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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(後編)
198/314

破魔の戦士

 投石。位置を視認し、そこへと向けて駆け抜ける。

 馬に乗っては山を登れない。舗装された道ならまだしも、ここはほぼ手付かずの自然な山だ。

 ゆえに、時間をかけてでも駆けるしかない。わずかでも自軍の被害を減らすために、一つでも多くの投石機を破壊する必要が、バルデスにはあった。


 これまでは介した投石機は既に20をわずかに超えている。彼の見る限り、次に辿り着く投石機が、最後の一つであるはずだった。

「幸いにして、小競り合いの時に散々位置は見たからなあ!」

とはいえ、彼はずっと『何かがおかしい』と感じていた。投石機に辿り着くと、誰かがいた形跡はあれど、誰もいない。


 逃げたのだ、と判断していた。クティック、ニアス、ワルテリー、ケムニス。この四国が攻めに転じた以上、ここの守りは薄いだろう。投石機を死守など、バルデスたちの前では無意味である。

「だから、逃げろと命じられたのは、納得できるが。」

とはいえ、それらのような投石機に、意味がないとは言えない。吹けば飛ぶような守りであろうとも、一瞬バルデスたちの足を止め、投石機を一度放つくらいの時間を稼ぐことは出来るだろう。20余の投石機すべてで行えば、それなりに攻撃の手数を稼ぐことは出来るはずだ。

