理想
シーヌは泣き止んですぐに、動かなくなったドラッドの体から金のカードを抜き取った。
もう、そこについていた怨念はない。シーヌは深々と息をつき、そのカードを回収した。
「シーヌ、どう?」
「間違いなく殺しているよ。ありがとう、ティキ。」
遠目で再び剣戟を響かせ始めたデリアを見ながら、周りの動けない傭兵たちを隅に寄せ始めた。
「終わった、か!」
「まったく、大した覚悟、だ!」
大剣が重いと、ガラフは感じ始めている。デリア=シャルラッハ。こいつもまた、間違いなく一門の人物だ、と最初から気が付いている。
「休戦にしようぜ、デリア!今の俺の狙いはあくまでシーヌだ!」
「ふざけるな!あいつは副団長を倒した!同盟者が団長を倒さずしてどうする!」
「あいつを、あの復讐鬼を世に出すわけにはいかねぇんだよ!」
「それはお前の都合だろう!俺には関係ないな!」
シーヌとティキは、アリスとアゲーティルを迎えに行った。ファリナだけが、彼ら二人の戦闘を見ている。
「本気で言っているのか、シャルラッハ・ギャネイ騎士団長長男!」
「本気だとも。そもそもにしてあいつと先に戦うのは俺だ!」
小さな魔法の弾丸を、ガラフに向かって撃ち出すデリア。アリスが彼から剣術を習ったように、彼もアリスから魔法を学んだ。その技術の合わせ技を、この場になって初めて完全に解放する。
「死ぬのは貴様の家族だぞ!」
「そうはさせない、その時には俺が彼を止める!」
「さっき堕ちるのを止めに動けなかった男がそれを言うか!」
デリアが本気を出し始めたところで、ガラフが圧倒されることはない。
仮にも一度奇跡を発動させたことのある男だ。意志の力がすべてを決めるようなこの世界で、使える技術の有無で勝負に負けるほど、やわな精神はしていない。
「そもそもにして!奇跡を持てるというのは、それだけで他とモノが違うんだよ!」
証明するかのように、かつて一度だけ奇跡を操った一人の傑物は大振りの一撃を叩き込む。
「それでも! 俺は負けない!たとえ実力差が大きかろうとも!アリス!」
「うん!」
下から剣を受け止めて、じりじりと押し込まれていても。デリアは想い人の位置を感じ取った。
「蔓よ、貫け!」
彼女は技術がない。想像力が拙い。
言葉が想像力を補う。やりたいことを言葉にすれば、少しだけ頭の中でイメージが補いやすい。
蔓が鍔迫り合いに持ち込んで勝負を決めようとしていたガラフに迫る。それを察知しても、ガラフはその場から離れられない。この剣が離れたが直後、彼の首はデリアの剣に刎ねられている。
負ける未来は容易に想像できるのに、勝てる未来が想像できない。魔法使いだったら致命的で、その瞬間に勝負を諦めていてもおかしくない。
ガラフがまだ戦えているのは、彼が並外れた精神力の持ち主だからか、あるいはあくまで剣士だからか。
蔓は両腕の付け根を貫いた。ガラフの剣を持つ手から、力は抜けない。
「動けなくとも、動く。それが、強い剣士の最低条件だ!」
デリアの剣にヒビが入る。デリアの膝が少し落ちる。
「俺たちの勝ちだ、ガラフ=メイリア!」
先に剣から手を離したのは、デリア=シャルラッハ。膝が落ちた、その態勢をそのまま走り出しの姿勢に変えて、手を離した瞬間にガラフの剣の間合いのさらに内に入り込む。
「……負けだな。」
カードを懐から掠め取られた傭兵団長が、剣を手から滑り落とす。もう動かなくなった両腕を眺めて、もう現役じゃ戦えないな、と呟く。
「行けよ、デリア=シャルラッハ。情けなんか望んでねぇよ。」
見下ろす少年の瞳に移すものを見て、ガラフはイラついたように言った。
「勝った者が負けたものに言うセリフは、お前は弱かった、ただそれだけで。それ以上もそれ以下もあるか。」
ドラッドと同じ信条を言って追い払う。傭兵界で生きるもの、あるいは荒々しい戦場で生きるものは、これが絶対不変の敗者にかけるベき言葉だ。
「さぁて、どうなるのかね、これから。」
アリスが奪った一枚のカード。これで、赤組と青組の合格は間違いない。
ほかの受験者ごときで、あの四人からあれを奪うことなどできやするまい。そう思って、ガラフは立ち上がると、「さて、報告に行くか」と呟いて、ゆっくり街へ向かって歩き進み始めた。
「さぁて、俺らの仕事は終わりやからな、行くわ。」
アリスとともにこちらに来たグラウは、淡白にも速攻で別れることを決めた。
「そうか。また会おう。」
「おう、なんかあったら言いにきぃや。定価で依頼を受けてやる。」
「いや、定価かよ。まあいい。次はもう少し話をさせてくれ、スティーティア。結婚の辺りとかな。」
「はあん。あんたも結婚したいんか。アリスちゃんと?」
「当たり前だ。一つの区切りだからな。」
「そうかそうか。じゃああんたの街に行っとくわ。」
「頼む。」
どうも、シーヌとティキの結婚は知られたらしい。というよりはきっと、ファリナとグラウの間で共有したのだろう、とシーヌは思う。
「とりあえず門まで行こう。合格判定をもらっておきたいしね。」
