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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
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傭兵と巫女

 ピオーネは、肉体が失せて黒い靄のようになってしまった弟を見る。

「マルス。」

「姉さん。」

声すら生前のものとは違うことを、ピオーネは知らない。

 しかし、それがマルスであるということがわかっていれば、ピオーネには十分だった。

「ごめんなさい。私はあなたに、応えてあげられなかった。」

普段とは全く違う、姉としての表情を覗かせながら、ピオーネは謝る。


 既に死んで、しかし心だけがこの世に残留しているようなマルスは、微笑むような音を出した。

「姉さんに伝わっていたのなら、いい。今、俺の願いは叶っている。」

「ただ一度しか、叶わないかもしれない。夢を叶えて逝きなさい、マルス。」

ただ一度だけ、姉の隣へ、姉のために戦う。

 それが出来るような“奇跡”を得ていた、最強のシスコンは、歓声を上げるように……シーヌへ、斬りこむ。


 殺す相手が一人から二人へ。一人ずつ相手していた復讐相手を二人同時に。

 それくらい、“復讐”の奇跡を持つシーヌであれば余裕だと考え、迎撃し……

「あれ?」

シーヌがずっと戦いの際に見ていた、『運命』の線を見ることが、出来なかった。

「なんで?いや、なんで?」

それでも、戦い続けた経験が体を動かし、マルスの剣を弾き飛ばして胴体に蹴りを入れた。


 追撃するように氷の槍を飛ばし、更に逃げられないように周囲に炎の矢を飛ばす。

 マルスは着地するや否や槍を剣で弾き飛ばし、ピオーネが炎の矢を撃ち落とす。

「“奇跡”の導きがないのが、驚きか?」

マルスは嗤うように声をあげて、再び前進した。

「あぁ。でも……やることは、同じだ。」

「お前じゃ俺には勝てねぇよ。姉の隣で、姉のために戦うという“奇跡”を、俺は果たしてここにいる。」

魔法の中でも唯一無二、人それぞれの人生の結晶とも呼ぶべき“奇跡”……マルスは今、それだけの存在だ。


 言い換えるなら、全く混じりけのない、マルスの人生そのものが、今シーヌと相対しているものの存在。世界の全ての人間の無意識を、ほんの一瞬騙すような意志の強さ。それそのものと戦うということがどういうことか、シーヌはほんの数合戦って、理解する。

