連合軍の油断
ミラが、唖然とする。チェガも同じような表情を維持しながら、「そう来たか」と呻く。
幕僚たちに至っては、恐ろし気に、同時に嬉しそうに、複雑な表情で押し黙る。
「我が国のプライドは、これをもって守られる。我が国の勝利は、これをもって確定する。」
ビデールは、笑う。それはまともな強者たる笑み。これぞ上に立つものと言わんばかりに、その指示を出した。
「先鋒はエルフィン。その後ろを、ケルシュトイル公国。しかと、戦果を挙げよ。」
ティキの目的ともある意味合致する言葉を、放つ。
「我らは、準備を整え三日後、ベリンディスへと進軍する。」
その知らせがティキに届いた理由は、グディネの指揮官、ビデール=ノア=グリデイから正式に書状が届いたからだ。
これを書いた理由も、書くだけの意味も、ティキはこれ以上なくしっかりと理解していた。
「やられましたね……やられました。」
ティキが、焦ったような、それを必死に取り繕うような発言をする。それだけで、随分と危ない状況なのだとシーヌはほぼほぼ確信を得る。
「この戦争、私たちが大国を三つも相手取って、まともに戦争を出来ていた理由がわかりますか?」
エムラスはふむ、という様に頷いて。
「我々が、山に籠るという地の利を、しっかりと利用していたからではないのですか?」
その答えに、ティキは軽く頷いた。
「それは、理由の一つです。ですが、もっと大きな理由が……グディネが唯一、今だからこそ作戦に組み込めるような理由があるのです。
ティキの頭は、必死に次の手について考えていた。そんな中で、シーヌとエムラスに、現状について説明を続ける。
「最初、私たちとグディネが激突するより以前に激突したのは、ブランディカとアストラストでした。」
2週間前の話だ。アストラストの勝利で終えたそれが、今何の関係があるのか。
「仮に、この山に籠った六国を撤退させたいとき、一番有用な手は本国への侵攻です。」
3大国が、『これが決戦』と言わんばかりに総力を終結させたなか、小国たちも同様に力を振り絞ってここに集まっている。
「私はブランディカの、その隙を突きました。私たちが地の利を持っていて、兵士たちの相性も握っていて、敵の方が兵の数が多いという油断がある、その隙を突いた妙手だったと思います。」
自画自賛。だが、だからこそ彼女は喜べない。
「大国側がそれをできなかったのは、やれば危険だからです。勝利を狙うということは、敗北しないということ。」
小競り合いで負けるならまだしも、大きな戦で負けるわけにはいかない。
そして、小国を攻めるために部隊を分ける、あるいは転進するという行動は、そのまま残り二国に食い破らせるための脇を見せるということ。それは出来ないから、アストラストもブランディカも、あくまでこの“神の住み給う山”正面撃破に拘った。ゆえにこそ、小国家連合は地の利を活かし、策とシーヌの執念をもって大国を相手取れたのだから。
その前提が、大きく崩れた。
この戦場には、互いを牽制し合う大国はいない。あくまで外様の冒険者組合員に守られた、六つの国の連合軍があるだけ。
二国を倒したその手腕を見れば、地の利を与えたままで連合と対峙することの分の悪さは誰でもわかる。とはいえ、ここで逃げるのは大国のプライドに関わってくる。
元より、この“神の住み給う山”への進軍理由は、残り2国に対する地の利を得るため。しかし、主力を失った2国相手なら、主力を維持したままのグディネ軍でも十分勝てる。
「たとえ大国に勝てる状況になったからと言って、小国に2週間も足止めを喰らった事実は変わりません。傷つけられた誇りを癒すためには、勝つ必要自体はどうしてもある。」
戦争を始めた以上、勝負がつくまでは終わらない。ましてや、もとより国力差が絶対的な以上、ここで逃げ出すという選択肢はない。
そう考えたとき、大国が、絶対に連合に勝つために必要な手は何か。ティキはこの手紙を呼んだ後だからこそ、グディネの指揮官が卓越した指揮官だと理解する。
