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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
183/314

西側戦線の停滞

 山裾に、赤い血が染みついていた。

「獣のものだな。」

“連合の大壁”メラーゼは、予想外の善戦に苦戦していた。重装兵では、この山道を登るのはあまり好ましくないのだ。


 だが、軽装兵の数は少ない。重装兵たちは、軽装兵用の訓練を受けてはいない。

 そして、軽装兵を指揮する立場の“破魔の戦士”バルデス=エンゲは、自分の失敗をフォローして重傷を負った。そろそろ前線に復帰するだろうが、帰ってきたところで攻めようがない。

「思った以上に、堅い。」

伐採した樹木による攻撃。巨大な矢として、岩の代わりとして、落とし穴を隠す土台として。木と砂に困らないということは、逆説的に防衛線にうってつけということだ。

「燃やすのは最後の手段にするべきだ。」

ここは他二大国を、南側の数ある中国家、冒険者組合直轄地を占領するために、重要になる大拠点だ。燃やして焼失させるようなへまはするべきではない。

「さて。どうしようか。」

それゆえに、メラーゼは困る。そもそも彼の本分は野戦。山一つと向き合うような戦いは、あまり得手とは言えなかった。




 アルゴスは、騎馬隊でブランディカに攻め込んだ時の感触を思い出していた。精鋭たちの脇をすり抜け、いくつか小さな砦を攻め立てた。

「精鋭がいなくても、強力だった。」

大国は強い。精鋭の軍でなくとも、クティック軍よりも、わずかに強い。


 今回のアルゴスの侵攻が、クティック軍に被害をもたらさなかったのは理由があった。侵略する必要がなく、あくまで“大壁の連合”メラーゼ=ニスラを牽制すればよいだけの仕事であったという理由が、あった。


 もしこの戦争で大勝しても、ブランディカやアストラストのような大国からわずかでも領土を奪うのは難しいのではないか……アルゴスはそう、思うのだ。

「でも、すでにブランディカ軍は25万のうちの二万人ほど、兵力を損なっている。」

ブラスの発言に、アルゴスはわずかに首を振る。五千人ほどをアストラスト軍が、五千人ほどを事前に蒔いた罠が、そして一万人ほどを投木装置が、殺し、重傷を与えている。

「だが……決め手に欠ける。」

一歩一歩距離を詰めるように進軍してくるブランディカ軍の周りで必死に一刺し刺そうとしている蜂みたいな存在が、自分たちだった。しかも、その針に致命傷になるような毒はない。


 刺されば痛い。もしかしたら二時間くらいは炎症が起きるかもしれない。それくらいの力しかないのが、小国家連合だった……最大の毒であるマルス=グディーは、既にこの世から去っている。

「……お前たちが、ドラッド=ファーベの息子たちか。」

「ティキ殿の隠し玉さんですか?こんにちは!」

どこからともなく現れ、声をかけてきた少年に、ブラスは気さくに声をかけながら……頬が引きつっていないか、神経を研ぎすませる。


 なにせ、父の仇である。シーヌ=ヒンメル=ブラウのことを、アルゴスとブラスは知っている。

 浅からぬ因縁がある仲である。それを、あちらが認知しているかは別問題として。

「初めまして。まず、同盟としての連絡から済まそう。」

傲慢に、見える。しかし、その瞳にわずかな警戒心とそれ以上に大きな罪悪感を、そして『ここで攻撃されても文句を言わない』といった覚悟が同居している。

(これはまた、厄介な人間だ)

(全く。しかし、ここで俺たちが殺されることはないだろう)

一瞬のアイコンタクトで兄弟だからこそできる対話を終わらせると、アルゴスがその手を差し出してティキからの指示書を受け取る。


 二人はその内容を見て、一瞬怪訝そうな表情を見せた。

「一度残る二人の指揮官に見せる許可を頂けないか?」

「ここは四人の指揮官がいると聞いている。全員の合意が出るまで、話をしてもらって構わない。」

しかし、と少年は続けた。

「明日の正午。それ以上の時間は、悪いが与えられない。」

ごもっともだ、とアルゴスは頷いて、受け取った手紙を懐にしまった。


 それでも、シーヌは動かず、二人を凝視している。……アルゴスとブラスは、警戒と畏怖と疑問がごっちゃになったような気持ちで、シーヌが動き出すのを待った。冒険者組合員の方が、一国の軍隊の指揮官より立場が重い。彼が何か言わない限り二人は動く自由がないからだ。