「“三念”や魔法技術で“奇跡”所持者を圧倒できる人間は、ほんの一握り。」

それが、冒険者組合の最上位陣。シーヌの師、アスハなどよりも倍以上、あるいは数倍規模で実力差がある者たち。

 当然ながら、シーヌはその枠の中にいない。


 シーヌは苦虫をかみつぶしたような表情をした。その表情の意味は、『絶望的に不利』である。

「姉さんに、手出しはさせない。」

言うが早いか、マルスは剣を振り下ろした。短剣が奔り、遠心力の乗った長剣を逸らす。シーヌは己が死なないようにすることで精一杯で、まともに攻撃する隙が無い。


 それだけではない。後方から的確に、ピオーネが放つ矢が飛んでくる。

「どこが“巫女”だ、ただの駄々っ子じゃないか!!」

そこに込められた想い、その質を感じてシーヌは呻いた。


 恨みだ。アニャーラに対する、恨みだ。

「お前の母を、恨んでいる!!」

放たれた矢は鋭くシーヌの胸へと走り、魔法で弾き返したときにはマルスが剣を振り上げ降ってくる。

「長く会っていなかったんじゃないのか!」

「愛さえあれば!そこに時間は必要ない!!」

転がって、避ける。そのままシーヌはピオーネに向けて魔法を放ちつつ疾走する。


 悉くの魔法が、ピオーネの矢によって迎撃された。そして、ピオーネに辿り着く前に、マルスに乱入された。

「やりにくい!」

大きく跳躍してマルスの剣から逃れつつ、じり貧な戦いに活路を見出だそうと、シーヌはマルスを凝視した。

 マルスは、“奇跡”だけの存在だ。マルスは、“想い”が生んだ幻だ。

 だが、問題はそこではない、とシーヌは思う。


 マルス=グディーとピオーネ=グディー。この姉弟は紛れもなく、シーヌの敵であり、シーヌの仇だ。どちらも、“復讐”の対象だ。

 なのに、ピオーネに見える“奇跡”の……殺すための運命の線が、マルスには見ることが出来ない。なぜか。なぜだ。

「違いは、実体か、幻か……いや、その前か。」

生きているか、死んでいるか。それでもないな、とシーヌは首を振って。

「殺したか、殺していないか。」

そう、答えを、呟いた。


 正解だ。正解だという確信がシーヌにはあった。生まれてしまった。

「復讐はただ一度。そういうことだ、シーヌ=アニャーラ。」

呟くように、マルスは。いつの間にかシーヌの右手に来て、言った。

 ドラッドの“無傷”を展開できたのは、ほとんど反射的な行動だったと言える。それでも、体勢的な防御は全く間に合わなかったし、首を落とさんと振るわれた剣の威力をそのまま首の膜に受け、シーヌは盛大に吹っ飛んだ。


 何本かの木が盛大な音を立てて倒れる。背中から大樹にぶつかり続けたシーヌは、衝撃に頭を揺らされながらも立ち上がった。

「勝て、ない……。」

とはいえ、敗けない。マルスの持つ“奇跡”は、シーヌを殺すことを目的としていない。ピオーネを殺すことを目的とし、その工程まで操作するシーヌの“奇跡”ほど、目的意識の固まった信念ではない。


 それがゆえに、厄介だった。『ピオーネを殺す』ための“奇跡”は、『ピオーネの力になる』“奇跡”にとって許し難い存在だ。だが、ピオーネの力になるための“奇跡”は、シーヌを殺す必要までを持たない。ただそれだけの理由で、シーヌは未だ、戦場に立てていた。

「マルス。」

ピオーネの矢と、マルスの剣。その拮抗から、ピオーネは何をする必要があるかを理解して。

「そいつを、殺せ。」

姉のためになる“奇跡”。姉の望みを叶える“奇跡”。

 姉の望みが今、マルスの耳に、しっかりと届いた。




 シーヌは、満身創痍だった。既に全身に傷がある。衝撃で頭がクラクラしている。

 とはいえ。シーヌはまだ、敗北を認めてはいなかった。

 憎む。憎い。母を殺したピオーネが憎い。祖父を殺したマルスが憎い。


 “復讐”はまだ、残っている。シーヌはまだ、諦められない理由があった。

 その理由は。マルスがシーヌに向けて駆けだそうとした瞬間に、狼に乗ってやってきて。

「シーヌ!」

ああ。そうだ、とシーヌは思う。


 ドラッド=ファーベを討った瞬間から。シーヌの復讐の旅路では常に。

「ティキ!」

「マルス=グディーは私が持つ!ピオーネを討ったら消えるんでしょ!」

「頼んだ!3分だけ耐えて!!」

ティキ=ブラウが、シーヌの妻が、傍らにいた。




 ピオーネは大きく舌打ちを一つ、する。

 ティキがこの場に乱入してきたということは、部下たちがティキを捉え損ねたということだ。

 ピオーネの体感で、シーヌとの戦いはピオーネ不利に進んでいた。これはただ、それがもう少し露骨な形で表に出ただけに過ぎない。過ぎないはずだ。

「マルス!」

「無理だ。……いや、ダメだ!」

ピオーネの呼びかけは、シーヌを抑えろ、という意味。それに対する「無理だ」は、ティキがマルスに襲い掛かったために、シーヌを抑えられないという意味。

 そして、その後の「ダメだ」は。ピオーネがシーヌと戦ってはならない、という意味の、「ダメだ」。


 だが、しかし。マルスの想いは。声は。

 シーヌの脚を止めることも、復讐の念を鈍らせることも、なかった。


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