「それをしないということは、それ以上のメリットが、投石機を破壊させることにあるというのか?」

バルデスの、疑問。しかし、兵士たちに聞こえないように呟いたそれは、自軍以外から回答を返された。

「必要だった。投石機を使うのは、元『シキノ傭兵団』。人員を一人でも多く確保しておく必要があった。」

まだ、若い声だった。そして、どこかで聞き覚えのある声だった。


 いつだ。こんな若い声を最近で聞いたか。

 そんな思考が頭をよぎり、顔をあげて、彼は驚愕に目を開いた。

「十年、前。」

「それほど、面影が残っているか。」

“災厄の傭兵”や“災厄の巫女”のように、身内を殺した仇ではない。

 “竜吞の詐欺師”や“神の愛し子”のように、名も知らぬ町民を殺したわけでも、ない。

 どちらかというと、彼の行った行為は、“黒鉄の天使”や“夢幻の死神”のように、『限りなく身近な誰かを殺した手合いである。

 彼が、殺したのは。幼馴染、シャルロットの家族だった。




 それは、義兄が死んで、しばらくして。ビデルと合流してから、起こった出来事だった。


 元より、その日は濃い一日だった。クトリスを操るガレットと邂逅した。

 魔の手から逃れ、ペストリーにビデルの家族が殺された。

 ビデルを隠して家に飛び込んだ先、義兄が殺され、ドラッド=アレイと戦い、逃げた。


 そして、それ以前に祖父と父は戦死していた。この街が戦場になり、シーヌが逃げまどう間に、母と、妹が、死んだ。

 ただ、その中の一幕。ガレットのように、ただ出会っただけで、知り合いを殺していない仇なら、もう一人いる。

 しかし、目の前の、“破魔の戦士”バルデス=エンゲは違う。


 彼はあの日、その戦士が、幼馴染の家族を殺すのを、その目でしっかりと焼きつけた。




 シーヌはビデルの手を引いて、必死に走っていた。

「ビデル!どこへ?」

彼は、いつもとてもとても冷静だ。シーヌなどより全然大人っぽかったし、とても理性的。

 シーヌの友人は、リーダーのシーヌ、参謀のビデル、秘書のシャルロット、みたいな、大人になってもこんな関係なのだろう、という三人で形成されていた。


 家族を殺され、周りでは多くの顔見知りたちの死体がある中で。

 ビデルは、シーヌの声にやっと、冷静さを取り戻した。

「シャルの、ところに。みんなで、生きよう。」

その言葉に頷きを返して、シーヌはシャルロットの家まで必死に走った。


 たった、百メートルの距離が、とても長く感じた。

 そう思いながら、目的地までたどり着き、扉を叩く。

「シャル、シャル!!」

声が、聞こえない。シーヌだけでなくビデルも叫ぶが、帰ってくる声がない。


 シーヌたちは嫌な予感を胸に、扉を蹴飛ばし、無理やり開けた。

「ああ、シーヌ、ビデル……。」

そこには、みんなで縮こまり、声を上げることすらできないほど怯え切った、シャルの家族の姿があった。


 シーヌはみんなのもとへと駆け寄る。家族を抱き寄せ、涙をこらえながら、

「逃げよう。みんなで、生きよう。」

そう、言った。

 怯えていても、始まらない。家の中で震えていても、このままじゃ死んでしまうだけ。

 シーヌが見た光景を、遠くから聞こえてくる悲鳴を、いろんなところで燃えさかる炎の、剣戟の音を聞いて、シャルの家族も決意した。

「シーヌ?」

「なに、シャル?」

「きっと、みんなで生きようね!」

「うん!」

目の前で、人が死に続けた。大切な人も、大切でない人も。生き延びるために、その日一日でシーヌは何人か人を殺した。

 それでも、この目の前の、無邪気な少女だけは殺させまいと、その笑顔だけは曇らせまいと、そう決意して、城壁に向かって、駆け出して。


 シーヌは、恐怖で足を止めた。

 一日で戦い続けた強者の数。その分だけ、シーヌの勘は磨かれていた。

「みんな、逃げて!」

シーヌが言うより早く。戦士は、最初の一人、少女の父の体を潰していた。




 まるで、流星にでもなった気分だった。“破魔の戦士”は、“神の住み給う山”から時々出てくる神獣を撃退し続けていたら、なぜか与えられた称号だった。

 ブランディカでは、“神の住み給う山”に住む神獣を、公式では神獣と呼びながら、裏では魔獣と呼んでいる。山の主アギャン=ディッド=アイは、神獣が一ヵ月で1頭か2頭死んだくらいでは、何も言わない。


 群れとは決して戦わなかった。“破魔の戦士”が行ったのは、ただ山から下山した神獣を殺し続けていただけ。

 だが、多くの魔獣を破ったから、“破魔の戦士”などという、何のひねりもない二つ名をつけられただけだった。


 己が強いことを、知っていた。

 久しぶりに出た戦場で、周りにいた強者たちに触発されたのも大きかった。

 そして、“清廉な扇動者”が、戦いを扇動したのも、悪かった。


 彼は、初めて出せる、本気の勝負に、心底喜んでいて。

「ハハハ、ハハハハハ!」

城壁にあった投石機。それに身を預けて、吹き飛んだ先。

 たまたまそこにいた家族連れの男を、蹴り飛ばした。


 シーヌが前に出る。もはや疲れ切った、そんな体に鞭を打って、怒りを、憎しみを、そして知り合いを殺されて心に感じた苦痛を込めて、短剣を突き出す。

「おっと。……なんだ、子どもか。子供は趣味じゃないんだ。さっさと行きな。」

何ともなさそうにスラっと回避して、男はシャルロットの母親に近づいて。それを阻むように、シャルロットの祖父が魔法を放つ。


 いくら、あれだけ怯えるような家族でも。目で、互いの意志は伝わった。母は走り、娘とその友人の手を引いて走りだす。

 シーヌも、その意味はよく分かった。ビデルの家族も、ビデルを逃がすためにそうしたのだ。

「シーヌくん。」

逼迫した声を必死に誤魔化しながら、母は少年に声をかける。

 少年は悔いを断ち切るように、覚悟を踏みにじらないように、彼女の後を追った。

「みんなで、生きてね。」

え、とシーヌが声を発する間もなく。

 シャルの母はシャルとビデルの背を強く押して反転し。


 シャルの祖父を、祖母を瞬殺してのけた戦士に向かって走り出し。

 シャルの視界に入らないように位置を調整しながら戦い、首を刎ねられた。


「お、おがあざぁぁぁん!!」

誤算は。シーヌも、シャルロットも、そしてビデルも。

 その光景を、完全に目に焼き付けてしまっていたことで。

「……子供に、興味はない。」

戦士として認められていなかった三人は、子どもだからという理由で、バルデスに見逃された。


「みんなで、生きなきゃ。」

シーヌは、辛うじてそう呟くと。

 喪失感を必死に誤魔化しながら、幼馴染たちの手を引いて、逃げ始めた。

 既に。少年たちの心が、戻り様のないほどに壊れ始めているのは、彼らを見守る誰の目にも明らかだった。


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