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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(後編)
202/314

グディネの王子

 机をたたく音が、二つ。

 大公ビデール、実質上の指揮官と、第二皇子エルフィン、名目上の指揮官である。

「で、二国は戦って散った。どうすんだ、叔父上。いくらなんでもまずいぞ。」

何がまずいか。一つは、2国を散らせるほどに敵が強かったという点。ブランディカも積極的に手を出したとはいえ、2国を相手に勝ってしまった小国家たちの勢いは、もはや侮れないものがある。


 そして、それ以上にまずいことが、一つ。2国が滅びていく間、彼らが進軍という手を選んだとき、グディネはただ傍観していたという点だ。

 傍観していたこと、それ自体はいい。特に、アストラストを攻撃した時の判断は、褒められてしかるべき好判断だったろう。

 だが、ブランディカ軍が攻め込んだ時は話が違う。敵はえっちらおっちら進む鎧の塊だ。連合がそちらの対処にかかりきりになっている間に、グディネ軍は攻撃を仕掛けるべきだった。なのに、それが頭で理解できていながら、そう指揮しなかったのはビデールの落ち度である。


 なぜそうしなかったのか。そうするべきではないと、彼の中の何かが語ったからだ。軍人は度々、そう言った『何か』をとても重視する。ビデールも例に漏れず、己が中の『何か』の指示に従ったのだが、エルフィンにはわからなかったらしい。

「ではなんだ、私たちはあの二国を追い払った連合と、しかも万全の体制になったのと戦うのか?」

馬鹿な割に、理解しているではないか。ビデールはそう僅かに感心すると、「だが」と答えた。

「勝機は、もはや完全にこちらのものです。」

他の二国になかった、新生グディネ竜帝国の勝機。

 ビデール=ノア=グリデイは、自らの『政治的』責務を、理解していた。




 エルフィンは、第二皇子である。皇太子には上の兄が存命し、ゆえに彼は、皇子から公爵と名を変えて、一代限りの名誉職に就くのではないかと考えられていた。

「我が許嫁よ、やつはどうやれば勝てると考えているのだ?」

ミラの天幕。チェガが見張るそのテントに、彼は愚痴をこぼしに来ていた。


 許嫁、ケルシュトイル公王の一人娘。

 彼女にとつげば、彼は自然、ケルシュトイル公王になることが約束される。彼は、この福音を与えてくれた少女に、その意見を話す機会を与えていた。

「いいのですわ?」

「構わぬ。我が属国ではないか。」

既に、彼は結婚した後のつもりなのだろう。そんなことには決してさせないと、ミラは心の中で何度目かわからぬ決意を抱く。

「ありがとうございます。しかし、わかりませんわ?」

わからなかった。ミラは、正直なところ、ビデールが「勝てる」と断言する理由をわからずにいた。


 国力差はあれど、対等の力を持つ2国が討たれたのを目で見たはずだ。決して、侮れる敵ではなく見えるだろう。

「もしも仮に敗走することになったら。」

彼は、勝利の芽はないと考えているようだった。まあ、私でもそう感じるかもしれない、と思う。

 小国六つ。戦力分散し、どころか途中で“災厄の傭兵”という怪物を失ってなお、二国を殲滅させた、理解不能の戦闘集団。

 私なら、撤退を考えるだろう。ティキ様はきっと、それを見逃しはしないだろう。


 とはいえ、何も考えず、私は彼に愛想よくふるまっておく。

「ところで、部下の方たちはどうされたのです?」

「ふん、お前のところに行ってくると言えばみな席を外したさ。」

グディネ内でも、私たちケルシュトイルが下ったということは確定として扱われたのだろう。その情報にほくそ笑むと同時に、まずいな、と感じた。

 これでも、今この瞬間は婚約者だ。ただ公表していないだけの関係でしかない。


 つまり、この男の我儘を阻止できているのは、『公表していない』という一点のみで、それもグディネ本国の方がその事実を『だけ』と捉えているのなら、ここで既成事実を作られかねない。

