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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
188/314

姉と母と

 クロウ崩壊の日。

 『歯止めなき暴虐事件』の最中。

 ピオーネ=グディーは、アストラスト軍数名を率いて、クロウの人々を虐殺していた。


 ピオーネに、戦の理由はわかっていなかった。

 彼女が感じていたのは、ただそうしなければという義務感のみだった。

 研究所から火の手が上がったのを見た時点で、彼女は、いや、彼女たち『クロウ侵攻軍』は、撤退してもよかった。撤退するべきだった。

 なのに、何故だろう。彼女はクロウの人々を殺すべきだと考え、率先して無辜の民に手を出した。


 そうだ。アストラストで出征していた軍は、たった一万程度だったはず。

 クロウへの進軍で、戦争で、一万いた兵士はたったの四千までその数を減らしていた。

 あの時、どうして兵士を撤退させなかったのか、民を討ったのか。その理由についてはおそらく察してはいるものの、それも含めて彼女自身の失態だと、ピオーネは考えている。


 弓を引いて、放つ。あの作業があれほどまで茫洋とした意識の中で行われたことは、なかっただろう。

 弟を助けるため、弟が戦ったクロウの“守護神”マルス=ノア=アルデルに矢を射放った時の、必死の緊張感とは比べ物にならない、己の意志のない矢だったと感じる。

 それでもそこに、『殺す』という意志だけは存分に込められていて、だからこそ、虐殺劇は彼女一人で行われているようなものだった。


 クロウの民は、民一人一人に至るまで、正規の軍の兵士たちより強かった。強い意志を持って、絶望せずに生き延びようとする魔法使いの軍団。ピオーネのような強者たちでなければ、虐殺など起こせないような、ある意味“神の住み給う山”の神獣たちより恐ろしい、化け物たちの住まう山。


 そこで彼女は、淡々と、淡々と。ドラッドが勝負を楽しむのを感じながら、ガレットが歓喜に身を震わせるのを感じながら、ケイが迷い続けるのを感じながら。彼女はまるで感情の失せた孤児のように、淡々と矢を引き絞っては放っていた。


 そんな機械的な戦いの中で。

「報告しま、ぐわッ!」

目の前で、それまで一番大事にしていた、己の副官が死んだ。

 育ててきた、優れた軍師だった。だが、死んだ。

「あら、あなたがこの軍の指揮官かしら?お相手させていただきますね?」

次の瞬間、猛烈な勢いで迫ってきた木の棒が、彼女の意識を完全に目覚めさせた。




 そう。ピオーネは思い返す。

 それまで実感として胸に抱くことを避け、なんとしても封じ込めていた、弟マルスへの愛情。

 今ピオーネが自覚しているそれは、自覚するだけの理由があった。自覚させられるだけの言葉があった。

「お前の母を、恨んでいる。」

ピオーネはマルスと戦うシーヌの隙を伺いながら、誰にも聞こえないように、呟いた。

「お前たちを殺す理由も憎む理由も、あの虐殺をしている最中まではなかったがな。今は、お前たちクロウの人間を、お前の母を、恨んでいる。」

そう言って、彼女は再び回顧に潜る。それが憎むものであるからこそ、その時の感情は、ピオーネにとって多きな力となるはずだった。




 木の棒。しかし、よく見ると、ただの木の棒ではない。

 物干し竿によく……と思えば、本当に物干し竿である。

「何者だ?……いや。死ね!」

まず、誰何。しかし、よく考えると誰何しても意味がないと判断し、矢を放つ。

「あら?脳筋はダメですわ?ちゃんと人の名前くらい、知っておかないと。」

木の棒を振り回し、矢を弾いてから、女が言う。

「私、マルディナ=アルプ=アニャーラと言いますの。よろしくお願いしますわ?」

いかにも非力そうな女が、ただの木の棒を構えて、ピオーネの前に立っていた。


 非力そうな女。その印象を、ピオーネは即座に改めた。

 この女は強い。しかし、戦闘訓練を積んだような強さではなかった。

 どう考えても戦闘は素人。しかし、素人とは考えられないほどの戦闘能力。その腕から振るわれる棒の速度も威力も、ピオーネの命を刈り取るには十分な威力を秘めていた。

「なんとも、これは!」

魔法。それは、意志の強さで威力が上がる。

 その威力強化をすべて棒の振り回しに使ったら。この女のように、簡単に人の命を奪えるような強さになりうる。


 ピオーネは警戒を緩めず、されどもそこまで脅威とせずにその女と向き合っていた。

「本職ではない戦闘家には、さすがに負けない。」

「そうですか?無理だと思いますわ?」

振りぬかれた棒を避け、逆に放った矢が肩口を掠る。

「子供たちは生かしたいの。だから、存分に振り回されて頂戴ね?」

まだシーヌは兄と会うことすらしていない。その日虐殺が始まって、まだ時間にして二時間ほど……兵士はいなくとも、虐殺が始まっていようとも。住民の決死の抵抗が、まだ意味を為している時間だった。




 そして、時間にしてさらに30分。無傷のピオーネと満身創痍のマルディナという構図は、完全に出来上がっていた。シーヌとギュレイは既に再会し、ギュレイはドラッドに討ち果たされている。

