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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
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二兎を追う

 ティキはアストラストが攻めてくると仮定し、アストラストの対策を万全にして戦うと決めた。

 ティキが彼らを呼んだのは、先にグディネのビデールを討つにしても、アストラストのピリオネを討つとしても、二人にやってもらわなければならないことがあったからだ。

「ここからは、シーヌと私の復讐方略に関する話し合いではありません。」

それは、極力二人……いや、三人でまとめ切れるよう、ティキは考えていた。

「前提条件にどちらから殺すかということは考えていましたが、あなたたちを呼んだのはもっと別の理由です。」

ティキはシーヌをチラリと見て、クロムとフローラを見て、発言内容を頭にまとめてから、言い放った。

「ベリンディスを滅ぼします。」

その言葉に、クロムとフローラは驚き、目を見開き。


 しかしわずかな時間をもって、納得した。

 ティキが滅ぼしたいのは、民主制と国民の勉学の自由だ。それが国に、政治に還元されない制度だ。

「とりあえず、封建制に戻します。貴族の手による政治体制に戻すには、ベリンディスを滅ぼしてケルシュトイルに占領させるのが一番の近道です。」

滅ぼす、と言われたベリンディスの宰相は大きく頷く。それが寄り道のないまっすぐな道だと理解できるから、異を挟むことをしない。

「しかし、そのためには邪魔なものが三つあります。」

クロムは必死に頭を回して考える。


 ティキの言う、『邪魔な物』。それは一体、何にとって邪魔なのか。

 ケルシュトイルがベリンディスを占領するのに邪魔なものなのか。民主政治を滅ぼすために邪魔な物なのか。

「ケルシュトイルがベリンディスを占領し、封建制、王権制にスムーズに移行するために邪魔なもの、ですよ。」

どれか一つではない、包括的なルールの中で邪魔なもの。サッと考え付く中で、ティキが邪魔だと判断しそうなものをいくつか選別する。

「学を得てしまった国民、ケルシュトイルと対等な軍力、民主制の代表としてのディオス?」

「二つは当たりです。軍力、代表は邪魔です。」

国民は邪魔ではない。では何か。


 ティキの立場に立って、ティキから見える視界で物事を考える。国民を邪魔ではないと言い切った。その理由は、軍事による一時的な圧政と敗戦ムードで国民を抑えられると考えているからだろう。

 もし、ベリンディスの軍がケルシュトイルより劣る状態で占領され、民意の代表たるディオスの権勢が失われていたのなら。次にティキが恐れる者はなにか。

「私、か。」

「ええ。あなたが民意の代表になれば、民主制を残さなければならない立場に立たされたのなら。これほど怖い相手は他にはいません。」

望まないあり方ではある。だが、為政者とは、知性あるものとは、往々にして望まない行動と全力で向き合い、望まない行為を勝ち取らなければならないことがある。

「私は政治家としてのあなたが恐ろしい。ゆえに、あなたに言っておかなければなりません。」

ティキの堂々とした、覚悟を決めた目がクロムに向けられる。隣に立つシーヌが、少しかわいそうなものを見る目でクロムを見るのが、彼の視界に映る。


 彼女の次の一言は考えるまでもなく明らかで。彼女の行為は考えるまでもなく正しい。

「私は、民主制廃止に向けて動けばいい。そうですね、ティキ=ブラウ。」

「ええ。余計な命を奪わずに済むこと、感謝します。」

冒険者組合の人間が宣言する暗殺など、失敗するはずがない。

 冒険者組合員は世界で最も強い人間たちの集団で、ティキ=ブラウはその力を先の戦いで兵士たちの目に焼き付けた。

 冒険者組合員は冒険者組合の中にあるあってないようなルールにしか縛られない。たかがベリンディスの宰相とその護衛程度、殺したところで『罪』にはならない。


 ティキは暗にこう告げた。『民主制の撤廃に手を貸すか、それとも死ぬか』と。クロムにある選択肢など、最初から一つしかない。

「では、最初のオーダーです。私がここを発ってアストラストの軍を足止めしている間、ディオス=ネロに指揮権を譲渡しなさい。」

え、と驚いたようにフローラ王女が声を漏らす。クロムも訝し気に首を傾げ、それでも承知したと声を出した。

「しばらくはグディネも威力偵察を続けるでしょう。それも、最初ほど大規模ではない、小規模のものを。小国の、ちょっと能力のある指揮官であれば対処できるくらいの量のはずです。」

ティキは先日の威力偵察と、ティキ対チェガの争いの結果からそう判断する。クロムもその見立てには文句もないのか、軽く頷いた。


 ティキはそれでもわからない様子の二人に、これ以上説明する気はない。しかし、これだけは言った。

「ブレディ殿とクロムさんは、安全地帯で一部の兵士と戦いぶりを見ているように。良い成果を上げ続けたなら、決戦でも指揮官を任せるとディオス殿にはお伝えください。」

土壌は完成した。ティキはそう確信して、瞑目する。


 その姿を見て、これ以上何も話すつもりがないと理解した二人は、ティキのいる天幕から外に出た。

「一体、何がしたい?」

クロムの視点からでは、非凡な指揮能力を持つディオスを指揮官として前線に置く理由を、理解することが出来なかった。




 二人が出て行った後の天幕には、シーヌとティキだけが残されている。

 椅子に座って瞑目しているティキを、シーヌはじっと見降ろした。

 シーヌには、7つの国の先行きを完全に背負いながら、うち一つを完全に滅ぼしてしまおうとするティキの重荷を理解できない。あくまで個人に対する復讐だけで生きている少年には、大きな世界の動かし方は全くと言っていいほどわからない。


