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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
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復讐鬼と巫女

 ティキが作った、ほんの一瞬。

 マルスを無視して、シーヌはただ目標を目指す。

 飛んできた矢を弾き飛ばし、逃げる脚を魔法で釘付け……

「死ね、ピオーネ=グディー。」

「断る、シーヌ=アニャーラ。」

短剣と弓がぶつかり合う。魔法で強化された弓は、シーヌが突き出す短剣程度では折れない。


 ほんの一瞬のにらみ合い。先に動いたのは、ピオーネだった。

 彼女はまだ番えていない矢を槍のように、シーヌの腹をめがけて突き出し、シーヌはその動きを感知して回避する。

「お前の母と戦わなければ!私は弟への愛情を直視することはなかった!!」

「お前らが攻めてきさえしなければ、その母と戦うこともなかっただろう!!」

シーヌの蹴りを喰らって、ピオーネはこれ幸いと大きく吹き飛び距離を取る。


 ピオーネは基礎教育程度の魔法使いであり、それ以上に弓使いだ。

 短剣の間合いでは、絶対にシーヌに勝てない。彼女はその判断で、シーヌと距離を取る。


 しかし、それはピオーネの思い違いであることを、彼女は知らない。

 シーヌが短剣を使って攻撃してきたから、彼女はシーヌを魔法剣士だと考えた。しかし、シーヌの剣の腕は、剣ばかり扱う割には、低い。シーヌはあくまで、魔法使いでしかない。

 雷の矢が奔る。ピオーネは長年の直感でそれを避けると、即座に矢を数本番えて、横一列に放った。


 うち一本はシーヌに直撃する射線だった。それを感じ取ったシーヌは、ピオーネの後頭部に繋がる“転移”の穴を、射線上に展開する。

「死ね。」

「はぁぁ!!」

しゃがんで、ピオーネは回避した。地面に体が落ちるのもそのままに、矢をつがえてひょうと放つ。

「食らうか!」

シーヌが短剣で叩き落とし、流れるように地面を隆起させてピオーネに迫る。ピオーネはすぐさま、矢を地面にたたきつけて衝撃波を呼び、それに助けられるように空中へと逃げた。


 息つく間もない攻防。しかし、天秤は既にシーヌ側に傾いていた。

 数個の炎を浮かべ、送る。ピオーネは再び矢をつがえ、迎撃する。

 しかし、それらの炎が消えたとき、既に決着はついていた。


 弓使いであるピオーネの背には、中身の失われた矢筒。対してシーヌは、無尽蔵に湧き出すことが出来る魔法の数々。

 ピオーネとて、最低限の魔法のたしなみはある。数秒に一度程度なら、魔法で矢を生成することもできるだろう。

 しかし、シーヌとの戦いでその数秒は大きい。大きすぎる。ゆえに、ピオーネは敗北を認識し……。


 切り札を、切った。




 “災厄の傭兵”と“災厄の巫女”。それは、そもそも対外的に付けられた名ではない。

 いや、マルスの方はある程度意識してその名を名乗った。姉との共通部分を得るために、彼はその名を名乗っていた。

 もとより、剣に嵐や津波、岩石や溶岩を纏わせて戦う傭兵である。そのバリエーションから“災厄”を冠してもおかしくない。しかし、先に“災厄”を冠したのは、弟ではなく姉である。