「……父のことは、すまなかった。」

そう言うと、彼はその場から姿を消した。


 残された二人は、無言でその背を見つめ、彼が去るのを見つめた後……

「生きているのは伝えないのか、兄貴?」

「伝えれば、奴の復讐は終わらなくなる。」

既に一度命を絶ったと思い込まれている父の存在。ゆえにこそ、二度目の死を避けさせたいというのは子どもたちの心情で、今できる孝行である。

「伝えん。……いずれ再び会うことになるとしても。伝えない。」

いずれシーヌが復讐の旅路を終えた後……ドラッドが彼への報復を諦めることを夢見て、アルゴスは言った。

「復讐への強い情動さえなくせば、勝機はあるかもしれないしね。」

ブラスも追従するように答えて、切り替えるように手紙に目を落とす。


 二人は気付かない。彼らが取った手段。それのための思考。

 それが、ドラッドがシーヌに勝つための唯一の筋道であったことに、気付かない。

 “奇跡”という概念を、実在していると知らない彼らでは……ドラッドがシーヌに勝つには、シーヌから“復讐”の奇跡を取り上げる必要があることを、知らなかった。




 アルゴスとブラスは天幕に帰る。そこで食糧や兵器の備蓄、製作の指示を出していたフェルとエルと合流する。

「まあ、ティキ様からの指令ですか?」

「あぁ。この指示の意図は、正直測りかねているのだが……。」

アルゴスは己の懐からティキの指示書を出し、二人にも見えるよう、机の中央に差し出した。二人はそれにサラッと目を通し……。

「ティキ様の意図は、分かります。」

そう、サラッと断言した。

「そうなのか?」

「政治屋の常套手段ですよ、この類の指示は。この指示で起きる結果はわかりますが、相手にも読まれる恐れが……。」

エルとフェルは互いに見合わせて、それから『読まれる』ことすらをも前提に組み込んで考える。

「いや、ティキ様はそこまで考えが浅くはないはず……。」

『読まれない』前提なら成立する策略は、『読まれる』前提の策略としても通用することが多い。護りの姿勢を見せ、別動隊で奇襲をかける戦法を使うのならば、同時にもう一つ別動隊を動かして奇襲をかける二段構えの戦法が使えるのだ。


 だが、この指示からはそれが読み取れない。二つの指示を別々に発動させ、一つの結果を導く……そういう方略が成立するなら、何かどうしても必要なファクターがあるはずだった。

「指示通りに動いてみましょう。誰か、適当な人員がいますか?」

「手紙を届けるだけなら誰でも良いでしょ。俺の軍から一人出すよ。」

「お願いします、ブラス殿。」

指示の意図が読めないままに、四人は従うことを決定する。


 二人の女傑はティキを信じるゆえにそれを決め、兄弟は二人が策を読み取れなかったゆえに従うことを決めた。

 この四人は、互いの人柄、出自はともかく、能力は信用している。エルとフェルの政治家、智謀化としての一面を、兄弟は無条件に信じている。そしてエルとフェルは、兄弟の指揮官としての能力を、無条件に信じていた。

「ティキ様の指示通りに、動く。今はそれが正しいはず。」

そしてそれ以上に、四人はすっかり信じていた。


 それは、この戦争を起こした張本人にして、自分たちに指示を出してくる、さほど歳の変わらぬ少女。

 ティキ=アツーア=ブラウという少女の能力を、無条件に信じ切っていた。


 そして。次の復讐は、動き出す……。




 “連合の大壁”は、何かが動こうとしている気配を感じ取っていた。

 “災厄の傭兵”死して、3日。戦略にしろ、謀略にしろ、政略にしろ。そろそろ動き出すには十分な時間だ。

「とはいえ、下準備からだろうな。」

ティキ=ブラウという少女の目的を、メラーゼは知らない。

 だが、グディネ、アストラスト、ブランディカという三国に囲まれた状況から、二国にしようとする試みから始めなければならないのは、承知していた。

「山を包囲する軍に通達。二百メートル前進。」

焦る必要はない。一日におおよそ五百メートル、軍を前進させる。少しずつ距離を詰め、敵軍の焦りを作る。そう言った方式を、徐々に徐々に作り出す……それが、メラーゼに出来る精一杯だった。


 野戦病院の天幕を見る。バルデスが前線復帰できるまで、おそらくあと三日といったところだろう。

「今から準備をしたとして、劇的に変化が起きるのは、早くて三日後。」

それまでは、こちらも着実に足場を固めておこう。何があっても対応できるように……と考えて、メラーゼは副官に命じた。

「アストラストへの進軍経路の罠、修復を急がせろ。奴らも戦わせなければならんかもしれん。兵力をさらに一万、増員させろ。いいな?」

落とし穴、泥沼、針罠。かけられた罠は悉く解除していっていた。そのための兵が、既に六万、動員されている。

「さて。……我慢比べだな、小国家共。」

既に、彼の頭に国家群への侮りは消えている。しかし、それでも……メラーゼは、この戦争が、実質三大国による、“神の住み給う山”の争奪戦であるということを、忘れないでいた。


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