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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
193/314

アストラストの壊滅

 ピオーネ=グディーが死んだ。

 大国は、指揮官一人で崩壊するほど、軟な軍隊を持っていない。

 しかし、アストラスト女帝国、次期女帝候補たるピオーネが死んだ。一介の指揮官ごときとは、彼女は存在感からして異なる。


 結果。“神の住み給う山”に進軍していた総計2万の軍は、統率力を失って総崩れになった。

「どけ!俺が先だぁ!」

「嘘だ!ピオーネ様が負けるわけがない!」

「いや、大丈夫だ、マルス様がまだ!……マルス様?」

アストラスト軍の最期の希望、マルス=グディーは、既に死人。


 彼がその戦場に立っているのは、彼の、姉の役に立つという執念があったから。

 姉のために、力を振るう。その目的の根本たる彼の姉は、既にシーヌの手によって、命を絶たれてしまっていて。

「あなたが彼女を助けるより、シーヌが彼女を殺す方が早かった。……言葉にすれば、それだけでした。」

「ああ。しかし……ああ。姉は死んだ。待っていてくれ、すぐに、あとを……。」

黒い靄が、霞んで消える。少しずつ空と溶けていく体は、むしろ幻想的ですらあった。


 死ねば、ただの屍。“永久の魔女”の全てを否定するような、あり得るべからざる冒涜的な光景。それをティキは深く考えぬまま一顧だにせず、叫んだ。

「貴様らの『最強』は命を落とした!アストラスト軍よ!降伏せよ!」

精神的支柱は、死んだ。彼らの目の前には、“災厄の巫女”と“災厄の傭兵”二人を殺した、冒険者組合員が二人。

 四頭の神獣、“凍傷の魔剣士”、そして勢いに乗るクティック、ケムニス、ワルテリー、ニアスの四国軍


 彼らが降伏し、慈悲を乞うのは、時間の問題だった。……たとえ決着がつくまでに、その軍の実に八割が命を落とし、山裾に仲間の赤い血がこびり付いていたとしても、シーヌのように執念に憑かれて攻撃できる死兵は、そこにはいなかった。

「『連合軍』!この場に留まれ!襲い来る敵を迎撃する!」

「しかし、ブランディカが夜闇に紛れてこちらに来る可能性は?」

「ないよ、フェル。ブランディカの重装歩兵は、夜闇に紛れて山を登るのには適した軍とは言えない。」

だから、蒔いた種が芽吹けば、必ず私たちの勝ち。ティキはその横顔で、そう語った。


 “神の住み給う山”。アストラストの進軍は、死者16546名、および指揮官ピオーネ=グディーの死という、アストラストにとって最悪の結末で、決着がついた。

「次。……ブランディカを、落とします。」

ティキは既に、次の戦争に意識を持っていた……戦後処理は、三国すべてを蹴散らしてから、だった。




 一方そのころ。ピオーネを送り出した残る20万のアストラスト軍では、既に戦勝ムードが漂っていた。

 彼らが最も信頼する、戦略において非常に優れた将、ピオーネが戦いに向かった。その時点で、彼らはほとんど勝利を確信している。

「とはいえ、他二国の動きはわからん。ピオーネ様が帰ってくるまで、しっかりとこの地を守らねばならぬ。」

全軍、戦勝ムードの中でも、いや、だからこそ、警戒は怠っていなかった。


 しかし『それ』は、いくら警戒を怠っていなかったからと言って、対応できる相手ではなかった。

「敵襲!北、西方面!ブランディカの重装歩兵です!」

「なんだと!奴らは移動速度には優れていないはずだ!哨戒は何をしていた!」

「距離500!……来ます!」

「ええい!!迎撃態勢!魔法兵!引き付けて焼き殺せ!」

慌ただしく、兵士たちは弓矢を構え、魔法兵は想像を膨らませる。

「弓兵!初撃の狙いは半端でいい!牽制だ、討てぇ!」

次々と放たれる矢が、夜空をさらに黒く染め上げた。500メートルもの距離を埋めるように飛んでいく矢は、しかしブランディカの兵に傷一つ与えることなく彼らの鎧に弾かれ落ちる。