「地の利があるから勝てるなら、地の利を放棄させればいいのです。」
「とはいえ、背後から攻撃を受けることの不利は、グディネ側も理解していると思うのですが……。」
エムラスの言葉に、その通りだとティキは頷き、
「しかし、戦争もこれがほぼ初めての小国が、背後からの攻撃で有利に出られる期間はほんのわずかです。」
ここに腰を据えて敵を削り続けられる有利と比べると、落差が広すぎる。山に籠ることの利は、山から引きずり出されると発揮できない。
「それでもベリンディスは、国を護りに出るしかない。そして、そこを叩かれベリンディスを見捨てれば、ケルシュトイル含む残る六国から私を見る目は、……考えるだけで恐ろしい。」
自分たちも見捨てられるのではないか。そんな疑念を抱かせるわけにはいかない。
とはいえ、ティキの中でベリンディスを切ることは最初から決定事項だ。彼らが突撃すること自体には問題がない。だが、それ以外の諸々を考えると
「ベリンディスがグディネに攻め込む、その日のうちにグディネに勝たなくてはいけなくなりました。」
地の利を放棄し、敵が待ち構えるど真ん中に、勝負をかけに行く。ティキにとって、とても危険な博打だ。
「神獣はもういない。」
ブランディカをおびき寄せるために捨て駒とした。もう神獣は一匹残らず息絶えた。
「ケルシュトイルだけでは足りない。」
ケルシュトイルがこちらに呼応し、グディネを裏切ったとして、20万の大軍に揉まれると長くはもたない。
チェガを置いてきてよかった、とも、チェガを置いてこなければ、とも思う。
チェガ一人で大軍を相手して、五分。状況さえ整えれば十分は一人で耐えられるだろう。だが、俺以上はさすがに望むべくはないのだ。
「私が、神獣の役割を果たす。」
大国を相手にする。なら、誰を用いてどう戦うべきか。勝ち筋は。
「一筋、だけ。大きすぎる博打です。」
飛竜が邪魔だ。騎馬が危険だ。数の有利が邪魔だ。条件が過酷だ。
「責任は、自分で持ちますか。……シーヌ!四ヵ国に私を連れて行って!」
ベリンディスの首脳、特にディオスには絶対に伝えないようにと口添えて、ティキはその場を後にする。
過酷すぎる、これまでで一番の危険な状況だった。それでもティキは、数少ない勝利条件に、一縷の望みを託すことにした。
天幕で、ミラが頭を抱えて座り込む。チェガも、立ってはいるものの、心ここにあらずである。
「どうするの、これ……。」
ミラは素に戻って呻いている。既に手は打たれ、もしビデールの思い通りに動いたら、連合軍に勝ち目はない。だがしかし、そう動く以外に手段を持たない。ビデールは、そんな手を打っていた。
「もしも向こうの予想外があったなら……。」
「私たちの裏切りだけじゃ足りません。おそらく、シーヌさんの存在ですら、戦争を左右はしないでしょう。」
もちろん、ビデールが死ねば大なり小なり影響は受ける。しかし、勝敗を覆すほどではない、というのがミラの考えだ。
「おおむね同意だ。となると、俺たちが連合軍であるということが、最大の好機なわけだが。」
「出来ることは、あるでしょうか?」
二人は頭を捻る。どれほど腕が立とうが、チェガ一人の限界は、シーヌとティキよりはやや低い。
となると、と呟いた。
「ティキの出来ることは、俺たちの裏切りを意識した上での包囲攻撃だ。純粋に攻撃する面が多い分、あちらの指揮官としての処理に時間がかかる。」
「ですが、裏は私たち、表がベリンディス。左右をティキ様とそれ以外で固めたとして、」
厄介なのは何か。
「数の差、地の利の不在。」
これは、変えられない条件だ。とすれば。
「騎馬、そして飛竜。」
どれだけケルシュトイルが堅陣を組んでも負ける理由。ブランディカとの相性が最悪と言われるわけ。
「使い物にならない兵を、増やせばいい……!」
決断。そうして、チェガは行動を開始した。
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