「というわけで、……どういうつもりだ。」

迫りくる彼を止めたのは、私の護衛についている男だ。チェガが、その槍を皇子の首筋に添えていた。

「貴様、何のつもりだ。」

「雇い主からの命令でな、公女殿下に間違いが起きないよう、阻止せねばならないんだ。」

「間違いではない、俺とこいつは婚約者だぞ!」

「夫婦ではない。それに、公表もしていない。」

「ほとんど同一だ!……俺が誰か知らないのか!!」

皇子の声が、荒れる。しかし、チェガはその声を聞いても、言葉を受けても、全く堪えた様子はない。


 むしろ、冷めたような瞳。

 そして、彼は冷酷に、同じ言葉を再び告げる。

「雇い主からの、命令なんだ。」

ハッとしたように、彼は私を見た。彼の雇い主は私である、とそう考えたのだろう。

「ミラ。」

「彼の雇い主は私ではありませんわ?」

そもそも彼は雇われているわけですらないが……立ち位置は、傭兵と同じ。そういう扱いにすると内々に決めた。

「な、」

絶句、という言葉がこれほど似合う表情もない。ミラは呆れかえったように、動揺し続けるエルフィンを見た。


 彼の思考が高速で回転する。チェガの言っていることが、嘘ではないとする。ここで嘘を言う理由は、あるいはチェガにはあってもミラにはない。

 彼がそう思っているのは、彼の中でミラと自分が結婚することが確定しているからなので、その前提がそもそも間違っているのだが、まだ裏切るわけにはいかないケルシュトイルは、怪しい姿勢を欠片たりとも見せてはいない。

 問題は、そこではない。チェガ=ディーダという男の雇い主がミラ=ククル・ケルシュトイル公女ではないのなら、誰が雇った傭兵かが問題となる。


 答えは、単純だ。国の弱点、公女の護衛を任じる権限を持つのは、当の本人たるミラでないなら、もう一人。

「ケルシュトイル公王……。」

公王。新生グディネ竜帝国では、そこまで価値のある国として扱われていないケルシュトイルであるが、それでも『王』という肩書は偉大だ。

 グディネ皇帝、および皇太子。この二人は明確に公王より立場が上であるが、第二皇子となれば話は別。後継者でもない皇子の威は、グディネの名を使ってなお、公王よりもわずかに下だ。


 何より、それ以上に。

 実際に結婚するとなったら、公王はエルフィンの義父となる。今この時点で、義父の名代と事を構えることの愚かさは、エルフィンでもよく理解できていた。

「ミラよ、俺はこれで帰ることにする。またよろしく頼む。」

「わかりましたわ、エルフィン第二皇子殿下。お待ちしております。」

逃げるようにエルフィンは天幕から外へと出、逆にミラは楽しそうに笑っていた。




 静まり返った天幕で、公女と少年は向き合った。

 ここは彼女のベッドルームではあるものの、ほとんど執務室のようなものだった。なにせ、ケルシュトイルはほとんどそこにいるだけの存在、出兵もせず、軍議にも出ていない。怠惰な2週間を過ごしただけである。

「あなたなら、どうしますか?」

この状況で、新生グディネ竜帝国が必ず勝つ方法。

「わからない、が……。」

ここで撤退するという選択肢だけはない。それは、わかっていた。


 理由は、非常に簡単である。

 すでに開かれた戦端は、勝敗が決するまでは閉じられない。まして、アストラストとブランディカを全滅させた連合軍である。放置するという選択肢は、いくらなんでもあり得ない。

「ただ、“群竜の王”だ。ここまで小競り合いを続けたことにも、意味があったはず。一体何を考えているのか……。」

戦略的に考えて、ケルシュトイル公国が裏切っていないと前提を置いた時。


 チェガの頭の中では、グディネが勝つ最適解の方法が、展開されていた。

(それを選ぶか……?)

連合軍を、放棄。連合軍が主力を滅ぼした、その後の2大国なら、今のグディネ軍でも十分勝てる。

 20万の軍を動員しながら、たかが小国に2週間も足止めされた。プライドをかなぐり捨てて、事実上の勝利を得に行くのか。チェガは、グディネの勝利はそこが分水嶺ではないかと考えていた。


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