旅立
一章はこれで完結です。
二章は金曜日の投稿になります。
この話は書き方が少し違いますが、気にしたら負けです、多分。
試験に合格した者の数は、三十を超えた。それはそうだろうな、とデリアもシーヌも、デイニール魔法学校に附属している喫茶店で意見を交わす。
あの戦場には、金のカードを持っている、物言わぬ死体が五十近く転がっていたのだ。むしろ30しか合格しなかったことに驚きを覚えていた。
「ガラフ傭兵団の冒険者組合内での評判は地に堕ちた。追放されるだろうな。」
「構わないよ。何があったかは知らないけれど、それでもシキノ傭兵団を囲い込んだ集団だ。同情する理由がないさ。」
「でも解散するらしいぞ?」
「弱かったから、としか言えないよ。っていうか、解散するのに追放も何もないでしょ。」
シーヌたちがまだこの街にとどまっている理由は、冒険者として認められたという証明を得ていないからだ。それさえもらうことが出来れば、シーヌはすぐさまこの街から出ていくつもりだった。
「そろそろだとは思うんだけど。」
アリスはチラチラと扉を見ながら言う。シーヌたちの居場所くらい、冒険者組合は常に知っているだろう。それくらいはできる組織なのだから。
「素直に渡してくれるのかな?」
ティキの口から疑問がついて出た。その心配は当然ともいえる。例年三、四人の枠に、今年は30人。この時点で、冒険者組合が試験のやり直しを考え出してもおかしくはない、が。
「「それはない。」」
デリアとシーヌが同時にその懸念を切って捨てた。
「少なくとも俺たちは合格判定をもらえるさ。」
「だってそれが、グラウの役割だからね。」
監督役もきっといただろう。監督役どころか、絶対合格させられないものを排除する役割のものもいたはずだ。
「……じゃあ、シーヌは?シーヌの思想は排除されるべきものよね?」
ティキはそれを聞いて、さらに質問を被せている。シーヌは内心ほくそ笑んだ。いい具合に、社会の醜さを受け入れ始めている。
同時に、シーヌのことを理解し始めている、という意味でもあった。シーヌはそれが、とても嬉しい。
「ない。冒険者組合が大事にするのは、実力だ。人格の善し悪しは気にしない。」
それがあくまで個人の活動範疇に入る限りは。デリアがシーヌを見ながら言う。
「こいつが、こいつの目的のため以外の殺人、いや殺戮を繰り返すなら問題だが、復讐のための殺しなら別に何の問題もない。」
そもそもにして、復讐や殺人は間違ったことでもない。そうデリアは続けた。
「それでもまだ長引くというのは、おそらく他の受験生の排除方法が問題なんだろう。」
シーヌは、同意するように頷いた。
冒険者組合本部、とある一室。
「で、アゲーティル=グラウ=スティーティア。貴様の赤と青以外は不合格にすべし、という意見書は読んだ。しかし我々にも世間体というものがある。」
どうして片付けまで済ませてこなかったのだ、という非難を込めた声が、グラウの耳朶をうった。
「気にしゃんでええでしょう。事実通りに公表して、赤青以外捨ててしまえばええかと。」
「それじゃあ世間体が問題だと言っておるのだ。」
イタチごっこのような繰り返しをする二人。その二人だけなら、延々話は終わらなかったろう。
「アゲーティル君。どうして事実を公表してしまえばいい、と?」
「そうすりゃ、試験できても強さっちゅう条件満たさなここには入れんって、示せますやろ。」
グラウは次の質問者に軽く答える。それによって、怒りを露わにしていた男の怒気が、少し落ちた。
「ほな、契約は完了やな。俺は行くで、ジャッケル。せいぜい寝首かかれんようにな。」
「ああ。お前もな、ティル。組合には正式所属にしておこう。」
背を向けて、手を振りながらグラウが出ていく。会議の席、その中心にほど近い席に座るジャッケルと呼ばれた男も、軽く手を振り返した。
「ジャッケル=グラウ=デハーニ。身内には甘いのか。」
「いいや、弟にだけさ、甘いのは。」
冒険者組合はこの後、赤、青、そして灰の採用を賛成多数で可決した。
合格通知は次の日に来た。シーヌたちは荷物をすでにまとめて、昨日と同じ喫茶店に足を運んでいる。
「合格、か。」
「まあ、当たり前だと思うよ。」
「そうね、ただ他は落ちた、というのが……」
「私たちが後片付けしなかったからでもあるんですが……それでも、ですよね。」
後味が悪い。少女たちの側はそう感じているようだ。
しかし、合格は合格である。喜んでいいことのはずだ。実際、合格通知をもらった時は普通に少女たちは喜んだ。
少年たちのほうはそこまで気にしていない。シーヌは完全に自分がやったことであるし、デリアも実力で通った以上、実力不足とされなかった安堵だけを感じていた。
「デリア、アリス。僕たちはもう行くよ。」
シーヌは立ち上がりつつ、ティキの同意を得ずに言った。同意を得なくても、彼女はついてくるだろうと信じて。
早いな、と小さくデリアが口に出す。振り切るように頭を振って、別れの言葉を口にした。
「そうか。俺達も帰る。次会ったら手合わせを頼む。」
叶わなかった直接戦闘を、いつかしたうとデリアは思った。理由はいろいろある、がやはり肩を並べて戦ったのだ。
「……死合、かもしれないけどね。」
しかし別れる間際に、不穏な空気がシーヌを覆う。いや、別れる間際だから、か。
