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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(後編)
207/314

ケルシュトイルは動き出す

 その日、グディネの陣営は異常なまでに静かだった。

 明日、ベリンディス戦力を一気に外に引き出す。そうすることで、拮抗を優勢に切り替え、勢いのままに“神の住み給う山”に進軍する。

 ビデール=ノア=グリデイの指し示した道は、そういう道だ。ゆえに三日という猶予期間までつけた。大国の意地というものは、それでも勝たなければならない状況下にあっても、『敵国を治める』という分野において維持しておかなければならない絶対条件に他ならない。

「完膚なきまでに負けた。」

国に残った国王、重臣、商人、農夫に至るまで、『全力で戦って敗けた』という感覚は、いかに統治を迅速に行えるかに差が出てくるからだ。

「敗けはせんだろう。」

ベリンディスに送ったスパイからは、定期的に報告が来ているらしい。それゆえに、ビデールはディオスがグディネの手紙を知らないことを知っている。つまり、今晩彼は安心しきっていた。


「さて、そろそろか?」

「はい。あの毒は、入ってから半日くらいで効果が出ます。」

チェガは、軽く頷いた。

 毒。飛竜および馬を確実に使用不能にする方法。チェガとミラの策は、遅効性の、致死力のない毒を用いることだった。人間でいえば、腹痛になる程度である。

 だが、その程度であることに価値があった。その程度であるからこそ、馬以外の動きも止まる。介護のために兵が減る。


 20万の敵相手。勝利するには、馬や竜以外の、絶対的な不利を極力軽減させる努力が、必要だった。

「効いていると良いのですが。」

天上から、雨がポツリポツリと降ってくる。それが、ベリンディス側の魔法だということを察するのは、容易なことだった。

「始めましょうか。」

ミラが、ひらりと馬に乗る。チェガも立派な黒馬に跨った。


 前線側が、騒がしい。通りがかった伝令を捕まえて、『何事か』と問いかける。

「ベリンディス軍、襲撃!夜襲です!!」

エルフィンに伝えるための伝令だろう。チェガはそう判断し

「承知した、エルフィン様には我々から伝えよう。」

「いえ、私はこれが仕事ですの、」

最期まで、その伝令は言うことが出来なかった。

 その伝令は。チェガの槍に、胸を貫かれ、絶命していた。




 ただ伝令に出ただけの兵を殺す。これが戦争だ、とチェガは思う。

 後味は悪い。だが、今殺した男は、兵士だった。

「ミラ。」

「なんですか?」

チェガの呼びかけに、ミラが答える。チェガは少し悩むように口ごもったのちに、それを発した。

「敵でも兵士でもない者相手に、これが出来るか?」

誰を念頭に置いた問いか。どういった者たちを念頭に置いた問いか。この戦争の真の意義を理解するミラだからこそ、その問いに対しての返事を躊躇った。


 チェガがそれに悩んでいることは、知っていた。2週間も共にいた、チェガの悩みも、想いも、チェガの全てが友の過去へ向いているのは、知っていた。

 ゆえに、ミラは答えに惑い……それでも、彼女は答えを発した。

「それはきっと……同じ人生を歩まなければ、出せはしない答えでしょう。」

そして、同じ思想でなければ。

「その先にしか、答えなんてないと思います。」

ミラは、大切な言葉を隠して、そう言った。


 きっとそれは、チェガでもない、ティキでもない、シーヌだけが口にできる思想だと、思って。




 伝令を斬って、連絡経路を絶ったチェガたちは、次の行動を起こした。

「行きますね?」

「ああ、鬱憤を晴らしてこい。」

ミラを送り出すチェガの眼は、暖かであり、同時に何か不穏な光を称えていた。




 一万のうち半数。五千を連れて、ミラは後方、エルフィンの軍へと向けて駆けていた。

 それが私怨であることなど重々承知で、彼女はとにかく走り続けた。歓喜に心を震わせて、おべっかを言い続けた日々の怒りをまき散らすかのように。

 エルフィンの陣は、少し騒がしかった。敵襲があったことには気が付いているようで、目を覚まし、臨戦態勢だけは取っている様子だ。

「かかれ!」

だが、味方のミラの軍が見えて、その美貌を目にして、警戒が緩んだのが見て取れた。その隙を、ケルシュトイル軍は、迷わず突いた。




 王族は、武を持たないと思われることがある。ましてや彼のように、典型的な貴族のおぼっちゃまのような王族であれば。

 ミラはそう思っていたし、兵士たちもそう思っていた。

 ゆえに、決して負けることはないと、高をくくって、彼らは挑んだ。


 兵士たちを、蹴散らす。奇襲の利、夜襲の利。それを初手で叩きつけ、煌々と焚かれた篝火を天幕に移す。次々と炎は大きくなり、それは陣を覆うほどの大火となって、グディネ軍最前線……“神の住み給う山”から一番遠い位置を火の海にしてしまう。

