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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
189/314

災厄の姉弟

 決して、大事に思ってはならない弟。

 ピオーネ=グディーにとって、マルス=グディーとはそう言った人間だったことは、紛れもない事実である。

 可愛い弟に違いなかった。かけがえのない肉親に違いなかった。喪いたくないものに、違いなかった。

 だが、それを心で感じ、愛したいと願っても、それを心からすることは、ピオーネには許されていなかった。


 理由は、簡単である。ピオーネは、次期女帝であることが確定していた。 

 王配という制度が存在しない……生涯にわたって処女であることが義務付けられているピオーネという女性の身分にとって、マルス=グディーは紛れもなく男であり、距離を取るべき対象だった。

 この世界に、近親婚は忌むべきものであるという概念は、ある。実の姉弟の結婚など論外、肉体関係など以ての外である。

 だからと言って、前例がないわけではなく……特に、冒険者組合に関わりのある上位の貴族に至っては、血脈婚が(暗黙の了解として)存在するのだ。


 ピオーネはマルスを心から愛することを禁止された。それがたとえただの兄弟愛であっても、だ。

 だがしかし、ピオーネにはあるミッションも課せられた。マルスがピオーネに、その生涯を捧げるほどに、ピオーネを愛させるというミッションだ。

 当時10に満たなかったピオーネは……そのころから、そのミッションに対して、非常に忠実だったと言えるだろう。




 弟は、ピオーネと再会するために、旅立った。旅立ち、そして、先日、死んだ。

「私は、弟を、愛してはならなかった。」

何度、何度彼女はその言葉を心の中で呟いたか。

 ひたむきに愛情を向ける弟を見て、その顔に笑みを浮かばせながら、何度心の中でこれが演技だと言い聞かせ続けただろうか。


 アストラストにいて、次々と書類を捌き、軍の指揮官として活躍し続けながら、ピオーネは何度、マルスの活躍を耳に挟んだだろう。

「それでも私は、その活躍を、『そうか』の一言で済まさなければならなかった。」

彼女は、弟を、愛していた。愛している。

 だが、ピオーネ=グディーの立場では、それを一瞬たりとも、本気に見せるわけにはいかない。


 弟を愛しながら、弟を愛する演技をし、本心では愛していないと周りに言い、実際愛していない、気にも留めないように心がける。

 そんなどう考えても無茶としか言えない狂気の命令は、それでも、ピオーネにとって『出来ること』でしかなく。

 結果として、彼女は心に盛大すぎるほど大きなゆがみを抱えたまま、生き続けることになり……マルスの旅立ちの後、現女帝から、聞きたくない事実を、聞かされた。




 飛びかかって、矢の先端を突き刺すようにシーヌに押し付けたピオーネは、はじきとばされたことで冷静に帰る。

 ピオーネ=グディーは優秀だ。シーヌ=アニャーラの出身、彼がここにいる理由、その経緯を含めてまで……おおよそ確実に、推測した。

「シーヌ=アニャーラ……“奇跡”。復讐に特化した“奇跡”持ちか。」

その言葉に、シーヌは追撃しようとしていた手をピタリと止める。

「そう驚くこともあるまい?弟も、“奇跡”を持っていたのだから。」

何を。シーヌは驚いたように目を見開き、体を硬直させる。


 理解できないのはティキも同様だった。“奇跡”をマルスが持っていたのならば、シーヌとマルスの争いは、もう少し大きなものであったはずで、また、マルスがシーヌに数合程度でやられるわけがないのだから。

「弟の魔法概念“奇跡”は。その区分を“姉弟愛”、冠された名を、“我が姉に全てを捧ぐ”と言ってね。」

ピオーネは呟いた。呟いて、おかしい、という表情をするシーヌとティキに、揶揄うような笑みを見せた。


「可笑しいだろう?その“奇跡”があったのに、なぜマルスが私の隣にいなかったのか、と?」

実際彼は、優れた戦果を挙げていた。世界でも有数の傭兵となっていた。

 アストラストに呼び寄せるに十二分な戦果をあげておきながら、彼をアストラストへと入れなかったのは、ピオーネの決断に他ならない。


 “奇跡”の名は、本人以外にはわからない。“奇跡”とは、その人にとって人生そのものと呼べるものだ。言い換えるならば、他人が“奇跡”を知るためには、他人がその人に完全になり切らなければならない。

