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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(後編)
205/314

ケルシュトイルとの会議

 その夜。ティキは、ケルシュトイルの陣に向かった。

 シーヌの“転移”および“不感知”。模倣して感覚をつかんだ技術を、さらに模倣する形で発現されるそれらは、空からの哨戒も、ビデールの勘も、全てを騙しおおせるほどの力を見せる。

「ちょっと見てくる。」

「お願いね、シーヌ。」

そっと、陣を覗き込んだ先。


 シーヌは、自然に見える笑みで男を見送る少女と、やたら傲慢そうで、そのくせ表情に弱気を見せながら去っていく男と、シーヌにしかわからないくらいの複雑な表情で発っている親友を見た。

「……ふむ。」

とりあえず、今の男が去ったことで天幕の中には二人しかいなくなったらしい。それを理解すると、シーヌとティキは天幕の中に直接跳ぶ。

「あ、ティキ様。」

そこには、酒を引っ張り出す公女と、どうもそれを止めようとしているようなチェガがいた。




 酒がしまいなおされ、果実水が出てくる。それを飲みながら聞くところによると、ほとんど毎日なのだという。

「このまま毎日酒でも飲んでてみろ、絶対こいつ体こわすぜ?」

「というか、酒に逃げないといけないほど毎日来るのか?」

「まあ……このまま何もなければ、公女様とあの皇子は結婚だ。政治的意味合い的にも、毎日通って仲良くしておく必要はある。」

ミラ公女が皇子と毎夜会っている。その事実が必要なのだとチェガは言った。

「ケルシュトイル公国の名目上の君主になるのは、公女じゃあなくあいつだ。つまり、公女様があいつを受け入れているという姿勢を見せなくちゃ、国民が納得しねぇ。」

少なくとも、形だけでも受け入れさせなければならない以上、形だけでも受け入れやすい基盤を作っておかなければならない。既成事実というやつだ。


 本当はそんなものがなくてもいい。「あった」と思わせることが、非常に大きな価値となる。

「悲しいかな、もし仮にケルシュトイルが裏切らず、そしてグディネが敗けたとして。婚約自体はなかったことになるかもしれませんが、既成事実があったかも、という風評被害は残ります。」

そんな女と結婚しようとは誰も思わないでしょう、とミラは続け

「グディネとしては、そうした方法を使って、ケルシュトイルの未来を縛り付けてきています。」

裏切る心配は、していない。初戦の活躍と、そもそもの国力の差。ケルシュトイルが裏切らない根拠には、十分以上の説得力。

 だが、どうせなら最後のもう一押しもして起きたい。庇護を与える属国ではなく、事実上の竜帝国の一州に。あくまで隣人である国ではなく、諸家の中の一諸侯に。そうしてしまうのが、一番グディネに益がある。


 非常に厄介なことに、裏切ってなお、風評被害は残るのだ。どれだけミラが否定しようと、毎日エルフィンを笑顔で迎え入れ、送り出した事実は、世界中に『私たちはこういう関係です』と喧伝しているに等しい。ミラの婚活は既に絶たれたも同然であった。

