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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
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三大国の動向

 アストラストは、すぐさま攻撃準備を始めた。

 とはいえ、20万を擁する大軍である。そして、三大国の中で唯一、左右を大国に挟まれた立地に陣を敷いている。


 未だにアストラスト軍がほぼ無傷で戦えている理由は、二つあった。一つは、この戦争の勝利条件にアストラスト軍の殲滅がないこと……“神の住み給う山”を占領すれば勝つという条件であったこと。

 占領すべき“神の住み給う山”には小国家たちが同盟を結んで立て籠もり、手痛いダメージを与え続けている。彼らを追い出さなければ、“神の住み給う山”を占領できない。結果、両国ともアストラストとの戦争に全力を傾けることはない。


 次に、ブランディカ、グディネ両国ともに同盟を結ぶ気が一切ないということ。

 両国、いや、アストラスト含めた三国は、互いが互いを呑みこむためにこの“神の住み給う山”の利権を争っているのだ。互いを出し抜こうとはしても、手を結ぼうとすることはない。


 あるいは、“神の愛し子”が死んで後半年あれば、どちらかが一時的な同盟を結ぶ話を出したかもしれない。だが、三国ともに“神の愛し子”が死んだという報を聞いて一月以内に軍を差し向けている。

 まだ、自力で敵対する二国を出し抜こうとする時期のはずだった。


 だが、それにも例外はある。例えば、両国に挟まれたアストラストが、“神の住み給う山”に進軍する、その瞬間。

 兆候を読み取り、進軍を開始した横っ腹を叩かれたら、アストラストもただではいられない。


 だから、ピオーネは極力静かに、悟られないように進軍の準備を重ねた。

 アストラストの誇る軍隊は、騎馬と超長距離弓兵だ。そしてそれは、山という環境にあっては非常に相性が悪い。

 電撃戦をするにも、道なき道を駆け上れる騎馬はいない。仮にいたとしても、それにうまく乗り続けられる騎手もいない。


 ピオーネが取ることが出来る手段はただ一つ。

 駆け上れる限界まで馬で進み、その後馬を放置して走り込み、狩人用の弓で戦うことだ。

 短剣の遣い手を選んだ。騎馬の中でも特に脚の速い馬を選んだ。弓兵の中でも、判断能力に優れた兵士を選んだ。

「全軍、用意は、いいな?」

ゆえに、進軍を決定し、準備を整え切るまでに、3日の時間を必要とした。


 3日。3日もあれば、ブランディカは進軍の用意を整えられる。

 3日。3日あれば、バルデス=エンゲはアストラストの動向がギリギリ見える近くに軍を潜ませ、機を伺うことが出来る。


 アストラストは知らなかった。ブランディカ軍が、既に互いの間に敷かれた数多の罠を解除しきっていることなど。

 ピオーネは知らなかった。きちんと“神の住み給う山”に帰ることが出来る程度まで痛めつけた使者が、すでにブランディカ軍に捕まり、自分たちが進軍するという情報を得ていることを。


 ピオーネは、知らなかった。ブランディカ軍がアストラストに進軍するときに三日もかかった理由は、罠に足を取られて動きづらかったことが大半を占めるということを。それさえなければ、いかに鎧を着た兵士たちであろうとも、一日と少しあれば自陣までたどり着けるということを。

 何より、ピオーネは、知らなかった。相対する、ティキ=ブラウという人間を。彼女が、その夫が、たった二人で彼らを包囲殲滅しようとしているという、その無茶と自信を。

「では、全軍……突撃!」

馬蹄の音を響かせて、ピオーネ=グディーは、約二万の兵士と共に、死地へと赴いた。




 新生グディネ竜帝国、“神の住み給う山”占領軍指揮官、“群竜の王”ビデール=ノア=グリデイが戦況の変化を肌で感じ取ったのは、ピオーネが進軍を開始した、その瞬間であった。

 彼らは多くの斥候を放っている。しかし、ピオーネが動いたという報を彼は斥候から受けていない。

「ピオーネは随分とうまくやった、ということだな、忌々しい。」

さらっと、そうさらっとビデールは告げると、本当に忌々し気に空を見る。

「負ける可能性は高い、か……。」

ここまでの流れをおよそ掴んで、ビデールは独り言ちる。


 そもそも、アストラストが動いたということ自体がビデールの将帥としての勘に他ならない。それでもアストラストが動いたとなれば、大局的に物事を見ればいろいろと見えてくるものはあるが……。

