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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(後編)
211/314

群竜の王

 『歯止めなき暴虐事件』のあの日。クロウ大虐殺が行われた日。

 ビデールの記憶は、非常に少ない。“群竜の王”ビデール=ノア=グリデイは、「ああ、そんなこともあったな」といった程度の記憶しか、残っていない。


 強敵に、出会わなかった。ピオーネのように、愛情を抱いて戦う誰かに止められたわけではない。ドラッドのように、戦いを楽しめていたわけでもない。ペストリーのように、殺人に悦楽を覚えていたわけでもない。

 ただ、強く覚えている感情が一つだけ。『なぜ、俺は戦っているのだろう』だった。


 それは、彼がその戦争に、『冒険者組合の要請に応える』程度の意味しか持っておらず。また、人生を変えるような大きな出来事でもなく。

 徹頭徹尾、『誰か』の意志に操られていたからに、他ならなかった。




 シーヌの眼を、見る。見たことのない顔だ。しかし、見たことのある表情だ。

「滅ぼしたどこかの国の皇子か何かか?」

復讐の目は、虐殺の残滓は。大国グディネの誇る最高の名将であるビデールにとって、よくある日常の一幕でしかない。

「クロウの生き残りだ。」

剣の切っ先を向けられながら呟かれたそのセリフに、彼は深い納得と、同時に深い呆れを見せた。

「そのためか、これは?」

「ああ。おかしいと思うか?」

何人が死んだか。既に、ほとんど40万人は死んでいる。彼一人の復讐のために、である。


「いいや、徹底するものだ、と思っただけだ。むしろ私は評価するとも。」

三大国の重鎮を殺すためだけに、七つの小国と、三つの大国を引き出した。40万近い兵士たちを、あるいは60万以上の兵士たちを虐殺してのけた。

「お前がやっていることは、彼らがやったことと同じではないか?」

「そうかもしれないな。だが、関係ないだろう。」

開き直りか、と思った。そうではないな、とも思った。


 シーヌはまだ、兵士は殺せど非戦闘員はきっと殺していない。スパイや伝令などは軍に所属する以上戦闘員として扱うべきだが、どこかの村の関係ない誰かを、シーヌはまだ殺していないだろう。

「そうか。」

だが、関係ない話だ。復讐の想いは、系譜は、それらが戦闘員であったかどうかに関係なく、発生するものだからだ。人間は、近しい誰かが死んだとき、何かを恨まずにはいられない。そういうものだと、ビデールは誰より理解している。