「一年後には、俺はアテスロイの街に向かう。覚えておけ、シャルラッハ。戦友のために伝えておいてやる。」
復讐鬼の顔を覗かせて、シーヌが言った。わかっていたのか、とデリアが呟き、アリスの背に汗が伝う。
「しばらく僕らはネスティア王国に行ってくるよ。じゃあな、デリア、アリス。」
「お疲れさまでした。また会おうね、アリス。」
シーヌとティキはすぐさま立ち去っていく。シーヌは復讐鬼として、ティキは恋する乙女として。
『青の夫婦』の旅路は、ようやく始まるところである。
『灰の旅路』
「あぁあ、厄介なもん世に放ったなぁ。」
「その手伝いをしたのはあなたではないですが、アゲーティル。」
「いやぁ、あこまで圧倒的な力見せると思わんくてなぁ。」
灰の傭兵団の団長は、駆け抜けながら思う。ファリナとの視野同調で得られたあの光景。どうすればあれほど圧倒的になれるのだろうか。
「“奇跡”、ねぇ。奇跡は起きないからこその奇跡やと思うんやけれど。」
「だからこそ、奇跡は魔法なのではないですか?」
魔法は技術やん、とグラウは思う。それでも、本来シーヌ=ヒンメルができることより、明らかに突出した威力、巧みすぎる技術。あれは奇跡でも起きなければ起こりやしないものだ。
「はぁ。信念の魔法概念だけでも手に余らせとるのになぁ。」
自分のことを引き合いに出しつつ、思う。これ以上のものを奇跡というなら、それは神の御業に匹敵しよう、と。
「ま、考えるだけ無駄やろ。行くで、目標はアテスロイや!」
「先に部下と合流しましょう。」
「おお、そうやったそうやった。ついでに一晩くらいイチャイチャしようや。」
「もういい歳でしょう……嬉しいですが。」
身体強化で自分の走る速度をさらに上げつつ、二人は灰の傭兵団の面々を待たせているところへと向かう。自由気ままな夫婦だった。
『赤の旅路』
シーヌ=ヒンメル=ブラウは父を殺すだろう。それが、“復讐鬼”シーヌの生きる目標なのであれば。
あの男の目標をすべて叶えてしまえば、世界のパワーバランスは崩壊する。各国の英雄たちが、皆そろって死ぬ。
しかし、デリアは父を殺させないつもりでいた。復讐の念を抱き続けること。それが並大抵のことではないことを、デリアはわかっている。
だからこそ、必ず疲れる日が来る。その時にシーヌを説得すればいい。そうデリアは思う。
彼は、知らない。並大抵のことができるから、奇跡は起こるのだと。
終えるまで、すべての復讐が終える日まで足を止めない覚悟があるからこそ、シーヌは奇跡を起こせるのだと。
そして彼は当てていることもある。疲れる日は、必ず来る。しかし、もうそれを癒し、足を止めるための止まり木が、シーヌについて言っていることを、デリアは気が付いていない。
「帰ったら式を挙げよう、アリス。」
デリアは言う。少し、ティキという少女にあてられた、とも。
名前を交換すれば、結婚はできる。あの二人は青組だったから青、ブラウの名前だったわけだ。同じようにしてもいいだろう、とデリアは軽く考えた。
「ロート、でどうだ、アリス。アリス=ククロニャ=ロートとデリア=シャルラッハ=ロート。」
言ってから、しまったと思った。プロポーズが、森の中で走っている最中とは、なんとも情緒のない話だと恥じて。
「いいわ、それでいきましょう。」
そのため、あっさり頷いたアリスに驚いた。つい足を止めてしまうほどに。
「何よ、私たちが結婚するなんて、生まれた瞬間から決まってたもん。そんなに固まることもないでしょ。」
そうして、デリアとアリスは結婚した。
『色の旅路』
もう、ドラッドとは名乗れない。
もう知人も妻も、私を私だとは気が付かないでしょう。
シーヌ=ヒンメルは奇跡がなければあくまで社会の上位魔法使い。私に負ける道理はありません。
彼が強かったのは、私が彼の復讐すべき敵だったから。であれば、私がドラッド=ファーベ=アレイの精神であることさえバレなければ、今すぐに戦っても彼を殺すことができるでしょう。
「その程度じゃ、足らん!」
そう、足りない。それに、“無傷”を使わない戦闘では、万が一もあり得る。
「彼の復讐を終わらせて、ついでに絶望で染め上げて、それから初めて私は彼を倒せます。」
冷静に、冷静に。口調どころか思考すらも怒りをにじませないように努力しつつ、ドラッドは西の方角へ、まっすぐまっすぐ歩き始める。
新たな魔法、“強奪”の能力に期待を抱いて。
『青の旅路』
ねぇ、シーヌはどこに行くの?そう聞かなくても、シーヌが前を歩いてくれる。
何をするか聞かなくても、シーヌがすべてやってくれる。
「そういう生活を、期待しなかったわけじゃあないけれど……」
ウサギを捌くシーヌを眺めながら、思う。この人は、私に生きて生き方をたくさん教えてくれているこの夫は。
「私のこと、好き?」
ついつい聞いてしまう。シーヌは今日も、少し顔を赤らめるだけで答えない。
「……僕にそれを言う資格はない。」
いや、今日は少し話してくれた。
いつか。いつか。彼が私を好きだと言ってくれるように。
ポンポン、とシーヌが私の頭を叩く。そこに込められた愛情に、少しだけ頬が緩む。
彼は、私が繋ぎ止めなければならない。
復讐をすべて終えた後、彼が生きる気力がなくならないように。むしろその時から、私のためだけに生きてもらえるように。
私は、この理想とは少し離れた、でもとても大事な恋物語を、離さないようにしようと誓った。




