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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
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2.予想外の初恋

 卒業式が終わってから、四十五分ほどが経っていた。卒業式の直後に授業が一つあったからとか、そんな理由ではない。そもそものシーヌのミスだった。

 卒業式が終わった瞬間にこっそり抜け出して、試験を受けに行くつもりだった。シーヌはそれをすっかり失念して、そこにいて当然のように最後の授業を受けてしまっていた。授業を受けたあの部屋まで戻ることなんて、ないはずだったのにだ。


 シーヌは今、人の範疇にない速さを出して走っている。一時間、早歩きで歩けば到着できるはずだった試験会場に、魔法を駆使してニ十分に満たない時間で駆け抜ける。

 急げ、急げと焦りながら。普通に歩けば一時間を少し超えるくらいはかかる長距離を、風になるような思いで走る。


 魔法はとても便利だ。徒歩でそれくらいかかる距離を、十二~三分で駆け、もう会場目前でスピードを緩めた。スピードを出しすぎて止まれなくて、受付をひっくり返して試験を受けられない、なんてことにならないように配慮しだ。

 試験会場への受付は一つ。手続きは一分ほど。そして、遅れてきた人は、彼と、そしてもう一人。


(受付に僕が滑り込んだら、後ろの人が試験を受けられないだろう)


シーヌは走りながら冷静にそう分析する。時間以内に受付を始めないとならないのだから。そのおかげで試験を受けられず、一年飲んだくれて過ごしたという前例を、シーヌは知り合いを通して聞き知っていた。


(僕のせいで試験を受けられないのを見るのも、後味が悪いよな)


単純に彼は偽善ゆえにそう思う。シーヌは面倒ごとが嫌いだが、自身が多少お人好しゆえに、もう一人の遅刻寸前の人を見捨てるのは嫌だった。勝負が始まってもいない段階で人を蹴落として、それで試験に受かっても、彼は何も誇れないじゃないか、と感じていた。

(最終試験はペアでやるらしいし、ペア登録を受付でやってしまえる)


試験説明を終えてから、誰か見繕おうと思っていたが、ちょうど良かったのかもしれない。そうシーヌは判断して、足を止めた。振り返り、その人を見ようとする。

 彼の心に衝撃が走った。その遅れた人は女性だった。碧い髪をしていた。シーヌより、若干背が小さかった。しかし、そんなことは関係なく。

「可愛い。」

ぼそりと、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。


 シーヌはその女性に目を奪われたのだ。一目惚れ、というやつをしてしまったのだ。


 しかし、それに関係なく、時間は過ぎる。それを彼はまた忘れていて。しかしその少女の方は一目惚れされたことは知らずとも時間は知っていた。そして、難関と言える冒険者組合の最終試験にも残りうるだけあって、シーヌが足を止めた理由も、止まった瞬間に察していた。

「ありがとうございます。行きましょう!」

少女が感謝の念を伝えたことで、シーヌはハッと我に返って走り出し、同時に受付へとたどり着いた。


「「ペアで試験登録お願いします!」」

二人が同時に叫び、受付の女性がペア用の試験受付の用紙と試験証を渡す。


 受けとるのとほとんど同じタイミングで後ろから重々しい音がして、シーヌはそっちを振り返った。受付をするために潜り抜けたらしい門が閉じていく。間に合ったのだ、と小さく息を吐いた。隣でも少女が「ほぅ」と息を吐いていて。それを感じた二人は、少しだけお互い笑いあって、受付用紙にペンを走らせ始めた。


 受付を終えて、試験の説明を受ける。まずはこれが肝心ではあるが、その説明はまだしばらく行われないと、受付嬢は語った。なぜかというなら、受験者全員の名簿を作り、資格があるかを確認しなければならないらしい。三十分後に試験説明を開始します、と言われて、説明会場に通された。

「普通そういう事務処理って三十分じゃ終わらないと思うんだけど。」

「魔法を使えばできるんだと思いますよ?どうやら人数も百人には満たないようですし。」

という会話をしながら、少年と少女は説明会場へと進む。受付で渡されたのは、青い色の布。これを腕に巻いているように、と言われていた。チームを見分けるために必要なものなのだろう。


 説明会場について、用意されていた椅子に座る。やはりというか何というか、ここまでギリギリの時間に来たのだ。目立って仕方なかった。


 さらに、ペアになった少女を見てどよめきが起こる。冒険者になろうとする人に女性は少ないからだろう、彼女とペアを組んで、あわよくばお付き合いを望む手合いがいるようだった。少年の方にも何やら期待のこもった目線を向けられていたが。