「死ね。」

「じゃあな。」

シーヌが、空を飛んでビデールの首を狙う。それを槍ではじき返し、竜の顎で食い殺さんと指示を出す。


 シーヌは、下降することでそれを躱した。同時に、上昇することで竜に攻撃しようとする。

 竜の尾が、シーヌを襲った。鋼鉄で護られた尾は、振るえば強力な鞭となる。シーヌはそれを魔法で防ぎ、鎧の継ぎ目に刃を刺そうとする。

 尾を振った反動で、竜は空を向いていた。ビデールは竜にそのまま上昇するよう指示を出し、槍の石突を握りしめる。


 反転、急降下。対してシーヌは光線を放とうとしていた。

「させるか!」

槍を握っていない手が、ナイフを投げる。シーヌはそれを無視して光線を放ち、投げられたナイフは魔法によって弾き落とされた。

 竜が、下降の軌道を変える。光線を回避してシーヌの脇を潜り抜けようとし……魔法で伸ばされたシーヌの剣に、頭から突撃し、真っ二つになった。

「う、ぐお!」

竜が割れれば、無防備になるのは竜の上に乗る騎手だ。勢いよく急降下する途中で、ビデールは宙に投げ飛ばされる。


「死ねぇぇ!!」

「燃やせ!!」

シーヌがその後を追って降下しようとした瞬間、ビデールが大きな声で叫ぶ。

 シーヌの何かが、警鐘を鳴らした。慌てて45度ほど振り返ると、シーヌめがけて飛んでくる炎の球が見つかった。

「っく!」

竜の炎。それの対処に、一瞬気を取られた。次弾がないか気にしながらビデールの方を振り返ると、地を駆ける竜がビデールを救ったところで。

「多い!!」

次から次、四方八方から放たれてくる、飛竜たちのブレスと。

「死ね、少年!!」

地竜から飛竜に乗りなおし、シーヌに一撃与えようと飛んでくるビデール、そして

「グルラアァァァ!」

地面から炎を、雷を、氷を放ってくる、地竜の集団。

「“群竜の王”……!」

それが、シーヌの首を、徐々に徐々に締めに来ていた。




 新生グディネ竜帝国。竜を愛し、竜に憎まれるこの国には、竜を調教する手段を多く持つ。

 王族は一人で何体もの竜を調教することが求められ、最も強い竜を調教出来たものが王となる。


 ビデールは最も強い竜は調教出来なかった。単純にタイミングの問題で従兄に先を越されたのだ。しかし、ビデールが従兄に嫉妬することはもうない。なぜか。


 ビデールは、最も多くの竜を調教した。最も多様な竜を調教した。そして、その手腕をもって、グディネにおける軍事を担えるほどまで力を得た。

 甥のエルフェンは、竜の調教を不得手としていた。だから、王位に就けなかった。

 グディネとは、そういう国だ。竜の調教が、王族としての生き方すべてに関わる国だ。


 “群竜の王”。それは、最も多くの竜を配下にした、ビデール個人の、技術力の証明。

 彼は、国の軍勢を使わずとも……数十の竜で軍勢を蹂躙する、単騎軍として機能する。




 次々に放たれ続けるブレスを避け、弾き、防ぐ。そうしながら、ビデールの姿を探し続ける。

 竜は強く、厄介で、そして、邪魔だ。とはいえ、死体を作るわけにもあまりいかない。ルックワーツで学んだことが本当ならば、殺し、その血を舐めることで敵竜たちの質が一気に上がることも大いにあり得る。


 シーヌに出来る手は二つ。一つは、こうして攻撃を掻い潜りながら、ビデールの首だけを確実に落とすこと。それに対してもう一つは、敵竜たちが死んだ竜の血を舐める暇も与えず、皆殺しにしてしまうこと。

 とはいえ、二つ目の手を取ろうとは、シーヌは思っていなかった。全身武装の竜たちは、堅い。彼らを引き裂き続けるような魔法の行使は、シーヌには少し負担が大きい。

 それに、これは戦争で、竜たちはビデールの調教を受けて従っている……ビデールさえ殺せば、彼らは勝手に暴走する。


 グディネが竜を愛し、竜に憎まれる国である理由は、竜を無理やり配下にしているからだ。竜はそういった手段をとるグディネを、とても嫌っているのである。


 いつの間にか、ビデールは槍を放棄していた。何体もの竜の背を跳び移りながら、その位置、その姿を気取られぬようにシーヌに近づき、攻撃をして、去っていく。

 シーヌはそれらを全て、見事なまでに受け止めていた。当然だ……シーヌは全ての敵の攻撃、位置、動きを把握した上で攻撃を捌き続けているのだから。


 数分。そうしてシーヌは、ビデールの実力を、戦いかたを見て、把握した。

 “三念”を使っている気配がない。あるいは、竜たちを支配下におく……“神の愛し子”に近い三念を持っているのかもしれない。

 だが、それでは、シーヌには勝てなかった。復讐の念を抱き続けた少年に、復讐仇(ビデール)は弱すぎた。




 ビデールは、焦っていた。

 魔法概念“王威”、その区分は“指揮”。自らに従属する全ての生物に、自分の思い通りの行動をさせる概念。それをフル活用して、シーヌに勝てていない。

 何より、前線が劣勢だ。ティキ=ブラウが、戦況が不利にならないよう、ずっと調整を続けている。

「頼む、早く死んでくれ……!」

自分が指揮に戻らなければ、グディネ軍はもれなく敗けるだろう。そう確信するからこその、必死の祈りだった。


 これが、最後。もし失敗したら、ビデールはこの怪物に背を向け、竜たちに相手を任せ、先に戦争を終わらせる。

「そう、決めた。」

ビデールはあくまで、新生グディネ竜帝国の将である。こうして一騎討ちを続けていられる立場ではない。


 そう決心して、高く、高く竜を空へと上らせる。

「行け。」

ビデールはその場で跳躍。その瞬間、竜がビデールを降ろし、シーヌに向けて降下していく。

 ビデール自身も剣を構え、まるで雷のように剣と一体化し、シーヌに向けて落ちていく。


 竜が、焼き殺された。そこまでは、ビデールも予想していた。

 予想外だったのは、その炎が、竜を貫通してビデールに迫ってきていたこと。そして。

「終わりだ、ビデール=ノア=グリデイ。」

それが、シーヌに狙って行われたものだったということ。


 その日。シーヌの、復讐劇の中でも特に壮大だった2週間が、終わった。

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