 その間に、ブランディカの戦列は五メートル、進んだ。一歩、一歩と着実に距離を詰められていく。

 ブランディカの特徴である超重装。矢を弾き、騎兵の突撃すらをも扱い次第で迎撃できると言わしめるその兵種は、防衛戦よりもむしろ攻撃の時にその真価を発揮する。


 想像するといい。敵を近づけないことが目的の戦争で、一歩一歩着実に、無傷で進軍してくる軍の恐ろしさを。

 それが、いくら統率の利いた兵たちの間にあっても、どれほど恐ろしく映るのかを。

 常に冷静でなければならない、そう努める指揮官ですら、例外ではなく。

「ま、魔法兵!放て!!」

指示に従い、魔法兵が炎を撃つ。それに反応するかのように、着弾地点の重装兵が盾を構え、弾き飛ばす。

「く、」

指揮官が恐怖に震えながらも、接近を待つ構えを取った。


 近づけば、鎧の継ぎ目を狙って矢を放てる。盾を構える間を与えず、魔法を当てるためにも、敵を近づける必要があり、

「報告します、ぐわぁ!」

報告に来た兵が、背に矢を受けて崩れ落ちる。留守を預かる指揮官は、その光景に衝撃を受けつつ、数秒考え、空を見上げた。


 ブランディカ軍との距離、現在280。アストラストの長弓隊でなければ、250メートルを超えるような矢は放つことは出来ない。よって、今報告に来た兵を討ったのは、ブランディカ軍ではない。

 指揮官は、残る可能性は一つしかないと理解して、空を見た。

「グディネの飛竜部隊……!」

それらは、中空から矢を放ち、次々と魔法兵を討ちとっていく。負けじとアストラストも矢で応戦するが、そのころには彼らは突撃して、至近距離から陣を乱す。


 アストラストの長弓隊がグディネに勝てるのは、平野で真っ向から勝負した時だ。魔法を使い、最長一キロもの距離を射抜けるアストラストの長弓隊は、敵が接近する前に敵を打ち払うことで、優れた戦果をあげ続けてきた。

 言い換えてしまえば、接近されると弱いのがアストラスト軍の特徴だ。それを覆すためには、長弓隊以外の運用と、並外れた冷静さと、現状からただしく兵を統率するだけの能力と、並外れたカリスマが必要となる。


 この指揮官も、それが出来る指揮官ではあった。

 しかし、ピオーネ=グディーと比べると数段劣る。

 そして、ピオーネ=グディーのカリスマに染まり切った兵士たちは、彼のいうことを聞きづらく……それ以上に、指揮官自身が、現状にピオーネがいない事実に、心を折りかけていて。

「ブランディカ、残り50……来ます!」

残り50メートルまで接近した時点で、“破魔の戦士”バルデス=エンゲは、全軍を崩れ切ったアストラストに突撃させた。


 こうして、アストラスト軍の崩壊劇、グディネ、ブランディカ両国の虐殺劇は始まった。


 敵国の熟練の兵士を一人殺す。それは、敵国の軍事力が、その一人分減ることである。

 熟練の兵士の数が、自国と敵国で開きが出る。それは、両国の軍事力に差が出来るということである。

 ブランディカも、グディネも。この“神を住み給う山”を占領した後のことを考えると、ここで仮想敵国の兵士を殺しておくことは、有利不利の問題ではない、絶対不可避な命題である。

「ころせぇぇぇ!!」

戦争に、人道はいらない。戦争に、悪は、ない。


 大国同士の戦争に必要なのは、ただ、相手の戦力を削り取ることだけである。

「アストラスト全軍に告ぐ……“神の住み給う山”に進軍せよ!」

西にはブランディカ軍の本陣。東にはグディネ軍の本陣。北の退路を絶たれたアストラスト軍に許された最後のあがきはそれだけで、

「うわぁぁぁぁ!!」

しかし、そこで待ち受けていたのは、ピオーネを討ち果たした連合軍の、神獣を中心とした迎撃だった。




 その日。アストラスト軍22万人の軍隊は、たった3万人を残して、死んだ。


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