 考え方も、人生も、価値観も、想いの強さまで。


 そして、それを出来る人間など、存在しない。

 “奇跡”を得られるだけの想いの強さなど、模倣でどうこうできるものではないからだ。

「私は、アストラストの女帝は、みな“未来予見”を持つ。……そして、女帝になるまでに、ある“奇跡”を習得する。」

アストラストの女帝になるということは、そういうことだとピオーネは言った。

「その区分が“愛情”。冠された名は、“我ぞ国母”。」

滅私奉公など以ての外、“奇跡”は己だけのものであるべきだ。そう主張するティキの表情が、歪む。

「国民の“三念”や“奇跡”について、把握出来る“奇跡”……。それによって把握された、弟の力は、私にとって、怖かった。」


 正確には、その“奇跡”は、おおよその国民の営みについて把握できるものでしかない。為政者として……『女帝という巨大な為政者』という自負あるいはそれになるという確信があって、初めて目覚める能力。

 だが、国民の営みにあっても“三念”や“奇跡”というものは強大だ。見たくなくても見えてしまう。空を見上げれば無数の星の中で、一等輝く月が視界に入るように。“奇跡”の輝きは、それほど、強い。


 そして、弟の能力を知ったがために、姉は弟を近づけないよう、決してアストラストに入れなかった。

「マルスの“奇跡”は、私と会って、私と生きるための“奇跡”……ではない。私のために、『命を捨てる』ほどの“奇跡”だった。」

だからこそ、彼女は言う


「私が彼の想いを受け入れなければ、彼の“奇跡”、彼の“願い”が実を結ぶことは、決してない。」

出来たら自分を忘れて生きていてほしかった。生きていて、欲しかった。

 “未来予見”で得た予測をもとに、彼が死なないよう、クロウでも力を貸した。

 だが、マルスは決して、ピオーネのために生きるというその考えを変えることが、なかった。


「問題が、ありました。」

ピオーネは、呟くように、言った。

「アレイティアの天才よ。私はあなたほど決断に満ちても、自由に焦がれてもいなかった。」

アレイティアの天才。ティキ=ブラウでも、冒険者組合員でもなく、ティキを指したうえで、アレイティアの天才と、ピオーネは呼んだ。

「私は貴族の義務を嫌って家から出られたあなたと違った。私はあくまで、アストラストの女帝候補だった。」

 ピオーネが言葉を紡ぎ続ける。それを、シーヌは、ティキは、黙って聞き続けた。


「姉のために、私のために全てを捨てられるマルスが、私が女帝として生きることを嫌がっていると知れば、どうなるか。私は予想がついていた。」

「嫌だったのですか?」

「嫌であることと、受け入れることは違う。嫌な運命でも、私は女帝として、優秀な為政者として、生きる覚悟は出来ている。」

たとえやりたくないことでも、受け入れることが出来る。覚悟の重さ、それもまた、ピオーネの人生と、“奇跡”を得るだけの理由と、いえた。


 そして、嫌だと思っていても義務を為そうとする姉の側に、姉のために全てを捧げようとする弟がいたのなら。彼が、姉の女帝としての生涯を嫌だと感じていると知ったのならば。

「マルスは私を攫うでしょう。マルスは私を逃がすでしょう。そして私は、きっと、喜ぶでしょう。」

そして何より、マルスの“奇跡”は、それを成し遂げてしまうでしょう。そう呟いたピオーネは、だから、というように続けた。

「マルスが死んだ今なら、問題はない。問題ないのです、マルス。」

ぞっと、シーヌとティキの背中に、冷たいものが走った。

「先人は言った。死ねばただの屍だと。」

事実だろうという想いを残して、ピオーネは呟く。


 そして、問いかけるように、続けた。

「“残留思念”による、魔法の後出し。よほどの強い想いや執念がないと技術化できない魔法理論が、ありますね?」

それは、講義だった。同時に、二人が恐れるほどの、革新的、異常的な理論だった。

「では、“奇跡”にまで昇華されながら、ただ一度たりとも果たされなかった無念は、いったいどこへ去るのでしょう?」

ピオーネの横から現れた謎の黒い靄が、夜闇を吸い取るように形を成して、瞬く間に色づいた。

「紹介しましょう。マルス=グディー……私の、弟です。」


 姉の側にいたい。姉の力になりたい。

 その想いは死してなお、彼女の側に現れた。

「死ねば、その肉体はただの屍。しかし、その想いまでが完全に消え去るわけではない。」

それは、ピオーネにとって大きな博打だった。死んでなお、弟が自分を助けてくれるのかなど、ピオーネにはわからなかった。


 ピオーネはいまだ、“奇跡”を持たない。

 だが、それでも。ピオーネは、己を愛する弟の、その執念を信じた。

「これで、数的有利は消えた。地力の差はいかんともし難いが……どうする?」

剣を抜いた弟と、弓を構えた姉にシーヌは顔を歪めると……

「行ってくる。」

ただ一言、ティキにそう告げた。

「行ってらっしゃい。」

ティキも一言、そう告げて……主戦場の数的不利を覆すために動き出す。


 大国アストラストとの戦争は、既に佳境に入っていた。


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