復讐鬼と戦士
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時間は長くは取れない。その現実は、『復讐鬼』としての己に切り替わったことで、意識の隅に追いやられた。
とはいえ、1対1の戦闘は、20対3000の戦争もどきとは話が違う。まして、時間稼ぎに専念するシキノ傭兵団と、殺せばいいシーヌでは、『時間』に対する概念がまるで違う。
勝つ、殺す。シーヌはただそれだけを想い、魔法を連射する。
「ガァア!」
バルデスの、反射的な迎撃。それを目くらましにするように、シーヌは爆発と煙をまき散らす。
魔法は、シーヌ自身の意志である。世界の修正力がシーヌの意志を上回るまで、あるいはシーヌが煙の想像を断ち切るまで、煙が消えることはない。
だが、バルデスもこれまでの仇たちと同じように、熟達した戦士である。煙で視界をふさがれようと、周辺を察知するだけの魔法技術と、肌で空気を感じ取る技術、音を察知する技術くらいは持っている。
目の前に突き出された短剣。体ごと傾けて対応。崩れた姿勢をさらに崩すように、足元が泥に飲み込まれる。片足を前へ、そのまま突き出した剣を回すように体を動かし、強制的に泥から出る。一方のシーヌはと言えば、回された剣に逆らわぬように弾き飛ばされると同時、“不感知”を発動、音をたてぬように前進。
アゲーティル=グラウ=スティーティアの用いる概念、“不感知”。“信念”から分かたれたその魔法は、彼の人生を象徴するかのような、敵に感知されにくくなる概念。
透明化の魔法を何度も用いた。誰にも察知されなくなった。それが体現したかのような概念は、移動の空気すらをも誤魔化す。
「っと、危ねぇ。」
ギリギリまで気付かれない、としても完璧に誤魔化せるわけではない。“非存在”と違って、感知される範囲を狭める魔法でしかない以上、ギリギリで反応できる相手には、避けられる。
「しかし、そこは俺の間合いだ。」
剣の間合いではない。バルデスとシーヌ、二人の距離は短剣の間合い。腹を一閃、返す刀で右腕を斬り落とそうとして、回避。
刃渡り20センチ弱の短剣の弱点、距離が近い分、ここぞという攻撃が回避されたとき、大きな隙を晒すことになる。
「食らうかぁぁ!」
剣を手放し、飛んできた拳を、障壁を作っておしとめる。それだけで終わるかと、その腕が刺された光景を幻視する。
「ぐ、きさ、」
「俺は、魔法使いだ。」
因果の逆転。杭が腕を貫くという過程を飛ばして、貫かれた結果だけを残す。
短剣の間合い、自分の真横に拳が来る状況だったから、シーヌは実に容易にその光景を想像できた。一瞬の、バルデスの硬直。
魔法使い、シーヌ=アニャーラの前で、その一瞬は永遠ともいえる絶好の好機。
「オデイア!」
シーヌがそちらに向けて駆けだしたとき。
両手足、いや、全身が、生えてきた木々に絡めとられ、突きさされ、しかし命だけは残された、哀れな戦士の姿があった。
勝負はついた。自分が拘束されたバルデスの姿を想像し続ける限り、バルデスがあの場から逃れる術は何もない。
振り向いて、思う。立ち上がった、氷柱の数々。それに身を隠し、誘導し、少しずつ少しずつ敵を狩る、元『シキノ傭兵団』の戦い方。
「団体戦に強い敵には、分断工作が有効だ。」
オデイアが、自分の方を見て、笑った。
「シーヌ。ケリを、つけろ。」
「……ああ、わかった。」
暴風。氷が砕かれ、近くの木々が吹き飛ばされ、2500ほどまで数を減らした敵が宙を舞う。
「“雷鳴”。」
グレゴリー=ドストの二つ名となった、雷雲と、稲妻。暴風の中にとじこめた敵を、片端から処理する、残虐非道な技。
暴風が晴れて、全ての死体が落ち切って。
「被害は?」
「軽傷が12人、重傷が3人。死者はいない。」
「重傷者を呼べ、回復する。」
“身体調整”。セーゲル聖人会のエスティナが用いた概念。シーヌはそれを、アスハのもとで何度か用い、扱い方をものにしている。暴風の最中でも、その概念で敵から回復能力を奪い続けることが出来るようになっていた。
シキノ傭兵団の重症者たちが、傷をいやして立ち上がる。2500人分の回復能力は、重傷者、軽症者全てを癒してなお余っていた。
それらを大地に返すように落とし、死にかけのバルデスの方へと歩く。その歩みを、シキノ傭兵団たちが止めることは決してない。
「“破魔の戦士”バルデス=エンゲ。」
「シーヌ=アニャーラ……。」
「今はシーヌ=ヒンメル=ブラウだ。遺言はあるか?」
「最初から、そのつもりだったのか?」
「ああ。アギャン=ディッド=アイを討った。結果として、お前たちが集う舞台が整ったから、戦争に介入できる舞台を整えた。」
自分がやったわけではない、という言葉を告げることはなかった。ティキ=ブラウの名を彼は知っている。シーヌが『ブラウ』を名乗った時点で、その意味はよく理解できているだろう。
「ペストリー辺りが、とっくに殺していると思ったぜ……。」
「あの死神は、死んだよ。」
バルデスが笑みを浮かべる。シーヌがここにいる、その意味を誰より彼は良く知っている。
「残り、三人か。」
「ああ。“群竜の王”、“覇道参謀”、そして“殺戮将軍”。彼らだけだ。」
「許してやることは、出来んのか?」
「殺しすぎたな。それに、もう。僕自身、引き返すには遅すぎる。」
自分の歩んだ道を振り返る。自分の歩んだ人生の意味を、彼は微かに夢想する。
「じゃあな、バルデス=エンゲ。お前を、憎んでいたよ。」
「そうか、シーヌ=アニャーラ。俺はお前に、興味がなかった。」
最後の挨拶は、それだけだった。
シーヌは、拘束されて動けないバルデスの胸に、全力でナイフを突きさして。
「さあ、ティキを助けに行こう。」
傭兵団と、歩き出した。
そのわずか後。バルデスの死体のそばに、誰かが近づいた。
ブランディカの物語は一時閉幕、次はグディネの物語です。
ほとんどノリで作った『戦災の神山』編ですが、各国の物語にはそれぞれ意味をつけてます。
世界観への『疑問』としてのアストラスト、それへの『補足』のブランディカ、そして『物語の盛り上がり』のグディネです。
次章はグディネの物語、撒き散らした伏線を順当に回収します。
表現に全力を注ぐので、応援してくれると幸いです。




