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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(後編)
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連合軍の士気は燃え

 アストラストはほうほうの体で逃げ帰った。

 それを目の前で見た兵士たちは大勢いる。


 そうでなくとも、山の上から、逃げ帰る彼らの背を見ることが出来た兵士は、多かった。

 既に連戦を行い、大規模な戦闘こそないが大国を迎撃し続けた連合軍の兵士たち。

 彼らは、その勝利に、朝方一杯酔いしれた。


 彼らは慢心しない。素晴らしい一勝をもぎ取りはしたものの、アストラスト軍の大半を討ち取ったのがブランディカ軍であり、グディネ軍であることを知っている。

 彼らは慢心できない。大国一つに勝てたからと言って、残り二国を相手取らないといけない状況に変わりはない。

 兵士たちも、指揮官たちも、理解していた。


 ティキ=ブラウがいなければ、大国に勝つことなど、この七国では不可能であるということを。それだけの国力差が最初から存在することを、他でもない彼ら自身が、一番理解していた。


「それでも、勝った。」

アルゴスのセリフに、ブラスも頷きを返す。

「勝ったね。士気と信頼という面を見れば、この勝利は実に美味しい。」

疑念渦巻くティキ=ブラウという冒険者組合員。その指揮が、その戦略が卓越したものであることを、彼女はこの一戦で兵士たちに印象付けた。次からは、勝利のための一手だと、兵士たちは喜んで彼女の指示に従うだろう。

「だが、アストラストがいなくなったおかげで、局面的には苦しくなったな。」

「とはいえ、局面も、戦力差も、個人の質で埋め合わせが出来てしまっている。だからこそ、決め手に欠けるね。」

ブランディカとの戦争は、20万もの敵を牽制し続けたアストラストがいなくなったことで、完全に全面戦争へと突入した。


 しかし、連合軍は山に陣取り、ブランディカ軍は山攻めに適した軍とは言えない。おそらく、ブランディカからすれば最初にここに入った国を締め付けるように包囲し、追い出すように山を占拠する予定だったのだろう。兵25万という数は、山一つを蹂躙するには本来過剰な数だ。

 ましてや、圧力をかける戦略はブランディカのお家芸だ。後からの到着であろうとも有利をとれる、そんな計画を練っていたに違いない。

「三つ巴が、崩れました。ブランディカはグディネと相性が悪いですが、それでも山の中で戦うなら、飛竜はあまり使い勝手がよくありませんし。」

グディネの誇る飛竜部隊や竜戦車部隊。それらは障害物の多い山中で、実力を発揮できるとはいいがたい。

「ティキお姉さまは、どう動くのでしょう?」

エルとフェルは、変わらぬティキへの信頼と、わずかな不安を胸に抱いていた。




 馬が、二万。それが、ティキの目の前に映る『現実』だった。

 弓矢は別にどれだけあろうと問題はない。備品として放り込まれるだけである。しかし、馬は別だ。食糧はそこら辺の雑草でも押し付ければいいだろうが、これほど多くの、大国が育てた一

流の馬、捨ておくのは惜しい。

「フローラ。」

「わが軍は三千、うち一千は既に愛馬を連れています。残り二千で構いません。」

「ええ、ですね。では残りをすべて西に回します。」

「西に?」

クロムが訝し気な声を出す。二国でグディネを相手している東と違い、西のブランディカは四国で相手取っている。馬という、これ以上の戦力増強が必要か……そう問いかける、意味だった。


 ティキは、ブランディカとの戦争が、絶対的な不利であることを重々承知している。鉄壁の護り、不動の攻撃……それがいかに厄介か、わかっている。

「このまま向こうの動きを待っていると、敗けます。」

「ではこちらから仕掛けるのか?」

「はい。しかし、敵は大国ブランディカ、指揮官は“連合の大壁”メラーゼ=ニスラ。生中な敵ではありません。」

ティキは目を瞑る。あちらが攻撃を仕掛けてきたら、ティキとシーヌだけで戦うならまだしも、勝機はない。


 メラーゼ=ニスラとバルデス=エンゲ。両者と同時に一般兵まで相手取るとなると、シーヌかティキ、どちらかは死ぬ。

「動くまで待てば、敗ける。かといって先制を仕掛けても、敗ける。」

ならば、方法は一つ。

「まず、コンディションを崩しましょう。幸い、ケルシュトイルとの戦争に神獣は必要ない。至近距離からの魔法には、重装兵も弱い。」

攻撃できず、攻撃させられないなら、搦手で。それがティキの下した判断だった。




「勝った、勝ったぞブレディ!さすが、教育を受けたものは出来が違う!!」

ベリンディスの本陣でディオスはブレディと共に祝杯を挙げた。

「あれが、教育の真価だ!皆があれほど有能になれば、世の中はもっとましになるに違いない!」

ディオスは上機嫌にそう語り、盃を机にたたきつける。

「今のところ我らも連戦連勝!その上先の知らせ!!兵士たちの興奮がここにも伝わってくるようだ!!」

それまで何の反応も示さなかったブレディが、わずかに首肯の動きを見せる。興奮が伝わってくるのは確かだった。それも、残り一週間もすれば絶望に変わる。それを知っているのは、この場ではブレディのみである。


 そっと、盃を唇に運んで、ブレディは目の前ではしゃぐ男を見つめる。ベリンディスの汚点、民主主義の信者。

「楽しそうですね。」

どうせ、先も短いならいいか。ブレディはそう思って、彼の機嫌を取るように、努め始めた。




 ティキは、シーヌの手を借りて西側へ跳んだ。

「ブラス、アルゴス、エル、フェル!」

呼び出されて五分としないうちに集まった彼らに対し、ティキは笑顔でこう告げた。

「正面切っては倒せません。ちまちまと、意地汚くブランディカを滅ぼします!」


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