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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
19/314

殺人

(どうしてだ、どうして死ななければならない!)

ドラッドは内心叫び声をあげた。その間もシーヌ=ヒンメルはどんどん彼を追い詰めている。

 あともって数分。五十手以内に、ドラッドは負ける。シーヌも彼も、確信していることだった。

(お前は奇跡なのだろう?向こうが使うのも奇跡なら同格のはずではないのか!)


“仇の力を弱めてしまえ”は自分のことを奇跡だと名乗った。なら勝ち筋もあるのではないか。

(不可能です!彼はもう、あなたを殺す運命の筋に完全に乗った!)

どの選択を選んでも、ドラッド=ファーベ=アレイは死ぬ。唯一出来るのは、意識を生かすことのみ。

(運命だと?なんだ、それは!)

(“復讐”は、目的にたどり着くための運命を引き寄せさせる魔法です!今の私のように!)


シーヌは、“仇に絶望と死を”与えるための最短の選択肢を与えられる。つまり、彼の魔法はある意味において未来を決める魔法だ。

 ドラッドは歯噛みする。もう逃げ場は少ない。技量の全霊をもってしても、あと十合打ち合えば負ける。

(どうすれば生き残れる!)

この敗北の怒りは、次に晴らす。そう決意してどうするべきかの指示を仰ぐ。


(防御に失敗したふりをして、うまくそこの気絶した男に手をついて!)

そうして、ドラッドの全身全霊をかけた生き残るための魔法が始まった。




(その殺人は何にもならん)

オデイア=ゴノリック=ディーダが元シキノ傭兵団だと知った時にシーヌが復讐を果たそうとして、久しぶりに“奇跡”が語った。


 あれは復讐。シーヌが果たそうとしているそれと関係ないものに、余計な労力を使わせないように、“復讐”は彼の行動を操作した。

(対象でもないものに能力を使わないようにしたんじゃなくて、存在意義にかかわることだったんだろうけれど)

復讐相手でもないのに復讐などできない。それはただの殺人だ。

 “奇跡”はそれを嫌ったのだと、ずっとシーヌは思っていた。実態はそんなきれいな話でもなかったのだと、今ならわかる。


(もちろん、彼を殺したところで復讐にはならなかった。けど凍傷の魔剣士を殺さなかった理由は、このためだろうな。)

先ほどから示されている、ドラッドを最短で追い詰めるための手段。そのすべてが、かなり高い技術を要求していた。魔法だけではない。体捌き、跳躍の位置や着地の位置まで、奇跡の指示に従うだけで戦うなら決してできなかっただろうことを要求してくる。

 今になって、チェガの父にドラッドの情報をかなり前からもらっていてよかった、と思った。




「シーヌ。兄貴と戦うなら、防御や回避の対策もしっかりと練っておけ。」

「なぜさ?ドラッドの魔法は“無傷”なんだろう?」

「いや、兄貴はそれを公表したことはない。戦ったことのある他のやつらは大概もう死んでいるし。」

「?公表したことがないからなんなのさ?」

「基本的に、兄貴に傷をつけられるやつがいないことは知られていない。知られていないなら、知られないうちに敵を倒しちゃうほうが合理的だろう?」


意味がこの時、シーヌにはよくわからなかった。

「兄貴は自分に傷を与えられないことを隠すために、攻撃事態が当てられないように工夫している。その耐久力もだが、その戦闘力も高いぞ。」

そう言って近接戦闘も学ぶように勧められた。ドラッドを倒すためには必要なことだと言われた。あの時のセリフが今ならわかる。


 未来の選択肢を選び取って、確実に倒せる道を進んでいて。それでも、ドラッドを確実に倒すまでにあと数手、必要だ。

(“復讐”の奇跡があってなお、これだけかかるのか。)

恨みを、あの日の絶望を込めた焔がドラッドの頬をとらえて、そこを焼きただれさせる。痛みで顔をしかめたそいつが、ようやく集中力を切らしたかのようにグラリとよろめく。


 蔓を伸ばしてその足を絡めとった。膝をついたドラッドの片手が、奴が動きを封じた傭兵の背に触れる。

「ようやく、この時が来たんだ。」

あの日の怒り、恨みを忘れて、一瞬素の自分自身に戻ってシーヌは言う。

「義兄さん、騎士団のみんな。みんなの仇を、ようやく討つよ。」

そんなことをしなくてもいい!そういう叫びが聞こえた気がした。ああ、そうだろうね、と心の中で答える。


 死んだ者が祈るのは、きっと生き残った者の幸せだ。自分たちの幸せが為せなかった分、それをシーヌに託すだろう。

 とどめを刺す前の一瞬。その一瞬で、これまでの人生で感じてきた様々な想いが思い浮かぶ。

(みんなが僕の幸せを願ってくれたのなら)

ティキに会えたのは、彼らが死してなお起こした奇跡なのかもしれない。恋をするという、彼には許されないような幸せを得た。


 恋する想い人と結婚できるという、夢のような幸せも得た。

(もう、戻れない。)

振り返って、ティキを探す。これからシーヌは、ただ復讐のために生きる鬼に成り下がる。


 最後に一度、人としての人生を捨てる前にティキの姿を焼き付けておきたかった。

 正面ではドラッドが、最後のあがきのためかすさまじい集中力を集めている。もし防御に割いている魔法力のすべてを攻撃に割いたら、彼なら村の一つや二つ、吹き飛ばせるだろう。

