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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
185/314

使者はブランディカへ

 鞭で50回も叩かれた使者は、手紙の返答をもってアストラストの陣を発った。

 背中が痛い。歩く振動で脳が揺れる。

 貧血で頭はフラフラと、しかし手紙は無事、自陣に届けなければならない。

「ブランディカに、」

取られないように。そう続けようとした使者の視界に、一人の男……ブランディカから使者をつけていた追跡者が、迫っていた。

「なんだ、大丈夫か?」

と、あたかも全力で心配しているような声を上げて。


 使者は、その声を聴き、薄れた視界の隅に移ったブランディカの紋章を見て、焦った。

 アストラストに来るまで、ずっと、ブランディカの奴らに殺されないかと心配していた。恐れていたから必死に走った。

 痛みに朦朧とした頭でも、全力疾走していた時に感じ続けた恐怖は、忘れていない。

「う、わぁぁぁぁ!!」

走りだした。叫び声をあげたつもりだったが、掠れたような声しか出なかった。

 二歩、三歩と進んだはずだが、あまり周りの景色は変わらなかった。

 それでも、走った。走って、走って、走って。


 気付けば、落とし穴に、落ちていた。




 右へ左へ。ブランディカ軍総司令、“連合の大壁”メラーゼ=ニスラはその手紙をどう捉えるべきか、頭を回し続けていた。

「宣戦布告、宣戦布告。」

アストラスト……おおよそ、小国家同盟と内通していたのであろうアストラストが、“神の住み給う山”に進軍するという。


 どういうことか、裏切りであるという宣言はない。どころか、本当に宣戦布告なのかすらわからない。

 アストラストの陣から出てきた同盟の使者が持っていた手紙には、間違いなくピオーネ=グディーのものだとわかる筆跡で、数文だけ書いてあった。

 中身も浅く、薄い。


 一つ、手紙の内容はよく読ませてもらったこと。

 一つ、アストラストの勝利とは、“神の住み給う山”の統治権を得るものであること。

 一つ、弟の亡骸を返してもらうため、私的に攻撃を開始すること。


 だが、メラーゼはこれを読んでほとんどが互いの意図を認識した。

 “神の住み給う山”の冒険者組合員は、アストラストに“神の住み給う山”に攻撃されたくないという旨を書いたのであろうこと。

 それを受けたピオーネは、逆に攻め込むのが好機であると見たこと。

 そしておそらく、内々に通じ合っていた二勢力が、堂々と裏切りを宣言するわけにはいかないという国際信用的な問題から、アストラストの問題ではなく、ピオーネ個人の問題にすり替え、侵略を始めようとしていること。