「斬れ、狩れ!グディネ軍の退路を断つのです!」

背水の陣ならぬ、背火の陣。しかし、そこには火だけではなく、それらを背負った刃が待つ。その実現に向けて、五千の軍は一万の軍を圧倒していた。


 だが。不意に、それが崩れる気配がした。真ん中が真っ二つに裂かれるような、そんな音、そんな感覚。

「そん、な。」

そこには、明らかにミラより鋭い槍を振るい、一人でグディネ軍を立て直す、第二皇子がいた。




 兵士たちが傍観する。その二人の舞う槍の中に、彼らが入っていくことはない。

 邪魔にしかならない。ミラの振るう槍の腕が一流なら、エルフィンの振るう槍の腕もまた一流。だが、エルフィンは超一流の槍の使い手ではない。同時に、ミラはまだ、一流と呼べるほどの槍の腕になって、日が浅い。

「くっ」

「勝てないとも、お前では。……いつからだ?」

「最初から。」

脇を狙う石突を弾き、弾き飛ばした以上の勢いで迫る穂先を躱す。ミラはすでにいっぱいいっぱい、しかしエルフィンはそうではない。

「我々が騙されたのか。初戦で戦果を挙げなかったが、善戦した。それすらも、か。」

「ティキ様の存在は、知っていましたから!」

勢いをつけて胸を狙う。勝機はほとんどない。一撃必殺の想いを込めて、偶然の失敗に期待しながら戦いを続ける。


「ふん、そうか。」

だが、その奮戦に、意味はなかった。

 なぜなら。ミラより先に、ミラの乗る馬が、限界を迎えていたから。五分間の戦い、その最中だけで、ミラの馬は力尽きた。

「わが軍の馬が動かぬ当たり、お前が何かしたのだろうな。」

毎日毎日ミラの元へ通い詰めていたはずの男では、ない。

「しかし、将校の竜馬は兵のそれとは別で管理されている。一流の馬と一流の乗り手を相手できるほど、お前は強くなかったな。」

槍が、ミラの脚へ向かった。首を斬り落とす必要はない。動けなくするだけで、十分だ。


 だが。ミラの五分間もの奮戦は、ミラの勝利にとって意味がなかったが。

 ミラの命を救うためには、とても役に立っていた。


 振り下ろされる、槍。それを受け止める、修羅の姿が、そこにはあった。

「悪いな、親友の奥さんから頼まれているんだ。」

その光景は、ミラの前で既に二度目。

「お前は殺した方が俺にも都合がいい。小国なら、英雄がまかり通る。」

槍を、無造作に振った。それだけで、エルフィンは数歩分、後退を余儀なくされる。

「俺はシーヌやティキほど強くはねぇ、が。」

再び、槍が振るわれる。皇子は回避に成功するが、槍を振った余波で兵士が数人、炎の中へ呑まれていく。

「一流の戦士に負けるほど、弱くもねぇ。……追いかける背中は、そんなところで止まってくれねぇ。」

踏み込み。エルフィンは流そうとして、失敗。槍から手は離さずにいられたが、態勢は完全に崩れていた。


「だからと言って!」

近くにいた兵士の胸倉を、エルフィンは掴んだ。そして、押し付けるようにチェガへと放る。

「我とて!皇子として、国を背負っていなければならぬ!!」

槍の穂先は地面へ。犠牲にした兵士の死、それが稼いだわずかな時間で、槍を地面と平行に突き出し、停止する。


 新生グディネ竜帝国第二皇子、エルフィン=ティオーネ。チェガにもミラにもフルネームを覚えられていない哀れな皇子は、しかし、皇子であった。

「一秒でも時間を稼ぐ。挟撃には、させてやらん。」

「そうか。……強いな。」

踏み込んだチェガは。決死の覚悟のエルフィンの防御を、ほんの10秒足らずでこじ開け、その懐に刃を突き刺した。


ミラが飲み込んだ台詞は、必ず後で使います。


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