「もし仮に奴らが“神の住み給う山”を奪ったとして、ただで奪わせるのも癪だな。」

そう言うと、夜遅いのにも関わらず立ち上がり、五百名ほどを呼び出して言った。

「飛竜に乗ってアストラストの陣地を襲え。死ぬかもしれぬ。決死隊である。」

そこまで言って、軽く目を伏せて見せ、続けた。

「覚悟のあるものは、向かえ。覚悟のないものは向かわなくても構わぬ。」

そう言って、すぐさま彼らに背を向けた。


 ビデールは、彼らが死地に……アストラストに赴くことを理解してその命令を発している。

 グディネにおいて、飛竜部隊とは誰にでも気軽に乗れる、甘い部隊を指すものではない。多くの兵士は国に徴兵されたただの農民であることが多い中で、軍に生涯就職したものたちを職業軍人という。

 その職業軍人の兵士の中でもとくに、忠誠心と能力が高いものだけが飛竜部隊になれる。その意味は、決して安いものではない。


 飛竜部隊は決死隊と聞いても、死ぬかもしれないと言っても怯えない。国のために命を捨てられるものしか、その役目につくことはない。

 実際、ビデールが背を向けてから一分もしないうちに、飛竜部隊の兵士たちは、飛竜に乗ってアストラストへと羽ばたいていた。

 結論から言って、彼らは数名ほど戦死するものの、ほとんどが生きて帰ってくることになる。




 重い鎧は、大きな鉄の擦れる音を鳴らす。だが、それでも音を極力落とす方法が存在する。

 一番単純にして一番頭の悪い方法は、鎧を脱ぎ、大量の布で包んだうえで木箱に入れ、背負って歩くことである。

 バルデスはそれを敢行した。それをすることで得られるメリットが、他のリスクをすべて帳消しにした。


 バルデスの任務は、ピオーネのいないアストラスト軍の蹂躙である。そのために取った手段は、長弓隊の天敵である重装兵部隊で、三方向から囲みこみ、叩くという手段である。

 そのために、重装兵たちは自分よりも重い鎧を背負って走ることになった。もしも斥候に見つかれば、その斥候を殺せばいい……バルデスのそんな穴だらけの計画によって行われた強襲準備は、実にあっさりと準備を終えた。


 ピオーネは、斥候を周囲に出していなかった。いや、周囲に斥候を出すような、そんな余裕は存在していなかった。

 “神の住み給う山”に進軍するために、極力静かに行動を決定した。しばらくは近隣にしっかりと斥候を出し、周囲の変化を察知できるよう、全力を尽くしてはいたのだ。

 だが、3日目。進軍当日ともなると、さすがに話は変わってくる。ピオーネが進軍の準備にかかりきりになり、周囲の警戒をする兵士を出すのはピオーネ以外の将校になってくる。


 それと多少関連する話であるが、軍の斥候とは、自分で考え、自分で行動することを是とはしない。

 正確には、それだけの学がある兵士平民の存在を、国が是としない。ゆえに斥候は、将校の指示を受け、定められたルートを回るように徘徊する。そうして見つけた異変や異常を報告するのが、斥候の仕事である。

 そして、その指示を出すのはピオーネだ。経験があり、知識があり、武威があり、何より“未来予見”を持つ彼女が出す斥候は、非常にいい精度で情報を持ち帰る。それは、ピオーネが他の将校より優れているからに他ならない。


 彼女が指揮権を握った軍を相手にブランディカのメラーゼやバルデス、グディネのビデールが直接対決をするとき、まず考えなければならないのが、いかにピオーネの放つ斥候に見つからないか、出し抜けるかということだ。

 だが言い換えると、圧倒的に優れたピオーネ以外が出す斥候の裏くらいは、メラーゼやビデールも出し抜けるということである。そして、ブランディカ軍を指揮するバルデスもまた、同様であった。


 彼のあっさりとした包囲殲滅戦の用意は、そういう背景あってである。

「さて。出たな、ピオーネは。」

アストラスト軍の空気が弛緩したのを察知した。強烈なカリスマを持つ指揮官の欠如、それはアストラスト軍、特に指揮官階級の将校にとって、数少ない息をつける瞬間であり……

「鎧を着ろ。二つ空砲が鳴れば、蹂躙を開始する。」

おおよそ、30分。重鎧を木箱から出し着るまでにかかる時間をそれくらいだと計算しつつ、バルデスは敵から目を離さない。


 たとえそれが、あくまで影が見えるかどうかというレベルであったとしても、バルデスにはとても長い時間に感じる、貴重な30分だ。

「さて、小国家は、どうやって勝ってくるのだろうね?」

面白そうに呟きながら……30分後、彼は魔法で大きな拍手音を二回響かせ、アストラストへと突撃した。


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