 メラーゼは愚かではない。この時、どういう手段を取るべきか、分かる。

 同時に、これを持ってきた、使者を追跡していた男のことを考えた。

 非常に大きな、違和感があった。何ともいえない、大きな不快感があった。


 まるで、掌で遊ばされているような……と思って、気付いた。思いついた。

「警備のざるさは、そういうことか……!」

追跡者は、使者を追跡させられたのだ。そして使者は、手紙によって鞭打たされたのだ。


 追跡者の役目は、大きな動きがあった時にブランディカに報告することだ。基本二人一組で動く彼らのうち、片一方は任務に従って報告に来た。

 同盟が動いた。結果としてどう動くかを知るためには、使者を追わねばならない。ゆえに、一組のうちの片方は、使者を追った。

 冒険者組合員の目的は、ブランディカの追跡者に使者を追わせること。そして、何も知らない使者をアストラストに甚振らせ、ブランディカに捕まえさせること。


 そのための手段が何だったか、手紙の返事だけでは伺い知れない。使者は全力で走っていたというから、よほどの爆弾をもっていったのか。

 メラーゼには、断片的な情報しかない。だが、断片的な情報でも、情報は情報だ。これからアストラストがどう動くかわかるという、非常に大きな情報だ。


「バルデス。」

「おう、メラーゼ。頭は冷え切ったみてぇだな。」

ほとんど傷の癒えた“破魔の戦士”に、メラーゼははっきりと告げた。

「今から、アストラストに攻撃を仕掛ける。その間、ここにいて、敵軍を締め付けてもらいたい。」

「敵ってぇのは、“神の住み給う山”だな?」

「ああ。前進し続けるだけでいい。十万を超える軍の指揮を、私はお前に期待しない。」

それを聞いて、バルデスは諦めたようにメラーゼを見て、言った。

「お前は、野戦が苦手だろ?」

「だが、お前はまだ完全には傷が……。」

「なぁに、大将のいない軍勢をかき回し、敗北した大軍を壊滅させる。それだけなら、できらぁよ。」


 この国、この軍にいる二人の将。大軍による堅実な護りを売りとするメラーゼと、少数による迅速な殺戮を得意とするバルデス。

「適材適所だ。俺が行く。」

罠は既に、メラーゼの指示によって撤去された。ブランディカ軍とアストラスト軍の間にあるのは、ただただ広い荒野である。

「だが、将を二人、貸してくれ。包囲戦に長けた将を。」

バルデスの頭の中ではすでに、戦術が完成していた。

「何、一人逃さずとは言わねぇけどよ……八割くらいは、削ってやるよ。」

バルデスはそう言って、笑った。




 すべてはティキの思うとおりに動いている。

 使者が走って逃げるとことから、アストラストの鞭打ち、勘違い。

 使者がブランディカに捕まり、アストラストがティキたちに宣戦し、ブランディカがピオーネ=グディーのいないアストラストを攻めるところまで。

 ティキにとってイレギュラーと呼べる事態は何もない。


 ただ一つ、ティキは知らないことがあった。

 そして、シーヌも、ミラも、エルもフェルも。小国家たちの誰一人、そしてブランディカとグディネの将帥たちですら、知らないことがあった。


 その魔法を知るのは、この世界で最初から、ただ二人だけだった。

 アストラストの女帝と、“災厄の巫女”。


 それ以外は、誰も、知らない。なぜか、誰も、知らない。

 ピオーネ=グディーと、その弟マルス=グディー。その二人の関係性を真の意味で理解しているのは、過去、現在すべてを通しても、ピオーネと女帝のみだった。




 使者は再び手紙を握らされ、傷は癒されないままに歩いていた。

 目指すは自陣、クティックがアルゴスの元である。

 しかし、彼の頭の中はぐるぐると行き場のない思考の渦に囚われていた。


 起死回生を狙ったと思わしき手紙は、アストラストの将によって宣戦布告にされてしまった。

 手紙の返事を、自らの将に渡す前にもう一つの敵の手に渡ってしまい、おそらく機密であろう内容を見られてしまった。


 彼は文字が読めないし、もとよりアストラストに届ける予定だった手紙の中身を読む権限はない。一度も手紙を読んでいない。例えば彼がミラやエル、フェルのような政治家の頭脳を持っていたなら、この流れがティキによって仕組まれたものだということを読めていたかもしれない。

 これがアルゴスやブラス、あるいはベリンディスのブレディなら、捕まる前に手紙を燃やしていただろう。

 使者は、ただの一般兵士だ。大国のように手紙を送り届けるための教育を受けた、使者用の一団の一人というわけですらない。


 ゆえに、使者は己の行うべきだったはずの正しい行動がわからなかった。ただ、彼は自分が何かを失敗したと、心の奥で感じていた。

 フラフラの、ボロボロの体を携えて小国家の中、クティックの陣に辿り着いた時、彼は完全に意識を失った。




 使者は何か柔らかいものに包まれる感触で、目を覚ます。

 目を覚まして最初に感じたのは、鞭で打たれたその激痛。その次に、救急用であろう天幕の布。


 どうやら野戦病院の寝所で寝かされているらしい。そう思って周囲を見渡そうと首を動かし、数ミリごとに体に走る激痛に顔をしかめた。

 動かすのは危険だ。そう感じて首を再び上に向けると、己の上官と目が合った。

「起きたか。」

「わ、あ、アルゴス様!」

その顔を見て、彼は自分の失態を思い出し、

「申し訳、」

「よくやった。」

謝罪しようとして、被せるように発された言葉に目を見開いた。


 驚きに固まった使者を宥めるように、アルゴスは続ける。

「お前の行為は失敗ではない。お前は何も間違えなかった。おそらくな。」

おそらく。そう反復するように使者は言い。

「ともかく、お前の行動のおかげで、アストラストは我々に戦争を仕掛けることを決めた。それは、俺たちにとって都合のいいことなのさ。」

微かに呆れたような笑みを覗かせつつ、普段は寡黙なことで知られるアルゴスが饒舌に話す。


 そこに緊張と、そしてわずかな怯えと自信を垣間見て、再び使者は驚愕する。

「勝てる、のでしょうか?」

「勝たねば、我がクティックは滅びるのだ。」

その切羽詰まった状況すらも、目の前の大将は楽しんでいるように使者には映って。

「お前はしっかり傷を癒せ。まだ戦争は続く。今は兵士の一人でも、失うわけにはいかんのだ。」

優し気な声音で言われたその言葉に、使者はただ、敬礼を返すのみだった。


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