大戦争の先で
復讐の物語は、日に日に終わりに近づいている。
“災厄の傭兵”、“災厄の巫女”、“破魔の戦士”、そして“群竜の王”。彼ら個人を殺すために巻き込まれた、アストラスト女帝国、ブランディカ帝国、新生グディネ竜帝国。
被害は既に60万人を超えており、一帯の勢力図の一挙変更を起こすべく、ティキは動き出している。
シーヌは“有用複製”を繰り返すことで、師匠の“転移”を習得した。それさえあれば、彼は自らが訪れたことのある場所へ、どこへでも行くことが出来る……彼は、彼の周りにいる人物から、いつでもどこでも逃げることが出来る。
復讐の果てに、彼は自死を選択するべきだと考えている。それは、“永久の魔女”と出会い、それ以上の出会いと別れを繰り返した、この旅路でも変わっていない。
だが、自死するには、足枷が出来た。ティキという、己の妻という足枷が。
「そして、そのティキは、己の脚で歩けることを示してしまった。」
彼女はもう、望めばどこでも生きていくことが出来る。シーヌの手助けがなくとも、彼女自身の功績があれば、どことでも生きていくことが出来てしまう。
「でも、それじゃ、困るの。」
シーヌが、死んでしまう。それは、彼らの本意ではない。
「幸いにして、条件は整っているよ。」
彼女はその声に、嬉しそうに、しかし複雑な表情で頷いた。
「戦争は戦争中より戦後処理の方が長い。その上、あともう少し、戦争自体は続く。」
とはいえ、ティキももう、“転移”を使おうとはしないだろう。何かが起こってからでは遅いのだから。
少女はその光景を想像する。既に無くなった、その姿を夢想した。
「さて。ベリンディスはティキに全て任せるわ。でも、“救導の勇者”までの道は3ヵ月で用意したいの。」
ティキのそれから、既に2週間と少し。そろそろ彼女も、自信の変化に気づくころだろう。
「ティキはきっと話さない。だから、次に行きましょう。」
そっと、そしてずっと、彼らはシーヌを見守っていた。
三大国の情勢が変化するだろう。その報告書を読んでも、彼は何も表情を動かさなかった。クロウの生き残りと聞いた時は怒りを浮かべていた彼も、その素性を受け入れてさえしまえば、彼が何を為すのかは容易に予想できていた。
「ベリンディスの崩壊も、我々にとっては非常に望ましい。人が増えても、彼らが賢ければ我らが困る。」
それは、冒険者組合の総意だ。ゆえに、ティキの行った行為は彼らにとって、尊敬に値するほどの行為だった。
「さて。これからどう動くかな?」
彼は、ただ。その先を楽しみにし始めていた。
ティキはシーヌに頭を下げている。シーヌは、困ったように頬を掻いていた。
「ダメ……かな?」
上目遣いでシーヌを見るティキの目は、その口調とは違って少し涙が浮かんでいる。これまでに復讐にかかった時間、次の街までの距離を考えてわずかに上を向き……
「うん、待つよ、大丈夫。」
そう、安心させるように意識して、言った。
これからの戦争とその処理を含めて、あと二ヶ月と少し欲しい。そして、力を貸してもらいたい。ティキがシーヌに頼んだのは、それだけだった。
とはいえ、復讐の歩みを止めるのはわかりきっている。シーヌがティキを無視してどこかにいく可能性も、なくはなかった。
「元より、予想よりはるかに早く復讐が出来てる。ティキのおかげだ。」
今回殺した四人に限らず、多くの復讐仇たちは、暗殺するつもりでいた。このように正々堂々と、正面切って復讐する機会が得られたのは、ティキの功績が大きい。
実際、ティキがいなくとも」『奇跡の効果で』『必ず復讐できた』とはいえ、スピードに限ればティキがいないと決して出来ないことだった。
ゆえに、残り二ヶ月と少しくらいの拘束、シーヌにとってはさほど苦しいことではない。
「だからまぁ、何を手助けすればいい?」
「フローラ王女と協力して、アストラストの領土を取る手助けをしてほしい。シーヌはフローラ王女の安全確保をお願いします。」
シーヌがでしゃばりすぎると問題だ。シーヌはミスラネイアの人間ではない。
同時に、シーヌが手助けをしなければ問題だ。自分たちで蒔いた種は、自分たちで多少は回収しておかなければならない。
「わかった、4国の方は?」
「彼らは多分、自分たちでなんとかする。私たちが行くと、面倒ごとになりそう。」
4国のトップ、国王や貴族たち。その特質を考えると、ティキがこれ以上手を出す必要はないだろう。
ティキはケルシュトイルに、シーヌはミスラネイアに。
「じゃあ、終わったらケルシュトイルへ向かう。」
「ベリンディスにいると思う。だから、そっちに来てほしい。」
そうして再び、二人は別れた。
自分たちの行いの、後始末をするために。
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