 なぜピオーネ=グディーが“災厄の巫女”と呼ばれるようになったのか。

 それは、彼女が最前線指揮官として、最初に赴いた戦地で、たった一人で城一つを陥落して見せた……その特異な魔法の覚醒にあった。




 ぽつり、と、頬に雫が降ってきた。それは、しばらくして雫ではなく、大量の雨に変わった。

 先ほどまで、空には星が瞬いていた。いや、今も空を見上げれば、星は綺麗に輝いている。


 それでも、水滴が降ってきていた。シーヌの真上だけが、雲ひとつない豪雨地帯だった。

 すぐに、雨が吹雪に変わった。霰になり、雹になった。

 それは、自然現象を容易に起こせる、彼女の特異体質。シーヌの周りは嵐に揉まれ、砂漠のように熱く、凍土のように寒い。

 シーヌはすぐさまその地を飛び離れる。ずっとそこにいたら、急な環境変化に体が耐えられないと考えたためだ。


 離れて、地面に両足を着いて。『雨』が己を追いかけてきた時、シーヌはすぐさま飛び出した。

「殺せば止まる!」

一瞬、雨とシーヌの体が重なり、しかしシーヌは再び後方へと跳んだ。


 シーヌのその判断が正しかったのは、瞑った眼にも焼き付くような光と、足元に現れた焦げ跡が証明する。

「雷鳴までもか!」

「まがい物ではなく、本物だ、アニャーラ。」

自然現象を己の力として扱う。それは意志と想像によって形作られた紛い物ではなく、完全に天然な自然の現象。


 そんな現象に、シーヌは心当たりがあった。まるで“洗脳の聖女”ユミル=ファリナの起こす現象。彼女の言葉一つで、世界は彼女の声に答えた。

 しかし、彼女はシーヌが殺した。そう。だからこそ、それが万能でないことはシーヌもよく知っている。

「そもそも、ユミルの効果とは全然違う。」

踏み出す。体を前へ。前へ。


 まるで世界に愛されているかのように言葉が通ったユミルと異なる。その自然現象は、ピオーネの意志は介していないがピオーネの望みは介している。

「そこが、弱点だ。」

短剣を、突き出す。まだ、ピオーネに突き刺さる距離ではない。


 ピオーネは本能で危険を察知した。命の危機だと、体は意志を無視して逃げの姿勢に入っていた。

「な、に?」

動かなかった。ピオーネの足が、何者かの手にしっかりと握られていた。

「死ね、ピオーネ。」

シーヌの目の前。少し歪みが見えるような、透明な空間。

 シーヌはそこに、力任せに刃を突き込み。


 ピオーネの腹に、臓まで届く灼熱が走った。




 ザ、ザっと草を掻き分けて歩く音。ピオーネ=グディーは、力の入らぬ体に鞭打って、そちらを見た。

「ひどい話だ。お前と相対している間、いつでも私は殺され得たわけか。」

「“転移”は無条件に使えない。まだ使い慣れてはいないんだ、使うまでに時間はかかる。」

「私もだ。“災厄”の力は、訓練したわけですらないからな。使いこなせるわけではない。」

互いが互いを見つめ合う。しかし、ピオーネには既に戦闘の意志がなく、シーヌにもこれ以上痛めつける意図はない。

「先祖返り、だそうだ。まあ、気にもせんか。」

「必要ない。……お母さんを殺したのはお前だな。」

アニャーラ。マルディナ=アルプ=アニャーラ。ピオーネが完全に敗けたと自覚する敵の一人である、心底憎む女。

「ああ。お前の母を、恨んでいる。」

急に、ピオーネの視界に空が映った。いや、自分が立っていられなくなったのだと、彼女は気付いた。


 見下ろすシーヌの姿を視界におさめる。まだ、青年だった。あの日のマルディナの息子だと言われれば、面影を感じられる顔だった。

「お前の母は、お前を本当に、愛していた。」

「知っている。それを奪ったのは、お前らだ。」

複数形で、ピオーネたちを呼んだ。自分たちを恨む、気持ちは理解できなくとも、納得は出来る。

「わかっているのか?」

「ああ。わかっている。」

二人には、それだけで通じ合ったようだった。マルスとティキの、争いの音も、聞こえていた。


 だが。考える腹から伝わる熱と、頭に思い浮かぶ、あの母の顔。

 死に際して、彼女は自分の望みを、頭から追い出すことが出来なくて。

「さらばだ、シーヌ。……死者は死者らしく、屍に変わろう。」

「……。」

シーヌは答えず、“転移”の魔法を完全に解く。腹から鉄の感触が消えた。それを感じる余裕もなく、ピオーネはただただ虚空を見つめ、あの日のマルディナの瞳に想いを馳せる。


「ああ、心底、憎い女だ。」

この瞬間、屍になってしまう直前。

 彼女は、アストラストの次期女帝候補ではなかった。アストラスト軍の指揮官ではなく、“災厄の巫女”ですらなかった。

「私が出来なかった、『愛すること』を、人生の最期まで、通したのだから。」

瞳を閉じる。体から、力が抜ける。何か、寒い。


(マルス。お前を、愛している)

それは、最期まで。彼女は言葉にしなかった。


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