと思います。」

フローラの申し出に、謁見の間にいた官吏たちは唸るような声を上げた。アントンは、ミスラネイアの国境線から一都市分先にある。フローラの報酬を支払うためには、アントンを含む2都市のへの侵略、いや、更にもう一都市の侵略を許可しなければならない。


 立地の関係上、三都市、村にして12村。今のミスラネイアの国土が、倍以上になるという選択は、同時に行政の難しさからあまり許可をしたくはない。

 そう言った露骨な雰囲気が流れ始め、それを一蹴するようにフローラはつづけた。

「現状、我が国では貴族ですら、就職口がないものも多い。三都市分の行政に人を割けるなら、白も広くなるのではないでしょうか?」

人口過剰。それがもたらしている結果は、食糧難と、住む場所の不足。そして、就職口の減少。農民はまだいい。しかし貴族たちが、その学を披露せず、ただ惰眠を貪るだけというのは、もったいないことこの上ない。


 しかし、それでも官吏たちには悩みがあった。

「アストラストが反撃してきたらどうする?いくら精鋭を撃破したからといって、大国はそれが全ての力というわけではないのだぞ?」

代表して、国王が娘に聞く。フローラはそれに対して、整然と主張を並べていく。

「ええ。しかし、まず兵士の質は数段劣るでしょう。」

20万以上の兵士が死んだ。いくら大国アストラストとはいえ、それ以上の兵士を精鋭にし続けるだけの国力を保持していられたかというと、厳しいところが多くある。

「“災厄の巫女”は既に死にました。アストラストには、『絶対的』とも呼べる指揮官を失っております。」

戦争において、精神的支柱の存在は大きい。


 それは、ピリオネを失ったアストラスト軍が、ビデールを失ったグディネ軍が、実にあっさりと崩壊した理由でもある。

「最後に、隣接する二都市とアントンですが、現在、敗戦のあおりを受けて兵士が逃走した状態ではないかと考えています。」

詳細を公表されたわけではないといえ、20万の兵士が出動し、壊滅したのだ。敵を殲滅したとはいえ、一兵残らず始末できてはいないだろう。つまり、アストラストが敗けたという報はとっくの昔に入っているはずだ。


 なら、そこを護る兵士たちはどう考えるのか。「精鋭軍は負けた。聞けば敵の中にはミスラネイア軍もいたらしい。なら次はきっと俺たちだ」である。

逃げるには十分な理由……だからこそ、フローラは次が補充される前に攻めこみたいと考えていた。

「しかし、どうしてアントンまで進むのだ?その手前の都市まででよいではないか。」

「もし仮にアストラスト軍が反撃の軍を差し向けてきたら、残り二都市側に防衛機能はないではありませんか。なら、アストラストが建造した最新の砦があるところまで進軍すべきです。」


 何も、おかしな主張はなかった。これがフローラ以外の貴族が言ったのなら、反乱軍でも組織するのかと誰もが疑っただろう。

 しかし、フローラは王女である。王女ながらに剣を振るい騎士となった、異常な人物ではあるものの、ミスラネイアにおいて女性に王位継承権はない。

 彼女に男の気配の一つでもしようものなら、傀儡になってると疑ったろう。しかし、どうもそんな様子もない。


 何より、フローラは騎士団長である前に王女であるが、『第三王女』である。国王にとっては可愛い娘ではあるものの、政治的に価値のある娘ではない。

「承知した。全軍を率い、好きなときに出兵せよ。」

こうして。シーヌの、そしてミスラネイアの次の行き先が、決まった。


「冒険者組合員の青年殿。我らミスラネイアに勝利を運んでくれたこと、感謝する。」

「我々冒険者組合員シーヌ=ヒンメル=ブラウおよびティキ=ブラウは、最低限の戦後処理を終え次第この一帯から手を引く。もしも我らが助けを欲することになれば、手を貸すように。」

報酬はそれだけでいいとシーヌは言った。冒険者組合員が小国に助けを求めることなどほとんどない。つまり、何もいらないとシーヌは言った。

「……承知した。もうしばらく、よろしく頼む。」

国王はそれだけ言うと、背を向け歩き去るシーヌの姿をじっと見つめていた。

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