最終決戦の開始
ディオスが自国の軍を率いて下山を開始した。その言葉を聞いた瞬間、ティキは次の行動に移った。具体的には、既に打診を終えていたミスラネイアを呼び出すことである。
ついでに、ちょろちょろ周りをうろついていたグディネのスパイも処分した。時間がないので、シーヌに余所へ連れて行ってもらう形でだったが、シーヌが殺しを躊躇う理由もない。きっと死んだだろう、と即座に情報を追いやる。
山の麓から、小さな火が振られるのが見えた。ティキが配置したその兵士は、ベリンディス軍が山を下りきったら合図を送ることになっている。
「シキノ傭兵団はもう出ましたね?」
「は、ベリンディスの出陣の前に出て行かれました!」
「オデイアに任せればいいでしょう。ミスラネイア軍はすぐに出られますか、フローラ王女殿下?」
「大丈夫だ。指揮を預けるか?」
「必要ありません。私は戦わなくてはなりません。」
即座に答えたそのセリフに、フローラは何も返さない。ただ、全軍が揃ったことを確認しなおし、ティキの方へと視線をやるだけ。
「行きましょう。」
「全軍、突撃!!」
ティキの合図に応えるように、フローラが叫ぶ。その指示を合図に、ミスラネイア軍は山を下り始めた。
最後に、ティキが上空にはなった白い光は、3秒ほど上空に滞在すると、そのまま消えた。
白い光が、空に映った。その報告を聞いた瞬間、エルとフェルは即座に指示を下した。
「かかれ!」
山の、麓、ギリギリ。そんな位置に伏していた兵士たちを移動させ、山からわずかに遠い位置に構える。そして、共についてきていたアルゴスとブラスをチラリと見る。
「行こうか。」
「行こうぜ。」
兄弟は馬に乗って、戦意を燃やしながら、同時に言った。それを認めて、エルは言う。
「フェル。」
「ええ。ティキ様のために。」
言葉は、それだけだった。四人はその直後、ほぼ同時に息を吸い、何の打ち合わせもなく叫んだ。
「「「「突撃!!」」」」
山に進軍してくる敵の横っ腹を、思いっきり彼女らは突いた。
オデイア以下、元『シキノ傭兵団』。
たった20人程度の、傭兵団。
「最後だ。勝敗に関わらず、我らはこの戦争を終えて解散する。」
「いいのですか?」
オデイアの宣言に、かつて部下だった傭兵が問う。それに、何の逡巡もなく、オデイアは頷いた。
「シーヌの復讐に、数はいらない。付いていくのは、私はチェガのどちらかでいい。」
「そうですか……。」
これが、最後の戦場。そう聞くと、傭兵たちもがぜんやる気が湧いてくる。
彼らはもう年だった。そろそろ引退するべき時だった。
だが、それでも出来るなら、派手な引退試合をしたかった。
「贖罪を、果たし。同時に、大国の軍に20で攻め込む。引退試合としては十分だろう?」
「ええ。これ以上ないほどに。……行きましょう!」
それを合図に、元シキノ傭兵団は飛び出した。20万近い敵兵を根絶やしにするために。大虐殺を、己らだけで成し遂げんと。
不思議と。数の差による恐怖はなかった。あるのは、異常なほどの、興奮だけだった。
ティキは、ミスラネイアが無事敵軍と衝突した直後には上空へと浮いていた。ベリンディス軍が壊滅していく音がする。とはいえ、まだあの位置まで最前線の音は聞こえないだろう。危険なのは、伝令の存在と、竜に乗ったビデールの空からの視察。
ティキはそのうち、伝令を片端から殺すことで対処し、ビデールからは見えないよう、暗闇を少し深くした。
「ディオスが……ほう。」
ブレディが、ビデールの一撃を捌いた。その技術には、目を瞠るようなものはないが、堅実な動きであることが見て取れる。
軍事畑の出身であることは知っていたが、凡才の中でも最上、努力で積める限界まで己を鍛えた例だろうと当たりをつけた。
「生き残ることは出来そうです。」
ブレディが、わずかに生き残った数名の兵士と、敵軍の中へ突撃していく。ディオス一人が突出し、しかし、体を捻り、足を引っかけながら、一対一の状況を確実に作ることを意識している。
「こけた兵士は残りの兵士が殺す、体を捻れば同士討ちが誘発される……個人の力より、状況の力を最優先で利用し続けている。」
ティキやシーヌにはない戦い方だ。普通の人間の、普通の戦い方を、とても高い練度で実施しているだけ。しかし、クロムがブレディを連れていけといった理由は、よくわかった。
ティキは上空で、じっと戦況を確認する。わかってはいたが、最も戦況が悪いのは南側、傭兵団の戦況だ。一人で十人分の力になるような兵士だとしても、20人では200人分の力にしかならない。それを、連携で埋め、一対一の時の実力差で埋めているとはいえ、やはり敵の数は減っていない。
「これくらいで。」
光の柱を、そこに打ち立てる。一気に百名くらいは殺しただろう、とティキは見えずとも判断する。
敵が動揺した隙を、オデイアは見逃さない。敵を凍結させ、氷の柱として残ることで、地形を作り上げる。
「障害物を作る!敵に我らを包囲させるな!!」
「応!!」
20対1万の戦闘をするのではなく、1対1の戦闘を各員で500回、あるいは2対1の戦い、20体の戦いを何回もやる。傭兵たちは、そういう戦いを繰り広げていた。
ティキの光の柱が立った時点で、ケルシュトイルはグディネとの敵対を明確にした。
「我らケルシュトイルは、小国家連合としての務めを果たす!全軍!火を放て!!」
ミラの叫びに従う様に、兵士たちが最後尾の陣地に火を放つ。これまで見せていた消火への姿勢も見せなくなり、むしろせっせと燃料を増やし、横江横へと広げて、敵の逃げ道を絶つ。
「つがえ、狙え、」
その言葉は、ケルシュトイルの弓兵たちへ、向けたもの。こちらへ向かってくるグディネ軍へと向けたもの。
「放て!」
ケルシュトイル軍は、グディネへと弓を引いた。次々と首を、胸を、腹を貫かれて死んでいく兵士たちを見ながら、一言。
「かかれ!」
ケルシュトイルは、無防備なグディネ軍の背後から、攻撃を仕掛ける。
こうして。ミスラネイア軍による、勢いの乗った騎馬の突撃と、無防備な横っ腹に打撃を与える四国軍、極めて優れた経験則で敵を翻弄する傭兵団、そして背から敵を食い破らんとするケルシュトイル軍。
連合国軍は、ベリンディス軍という例外を残しながらも、正真正銘初めて、連合軍らしく全国家で戦争を始めていた。
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