「……いない?」

ティキがいない。ああ、神はシーヌの最後の幸せすらも否定したか。

 ザシュ、という音がシーヌの背から聞こえた。何かの首が落ちる音。何かの首から、血が噴き出す音。

「シーヌ。」

後ろに、ドラッドの正面に、ガラフ傭兵団が使うナイフ、血が滴るそれを下げた、ティキが立っていた。




「あのガキが復讐の道に落ちない方法なんてものはない。というよりも、もうすでに落ちていやがる。」

ガラフはティキにそう伝えた。

「あいつは人の皮を纏った復讐鬼だ。だが、まだ人でもある。」

ティキは、自分の役目がその最後の人の部分を、鬼にしないことだと理解した。

「どうすればいい?」


「シーヌが鬼でも自分はそこにいると伝えればいい。口で言っても信じられないなら、行動で示せばいい。」

ガラフは目の前の小娘の覚悟に感心する。普通、あのガキを見て一緒に居続けようと思えるやつはいない。

(流石は、奇跡能力者だ。)

ガラフが過去に発動させた奇跡を、今は失った、その恩恵。ガラフはほかの奇跡能力者を感づくことができる。


(つうか、こんなにポンポン、奇跡って使えないはずなんだが。なんでこんな周りに居やがる?)

シーヌは理解できなくもない。『歯止めなき暴虐事件』の舞台の街クロウは、奇跡を起こす方法を研究し、その成果が出ることを恐れて世界中が、各国最強の騎士団と超優秀な傭兵を集めてまで滅ぼした街だ。

 あそこまで復讐にのめりこむのなら、クロウの街で相当怒りを覚えたのだろう。元々精神を鍛えて、奇跡を得るための素地は作っていたのだろう。

 決して自分では倒せないと判断したドラッドを傷つけたのは、十年前のシーヌだという。そのころから奇跡を使えて、今なお復讐の念が衰えないとは、いったいどれほど深い怒りを覚えているのか。


 この小娘とドラッドが奇跡を使えるのは意外だった。正直、奇跡というのは意志の強さという一事で操れるようにはならない。

「俺のは“生存”。生き残りたいという本能と、仲間とともにという願いがあって発動した。」

「小僧のは“復讐”。許せない、殺してやるという想いが奇跡を起こしている。」

なら、ドラッドはそれに足るだけの何かを思っているのだろうか。自分のあの日の絶望感や、小僧のあの日の怒りに匹敵する何かを、今感じているのだろうか?

「行ってくる。」

ティキが歩き出した。


「おお、行ってこい……ってどこに行く!」

「“不感知”。」

ティキが、シーヌと同じように“非存在”の夫と同じ魔法概念を行使した。ありえない!という叫びを辛うじて飲み込む。

「何しに……行くんだ?」

ガラフは、正直シーヌを鬼に堕とさない方法を思いついてはいない。しかし、ティキは方法論を聞いただけで行動を始めてしまった。

「わからないのですか?ガラフさん、あなた、愛する人がいませんね?」

「わかりやすいだろう。あいつがやるのはとっても簡単なことだぞ?」

ファリナ、デリアともに戦場に目を移す。もうドラッドは動けない。奇跡に覚醒しても、手遅れだったらしい。


 小僧がティキを探してこちらを見た。その目を見て、こいつが自分を知っていたことを、初めて知った。

「え?」

ドラッドの首が、シーヌが何もしていないのに、落ちた。




 ティキがシーヌの隣に立つためにできることは、ティキが隣に居続ける決意を、シーヌの目に見える形で証明すること。

 精神力、想念の暴風に飛び込んだティキは、シーヌに最後にあがきをしようとしていたドラッドの首にナイフを当てて、綺麗に斬りおとした。


 これで、シーヌの復讐は、ティキも手伝った。ティキが肩代わりした。

 彼の道、復讐の道を共に歩むために、ティキはシーヌの最後に仕事を自分の手で行うことで証明した。

「私は、シーヌと一緒に行くよ。それが復讐の、安寧のない道だとしても。」

「でも。それは!」

「私は、ティキ=アツーア=ブラウだよ、シーヌ=ヒンメル=ブラウ。あなたの、妻なんだよ?」

結婚した。ブラウという姓を決めた。シーヌは一生、ブラウの名前、ティキという妻に縛られる。

「あなたの復讐に反対はしない。一緒にやる。だからほら、連れて行って?」


否定をしない。シーヌがどれだけ醜くても、どれだけ危険な道を歩んでも、彼女はシーヌについていく。

「ああ、それは……。」

嬉しい、そう素直にシーヌは思う。恋をして、その人と結婚するという贅沢まで得た。それだけではなく、一生ちゃんと夫婦でいてくれるという、“奇跡”が起こるとは。

「ありがとう、ティキ。」

シーヌはティキを、初めて抱き寄せて、抱きしめる。もう彼は、復讐に生きても復讐だけに生きることが許されない。


 ヒトの部分を消滅させて、ただ一つの復讐鬼として生きられない。

 それは、シーヌにとって救いだった。

「ありがとう、ありがとう。」

しばらくして、シーヌはティキを抱きしめたまま涙を流し始めた。


次の投稿は金曜日です。

まだ区切りじゃないよ、です。

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