「目立つね。腕巻き、もうちょっとはっきり示してみる?」

「そうしましょうか。それで私への関心は薄れると思いますし。」

そういうと彼らはお互いの腕巻きを見せつけるように胸の前へと持ってきた。少女が言う通り、彼女に向けられた視線は諦めの色と同時に離れていく。


 シーヌの方に向けられていた視線も、どういうわけか離れていったようだ。どうしてかな、と疑問を抱きつつも、シーヌは済まさないといけないことを済ませようとした。


「今日デイニール魔法技術学校を卒業しました、シーヌ=ヒンメルといいます。」

視線がほとんど向かなくなり、聞き耳も遠ざかったと判断できたときに、シーヌは口を開いた。


 大きな教会のような部屋の、端っこの方で彼ら二人は座って話していたが、周りに誰も座っていなくても声を潜めて話す。こういう部屋は声がよく響くからだった。

「その制服を見たときにそうだろうと思いました。毎年冒険者組合の合格者を輩出するデイニール校の方とペアを組めたことに感謝します。そして、先ほどはわざわざ待っていただき、ありがとうございました。」


彼女はふわりと笑い、シーヌはとてもどぎまぎした。彼女と組めたなら、待っていて正解だった、とは口にしない。出会ってすぐ女の子を口説くなんてことは、彼はできなかったのだ。

「いや、自分のためだよ。後味が悪いからね。」

彼は一瞬の逡巡を見せた後、正直に話すことを選んだ。嘘をつくにもいい方便が見つからなかったからで、変に恩に思われたくもなかったからだ。


 感謝の気持ちは大切だが、過剰な感謝は人との心の距離も過剰に引き離す。シーヌはそういうものだと認識していた。

「そうですか。それでも、試験を受けさせてくれたことに感謝しますよ。」

彼女は笑って、離れていた距離をほんの少しだけ詰めた。どうやらその正直さが、彼女は好印象に受け取ったようだ。

「私はリュット衛生魔法科卒業のティキ=アツーアです。ティキでいいよ、シーヌ。」

リュット学園衛生魔法科の卒業生がこんなところにいるとは。信じられない、とシーヌは驚く。


 リュット学園はお金持ち学園と揶揄されたりもするのだ。その卒業生となれば、ほとんど将来の安泰は確約されていたようなものなのに、彼女はそれを蹴ってきたということになる。

(家出か、それとも家の没落?)

確証はないものの、そんなところだろう、と見当をつける。いや、貴族様とかならもっと色々複雑な事情があるのかもしれないが、シーヌは碧色の髪の貴族の娘に心当たりはなかった。

 詳しく聞くのはまた今度でいいだろう、と彼は彼女の奥に踏み込むのを避けて、話を変えることにする。

「それにしても、制服か。さっき僕にも視線が来ていたのは、ペアを組む有力候補だったからかな。」

着替える暇なかったしなぁ、早めに来れれば良かったか、なんて呟いているシーヌを見て、ティキはフフフ、と少しだけ笑う。

「シーヌがギリギリに来てくれて私は良かったよ?自分勝手だけど、こうしてペアを組めたしね。」


ティキに惚れてしまっているシーヌにとって、これはとても勘違いしそうな一言である。が、彼はさすがに一日も経っていない彼女が自分を好いてくれる、なんていうお花畑な脳を持っている少年ではなかった。

 喜び舞い上がりそうな心に、そんなわけあるか!という理性を叩きつけて、どう返したものかを検討する。必死に考えて考えて、大した答えは返せない、と思った。これから二人で試験を受けていくのだ。まずは信頼関係を固める段階であった。

「じゃあ、ペアを組めた幸運以上の贈り物を用意できるように頑張るよ……」


自分で自分にプレッシャーをかけてしまったことに心の中で涙する。惚れてる女性に格好つけたいと思う少年の性ではあるが、言ってから後悔するのも少年の性だった。後者は極めて個人的なものだが。

 そもそもにしてこの場合、ペアを組めた以上の贈り物なんて、合格以外にはありえない。シーヌは彼女に、合格させてあげるといったようなものなのだ。


 もちろん、彼自身も合格させるつもりではある。彼自身が合格する過程で、ほぼ必然的にティキも合格する。

 しかしこれで、彼は自分一人だけ合格しよう、とかいう思考はほとんど封じられた。試験内容はまだわからないし、好きな女の子を無視できるほどシーヌは非情な人間ではないが。

「君は冒険者になったあと、何がしたいの、ティキ?」

冒険者を目指す理由は、いずれ話してもらおうと思って無視する。でも、なった後の目標は聞こうと思った。

「普通に旅に出るよ。目的は流れていけば見つかるかもしれないし。」


そう曇りなき口調で言う。がその顔は逆に少しだけ曇った。それが、顔色が変わらないように努力した成果なのだろうと気づいた少年は、全く気付かなかったふりをして

「じゃあ、一緒に旅に出ない?試験に受かったら、だけれどさ。」

そう提案した。好きな人と一緒にいたいという下心がないわけではなかったが、「何も見なかった」と勘違いさせるためのふりだった。

「受かったら考えてあげる。」

絶対受かろう、と少年は、自分が持っているはずの目的も忘れて思った。


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