シーヌはデリアたちの話に割り込んで、さっさと話を進めようとする。もうここを去ってもいいのだが、ほぼシーヌ一人の虐殺であったとはいえ、一応は同盟を結んでともに戦った仲間である。
さっさと別れてしまうと、礼儀知らずのレッテルを貼られかねない。
「ま、そうやな。聞いとくけど、ここに転がってる大量の死体はどうするつもりや?」
「放置するさ。合格に飢えた獣どもか、血に飢えたケダモノたちか、どちらかが片付けると思うし。」
「そうだな、それが一番面倒がないな。」
デリアが賛同することで、ティキとアリスも多少思うところはあっただろうが、無言で頷いた。死者に対する冒涜のような行為も、気にしたところで意味がない。
シーヌはもうさっきまでの危うさを消している。怒り狂い、復讐に燃える鬼の顔を、完全に引き込めている。
シーヌは街のほうに向かってティキの手を引く。今までと違うのは、その手の握り方が恋人つなぎであることか。
「本当に、これでいいのか?」
シーヌはティキに聞こえないほどの大きさの声でつぶやく。そんな小さな声にこたえるものはいない。“奇跡”ですらも答えない。
(“復讐”に逆らった結果得たのが初恋と結婚。これは“復讐”があってはならないと定めた未来)
復讐に、ティキがいることで何か支障が出るのか。悩んで悩んで。少しだけ笑った。
「シーヌ?」
ティキはその笑みを浮かべているシーヌをみて疑問を浮かべる。
「いや、ティキは何もしなくても僕を悩ませてくれるらしい、と思って。」
シーヌは少し恥ずかしそうに、ティキに答える。妻に、妻のことで悩んでいると言える夫はそういない。言えるとしたら、その悩みが幸せな悩みであるときだけだ。
それは、ティキにも伝わった。少なくともシーヌは、ティキのことで悩むことを、幸せなことだと思っていると。
「ずっとずっと、悩ませてあげる。」
仕方なく、なりゆきで結婚したにしては愛がありすぎる会話に当てられたかのように、デリアがアリスの手をつかんで歩いていた。
むくり、と男たちが立ち上がる。金のカードに仕込まれた魔法は、ドラッドの死によって解けるはずだった。
怨念による、条件発動型の魔法でも、そのルールからは逃れられない。ドラッドが死んだ時点で動き回れても彼らが動かなかったのは、シーヌの暴力の限りをその目で見たから、恐怖で動けなかったに過ぎない。
立ち上がってすぐに、彼らは立ち上がって走り始めた。シーヌたちが向かったほうの反対側に。
もう二度と会いたくない。恐怖心が彼らの足を動かした。ガラフがそこにいないにもかかわらず、彼らは彼らの命を守るために走り出す。
結果として、まだ一人起き上がらない、ドラッドの屍の近くに転がる仲間を見逃した。それが、確かに彼らの命を救った。
「くそ!くそが、あのガキ!」
ドラッド=ファーベ=アレイは立ち上がった。別の人間の体で、ドラッド本人の人格で。
「必ず、必ず殺すぞシーヌ=ヒンメル!もしお前に奇跡がなければ!俺はお前に負けはしないのだから!」
自分の亡骸を見つめつつ、荒れた呼吸を整える。
「この人間の名前は確か……アヅール=イレイか。独身、交際経験なし、23歳。」
“復讐”についてきた魔法概念“強奪”。これによって肉体を強奪した。
さあ、自分を殺してくれたその復讐を果たせる日まで、せいぜい楽しんで生きようか。そう思って、ドラッド=ファーベはこの人間のプロフィールを思い出しながら、アヅールとして生き始めた。
「……行ったか、シーヌは。」
「行ったよ、シーヌは。」
「ドラッドは?」
「気にするのか、親父?」
「一応、これでも身内だからな。」
少しずつ争いの跡に近づいていく二つの影。
「必ず、必ず殺すぞシーヌ=ヒンメル!もしお前に奇跡がなければ!俺はお前に負けはしないのだから!」
「うわ、執念深いな。というかどうやったんだ……」
「奇跡しかないだろう。あの人がそれを起こせる精神力があったのがおかしいと思うが……。」
「その辺は、正直あてがあるな。」
息子のほうが言う。
「ほう?何だ?」
「シーヌの未来は、運命に乗るんだろ?」
「そう言っただろ。俺はお前がすぐに理解したことに驚いたが。」
「あいつがいくら運命に乗ったところで、他者の干渉によって運命は変わるんだろ?」
「ああ、というかよくそこに思い至ったな。実際、ティキによってシーヌの運命は変えられた。」
「なら、もっと前から干渉されてた、って考えるのが一番無難じゃね?」
「どういうことだ。」
「本人が気づかないうちに、奇跡を習得して発動していた、っていうこともあるかなって。」
「なるほど、わからん。」
まあ、いつかわかるだろう。シーヌに次に会う日までに、次はシーヌの隣で戦ってみたい。
そう、チェガ=ディーダはオデイア=ゴノリック=ディーダに言った。
魔法概念“奇跡”。その区分は“理想”。冠された名は“恋物語の主人公”。
ティキが、外の世界に出られるに至った、彼女が得た奇跡である。
次回で一章、完結です。