「とはいえ、断るわけにもいきません。ここで断るというのは、『私たちはあなた方を裏切っています』というようなものです。」

「ですね。自分で断頭台に昇って、首を差し出すのと同じです。」

面倒くさい、ネチっこいやり方をする。ティキはそう嘆息すると

「例えば一般市民が王女や令嬢と結婚したければ、どうすればいいのです?」

シーヌが聞きたそうにしていることを察して、ティキは聞いてみた。


 ミラは、予想外の言葉に目を丸くして、虚空を眺める。おそらく、彼女の中では答えが出ていたのだろう。話すのを躊躇うような仕草だった。

「もしも、グディネやアストラスト、ブランディカの姫君なら、第5か6女くらいでないと不可能な方法が、一つ。」

ピクリ、とチェガの方が震える。とはいえ、それを視界におさめたのはシーヌだけだ。ミラはまだ現実感なさそうに宙を見たままだし、ティキは彼女に全身をむけている。

「各国の英雄や将のように非常に強い名声を挙げること、です。国民、貴族が納得するほど。ただし、私の場合はさらに条件が付いてきます。」

ミラはケルシュトイル公国の一人娘。息子はおらず、彼女が公国女王になるとしても。

「私の風評は既に出回っています。その上での、裏切り女王。これを受け入れられるだけの度量と、誠実さは必要です。」

グディネの皇子の手がついた後という風評は、さすがに大きすぎるのだろう。ポット出の英雄では、そんな女と結婚するだけで英雄の偶像に傷がつく。


 たまたまうまく事が運んで、英雄になった。なのに『あんな女と。地位目的ではないか?』では、功績を挙げた意味がなくなるというものだ。

「チェガはどうです?」

サラッと、本当にサラッとティキが言った言葉だった。

 もちろん意識して放った言葉ではある。シーヌがどうもそうなってくれとでも言いそうな視線を向けていたこともある。


 だが、反応は劇的だった。

「い、いや、俺、国とか、背負えねぇし?」

ちょっと震えた声で、しかしわずかに期待交じりの声で言うチェガと

「い、いえ、チェガ、にそんな迷惑をかけるわけには……。」

妙にしおらしく体を悶えさせる少女の構図。誰が見ても相思相愛だった。

「ま、まあ、2週間一緒にいたわけだし?」

「この様子なら、ミラも結構な醜態を見せたんでしょう?」

遠くにあると思っていた公女が身近に感じた。恋に落ちる理由としては十分ではないだろうか?

「……チェガが、ケルシュトイルの軍を率いるのか?」

「私に軍を率いる心得はありませんから、そうなるでしょう。」

「なら、好都合ですね。」

ティキの言葉に、チェガは何か言いたそうにした。とはいえ、やること自体は変わらない。

「皮算用してると足元すくわれるぞ?」

「わかっていますよ。だから、今来たのです。」

そうして四人は、互いの持つ情報を交換し始めた。




「なるほど。実質と名目で指揮官は分かれている。しかし、それが大きな隙にはなりそうにない、と。」

内部で指揮権が分裂することはない。終始、指揮権はビデールが握り続けるのだろう。

「となると内部分裂は使えない。そもそも種を蒔く時間もない。」

ミラがあの手この手で試してみてはいるものの、グディネの軍としても行動指針を完璧に定めてしまった以上、ここから覆すことは難しいらしい。

「ケルシュトイル軍はどこに配置されるのですか?」

「聞いて驚け、次鋒だ。先鋒はエルフィン、軍は一万。」

奇しくも、ケルシュトイルの全軍と同じ数である。


 ティキはそれらの情報を併せて、前日には配置換えがあると踏んだ。

「そうですね?」

「ああ。明後日の昼には進軍位置について、最低限の施設を残して仮眠、だ。」

となると、ケルシュトイルが持つ利点と欠点が一つずつ。

「反逆が確定で、突撃時間もおおよそわかっているケルシュトイルは、必ず先手を取れる。」

「ただし、いくら先手を取れても前後が挟まれた状態に変わりはない。」

ティキと、続く様にチェガが言う。

「最初に、いかにうまくエルフィンを討てるか、でしょうね。」

「それについては、策があるんだ。」

チェガは自信満々に、言い切った。




 チェガの策を聞いて、ティキはわずかに訂正するにとどめた。つまり、その策を是とした。

「ミラ、あなたが危険になりますよ?」

「構いません。それで勝利が掴めるならば。」

「わかりました。棄権に飛び込むことは許します。ですが、死ぬことは許可しません。」

ティキは、ミラの瞳を見つめた。

「あなたが、あなたとエル、フェルがいなければ、私は6年間、誰とも会話をしない学園生活を送ったでしょう。」

信頼と、感謝。その二つを視線に込めて。

「そうなっていれば、きっと私は心細さに狂っていた。……今日の私があるのは、あなたたちのおかげです。」

「ティキ様……。お強く、なられたのですね。」

二人の少女は軽く抱き合った。

「ええ。私は死にません。私が死んだらケルシュトイルの後を継ぐ者がいなくなっしまう。決して、死ねません。」

胸を張って。公女は、元公爵令嬢に言った。

「私は必ず、生きて帰ります。」

あなたの友として。言葉にしなかったミラの言葉は、確かにティキに届いた、そんな気がした。




 夜襲をかける。グディネに対する不利を覆す方法として、ティキはそう語った。

「確かに、それくらいは必要だと思います。」

ミラはそう言うと、チェガの方を振り返る。

「私たちの動きは、今ので変わる?」

「変わりません。……ですが、それでも些か、不利が多い。」

チェガに見つめられたティキが、大きく頷く。戦略を理解するチェガがいることに、ティキはわずかに救われていた。余計な時間をかける必要がない。


「そうですね。……邪魔なのは、竜と馬です。」

その発言に、チェガとミラは『予想が当たった』とでも言うようにほくそ笑む。

「大丈夫です。私たちにお任せください。」

そう言った二人の表情は、あるいはエルフィンの対策を話していた時以上に、生き生きして見えた。


もう少し後で書く予定ではありましたが、彼らの恋は規定路線です。どこぞの傭兵の息子たちとは違います。

とはいえ、日常パートの下手さは他以上ですね……

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