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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(後編)
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連合の大壁

短くてごめんなさい……

メラーゼ=ニスラは、“吸命”による自己強化を、あくまで最後の手段として考えている。

 しかし、今回は使わざるを得なかった。それだけは、断言して言えることであった。

「しかし、全員を殺してしまうことに罪悪感はなかったのですか?」

ティキの一言に、メラーゼは失笑をこぼす。

「今回は明確な大義があるではないか。」

大義の前では、そして戦争では、善良な判断など無用の長物だと彼は嗤った。


 今回、メラーゼ=ニスラが持つ大義は三つ。

「何としても、勝たねばならぬ。この戦、私かバルデスが山の頂上に辿り着き、国からの援軍が来るまで耐えきれば勝ちである。」

そして、国境沿いに援軍にだした総計9万は、多少数が減っても必ず帰ってくると、メラーゼは思っている。小国どもが、ましてこの小娘が策を出した以上、確かに無傷では帰ってこないだろうが、それでも、全滅どころか壊滅する可能性すら、メラーゼは考えていない。


 せいぜい、重装歩兵なら帰ってくるまでに五日。それだけなら、一人でも籠城戦出来る自信が、メラーゼにはあった。もちろん、“吸命”をしたという前提である。


「閉じ込められ、空気を燃やされていた以上、壁を破らぬ限り全滅するとわかっていた。あれを破るには“吸命”を使わねば決して破れず、また目撃者は減らさなければならない。私一人が生き残ればいい以上、生かす必要もない。」

戦略的な判断と、政略的な判断。必要な目標をすべてクリアするとき、彼は自軍の兵士たちを全て殺すという判断をするしかない。

「最後に。貴様を相手に、多少生き残したところで、必ず皆死ぬ。貴様を相手に、一万や二万の命を吸った意志力では勝てそうにはない。」

である以上、死期をわずかに延ばすだけより、有効活用する方が良い。彼の主張は、ティキもおおむね好意的に受け入れられるものだ。


 それの善悪は、何とも言えない。いやどちらかと言うと悪に属するものだろう。

「ですが、特に最後の一言は、断言して正しい。……私は、一兵たりとも、故国に帰すつもりはありませんでした。」

そう。どちらにせよ、メラーゼは正しい判断をしたのだ。

 仮にティキの箱を壊せる程度だけ“吸命”したとしても、肺に入り込んだ煙は彼らの行動を大きく阻害しただろう。ただでさえ重い鎧を着て、しかもここは山の中腹。逃げようにも、ティキから逃げ切るのは厳しすぎただろう。

「なら、あなただけでも生き延び、希望を繋ぐ。確かに、軍略としては正解でしょう。」

ティキはメラーゼにそう宣言した上で、問いかけた。

「勝てる見込みは、ありますか?」

「ああ。私は、お前を潰さねばならない。」

13万人の命を背負って、メラーゼはティキと相対する。しかし、13万人の命、外付けで扱える人の意志を借りて、それでも思う。


 冒険者組合、ティキ=ブラウ。その壁は、自分の持つ大壁よりはるかに高く、大きく、そして堅い。

「大壁よ!」

まるで、それは顕現した城壁のような。強大な、『圧し潰す』という意志が、ティキの身に迫っていく。

「魔法概念“大壁”!私は!ブランディカを護る最大の盾であり、盾をもって敵を滅ぼす、槌である!!」

ティキは、それに対して、平然と手を突き出し、押し返すように力を込めて。


 一歩分、後ろへと押し出された。




 13万人の命。彼らは今日この日、勝つために、この山を登った。

 おそらく、恐慌に陥る前は、勝利を一瞬たりとも疑いはしなかっただろう。堅実な歩みと、鎧が持つ威圧感。それで勝てると、彼らは信じてここまで来た。

 ブランディカの押し出す力、圧力は一級品。兵士たちが残らず信じていたからこそ、ティキはブランディカ軍に圧されてしまった。


 ティキは、“奇跡”を持っている。全人類の無意識を、一瞬、その場に限り誤魔化せるほどの、『自分の』意思をもつ。しかし、それでも、複数の巨大な『自我』を押し通せるかと言うと、簡単ではない。

 出来ない、ではない。当然だ。

 冒険者組合員である以上、物量に押しつぶされて敗北ならまだしも、冒険者組合ではない、たかが大国の将軍ごときに遅れをとることなど、許されはしない。

「魔法概念“信念”、その区分は“恐怖”。冠された名は、“我、失うことを恐れる”。」

背負うのは、シーヌの復讐のための軌跡。彼の悲願を果たすための、その責任を背負って、彼女は言う。

「この程度で押し負けるほど!安い想いは、背負っていない!!」

完全に、押し返した。




 壁が、一つ。そして、少女が一人。

 何度も押しよせ続ける壁を、少女はひたすらはじき返す。

 勝負はもはや、持久戦の様相を呈していた。そして、少女も大壁も、互いを消耗させようと必死であった。

「まだ、か!」

「あなたこそ!」

人の夢を、背負った。シーヌの夢を、ティキは背負った。

 もしここで、彼に生き残られでもしたら、シーヌの夢がかなわなくなる可能性も、あった。


 とはいえ、とても薄い可能性だ。だから、この戦いは、ほぼ10分を超えたあたりから、ティキにとっては違う意味になっていた。

「メラーゼ=ニスラ。おそらく、あなたはここに来た将たちのなかで、ほぼほぼ唯一、シーヌの仇ではない男。」

ティキは、だからこそ笑って。

「私はまだ、本当にシーヌの隣にいていいのか、わからない。」

ティキは己がなかったことを、覚えている。まだ時間にして、長くても8ヵ月。その間、ティキはいろいろなものを見て、シーヌにどう寄り添えるか、シーヌと並んで生きるには何がいるか、ずっと考えてきたはずだった。

 ティキは、今。復讐に生き続けるシーヌの妻として、シーヌに出来ることを、最大限に果たした。こうして戦場を整え、シーヌが復讐を果たす場を作り上げた。


 なら、後は。

 ティキ自身が、シーヌの隣に居続けることを、自分自身に許すだけ。それだけで、ティキはきっと、自信をもってシーヌの隣を生きていける、二人で一緒に、生きていける。

「そのための“見栄”を!私は張る!!」

木々が、うねった。


 メラーゼの作り出した壁の向こうで、メラーゼを殺そうと木の根が蠢いて。


 ブランディカ軍は、事実上、敗北した。


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