「まだ、戦うのですか。」

「当たり前ですわ。なぜなら……まだ、息子が、その友人が、どこかで生きていますもの。」

いつ死んでもおかしくないような出血量。しかし、気丈に立って、どころか息を切らせる様子すら見せずに、女は言ってのける。

「教えてあげます。……母は、強いのですのよ?」

「もう十分に、味わった、よ!」

「愛情を心の底に封じ込めようと苦心しているようでは、まだまだ味わったとは言えませんわね?」

身体が、硬直したかと、思った。いや、実際、していただろう。


 母の強さを謳うその女は、その隙を見逃さなかった。

「ピオーネ=グディーと申しましたわね。あなたは、哀れですわ?」

わき腹を全力でうち飛ばし、ピオーネを吹き飛ばしながらその女は言う。

「愛。それが清いものであれ醜いものであれ、人に強さを与える、人の想いになります。それを持つことを悪いことだと言い聞かせているような人では、母に勝つことなど出来ません。」

彼女は追撃を仕掛けながら、彼女の心に抉りこませるように言葉を被せる。


 ピオーネの心、決して自覚しないように蓋をし続けた弟への姉弟愛。見透かされている理由は全く理解できず、関係性を知られていることがおかしいとすら感じられず……しかしピオーネは、『これ以上は不味い』といおう直感から、追撃の手から逃げる。

「黙れ……黙っていろ!!」

鈍器のように弓を振るって、振り下ろされていた棒を叩き返す。流れるように矢を引き抜き、槍のように目をめがけて突き出す。


 満身創痍の女は、それでも、右耳を犠牲に回避してのけて、言った。

「人は決して、自分を騙し続けることは出来ません事よ?」

耳から血が流れるのを気にも留めず、回避するために半回転した勢いそのままに棒をあてに来る。


 弓の端で棒を弾き上げながら、矢をつがえ、流れるように発射体勢へと移り、放つ。

 女は、それを回避することは出来なかった。まともに右の胸を矢が貫く。

「あなたが心から幸せになってほしい人は、『誰』?」

それでも、彼女が戦う母が折れることはなく。

「あなたは……なぜ」

マルスの姿を鮮明に思い描いてしまったピオーネが、問う。


 マルディナはその言葉の意味を間違えることなく受け止めて、言った。

「あなたの心のひずみくらいは、わかるわ。そんな苦しそうな戦い方を、していたのだから。」

多かれ少なかれ、クロウに攻めてきた敵の、多くの大将の心の形は、何か歪んでいるように、見えた。マルディナはそう話し。

「あなたの心の歪みは、べつの歪みの自覚で、強制的に解除することが出来そうだった。あたしがやったのは、それだけだよ。」

“洗脳の聖女”ユミル=ファリナ。その単語が、その名前が、ピオーネの頭に思い浮かび、消えた。


 ピオーネが聞きたかったのは、そういう言葉ではない。どうしてピオーネの感情の歪みを知ったのか、だ。

 だが、おそらく、わかっていた。彼女のさっきの言葉は、答えではないようでいて、遠回しな答えだった。

 『心の形を見ることが出来る』ことがマルディナの“三念”なのだろう。そして、元々歪んでいた心をさらに歪められていたピオーネの、根っこの歪みを治すことで、後からついた歪みを矯正した、と。


 ならば、もう一つ。大きな疑問が湧いてくる。

「なぜ、お前は……。」

ピオーネが虫の息の彼女を見たとき、マルディナはすでにその瞳を閉じ始めていて。

「ああ。……シーヌ、幸せに、生き、て……。」

その言葉と共に。母は命を燃やし尽くして。


 ピオーネは、なぜか沸々と怒りが湧いてくるのを感じていた。

 当然だ。この女は、ピオーネの歪みを矯正し、“洗脳”を解いた。それによってピオーネは、実感したくなかったマルスへの愛情を自覚し、そして、この戦場の無意味さを自覚したのだから。

「全軍、撤退に移れ。」

決死の抵抗によって半数以上が討ち取られた、アストラスト軍。彼女はその犠牲者の数とその命令責任を己に向け責めながら、ポツリと呟いた。

「あの女、息子を生かすためだけに一つの軍を引かせやがった。」

結局。自分が戦い続けることが、この街の崩壊をどれだけ早めるのかはピオーネ自身もわかっていて。


 ピオーネに分かっている事実を、マルディナもよく理解していた。ただ、マルディナはその上で、『撤退させられる指揮官』の『弱点』を見抜き、突いてきた、というだけだった。

「く、そ、がぁぁぁぁ!!」

叫ぶ。何か心が折れた気がした。それくらい、マルディナはやってはいけないことをやった。


 憎い。この時初めて、ピオーネは人を憎んだかもしれない。しかし、軍の責任者であるピオーネには、やること……やらなければならないことがあって。

「アニャーラ……もしも会うことがあったなら、絶対に殺してやる。」

逆恨みとはいえ……その想いは、“未来予見”や“修正”と違って彼女自身の想いである分、非常に強くて。




 しかしこの後。クロウの人間は一人残らず死に絶えたと、ピオーネは聞いた。

 マルディナが必死に守りたかった、生き残したかったガキも死んだもの。あいつの奮戦は意味がなかった。

 感情の向け場を失ったピオーネは、そう言って大笑した。大笑する以外、感情の発露の仕方が、わからなかった。


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