 シーヌが抱くのは、ただ2つ。シーヌがいない場で、ティキはシーヌのためにこの戦場を整えた。そのことに対する感謝と、そこまでやってくれたことに対する愛おしさだけである。

 そっと、その頭に手を当てる。その感触にティキはチラリと目を向けると、ふにゃりと相好を崩した。

「ティキ。」

「シーヌ。」

二人だけの空間。……マルスを殺したときに強く孤独と喪失感を味わっただけに、シーヌにはこの瞬間が大切な物に感じる。

「ありがとう。」

しかし、それに浸ることは許されていない。そんな逃げは、シーヌの人生に許されていない。


 ティキに感謝の言葉を告げて、二度三度、頭を撫でて。シーヌは“転移”の門を開ける。

「アストラスト側を見てくるよ。大丈夫、仕掛けはしないから。」

「……わかった。三日のうちに、攻めてこさせる。」

シーヌが“転移”していくのを見て、ティキは目に涙を浮かべた。

 自分の存在はきっと、シーヌを救っているのだろう。そして同時に、シーヌを苦しめている。ティキは、今こうして戦争の指揮を執っているのが正しいのか、分からなくなりそうだった。

「でも、もうやってしまっているから。」

復讐を遂げる。シーヌにどういう形で休息が与えられるのかはわからなくとも、休息が与えられるのは全てが終えた後なのだろうということは、ティキにもわかりきっていた。

「まずは、アストラストと全面戦争に発展させないと。」

そして、一国の精鋭を、二人で討つ。その方法まで、三日で考えなければならなかった。




 ミスラネイアの王女とベリンディスの宰相は、その後二国で会談を設けた。

「ティキ殿の目論見がわからん。」

「目的ははっきりしていますが、過程が読めませんね。」

前者がフローラ、後者がクロムである。

 両国とも小国同士、国力に大きな開きがない以上、王女と宰相という肩書は、そのまま互いの身分の差になる。ゆえにクロムは年齢的には二回りくらい下の他国の王女に向けて、丁寧に話をしなければならなかった。

「三大国を追い返す。その過程で、極力ケルシュトイル公国に被害を出さず、ベリンディス民主国の国力を削ぎ、ディオスの失権の足場を固める。言葉にすると単純だが、内容自体は全く単純なことではない。」

「でしょう。ケルシュトイル公国に被害を出さないということが……。」

いや、とフローラは首を振る。その方法は、既にほとんど確立されている。


 わかっていないらしいクロムにどう説明したものかと一瞬頭を回した。文官に戦争の理を説くのは、意外と難しい。

「オデイア=ゴノリック=ディーダの息子。」

フローラがポツリと呟いた一言に、彼は前のめりになって聞く姿勢を向ける。

「ティキ殿が最初の会談時に言っていた。息子は父より強いと。先の戦争でティキ殿と戦っていた青年がそうだろう。」

グディネに、“群竜の王”に信頼されるように戦いながらも、手加減する。そう言った芸当をしてのけたあの青年が一人いるだけで、ケルシュトイルの被害は著しく低くなる。

 彼一人が戦場に立てば、たいていの敵は打ち倒せるのだから。


 そうなると、続いて考えなければならないのは、ベリンディス軍の弱体化。実はこれも、とても簡単に行えてしまう。

「“災厄の傭兵”が、死んだ。」

討ったのはシーヌだが、その筋道を立てたのはティキだ。

「彼がいない前線は、武器のない軍も同じ。少数同士の小競り合いならまだしも、本気で来られると容易に被害を大きく出来る。勝ち目がないに決まっている。」

ケルシュトイルの裏切りによる、挟撃。それがあるから、前線には維持をする意味がある。


 そこまで導きだせば、あとは簡単だった。必要なのは、グディネの軍の大半がこの『神の住み給う山』に攻めるための姿勢を整え、攻めているという状況。

 そして、ベリンディス軍が必死に抵抗して、彼らの視線をくぎ付けにしているという状況だった。


 その戦場を思い浮かべる。その時にミスラネイアの担う役割は何だったか。何を契機に行うものだったか。

 盤面を逆にする。決死の抵抗をするベリンディス軍。その後方には、騎馬に騎乗し今か今かと合図を待っているミスラネイア軍がいる。だが、そのミスラネイアの正面には今にも全滅しそうになっているベリンディスの姿。

 グディネの指揮官は、ミスラネイア軍が何を待っているのか、知らない。ベリンディス軍は、勝てると信じて、ミスラネイアが攻めてくると信じて決死の戦闘を繰り広げる。

「あぁ……。なるほど。ケルシュトイルの裏切りは、ベリンディス軍が半壊してからか。」

独り言を呟くようなフローラの言葉で、クロムはティキの策を理解する。

「確かに、それならベリンディス軍は甚大な被害が出るな。」

同時に、もしその戦闘の指揮者がディオスなら、敗戦の責は彼に向かう。


 彼は最後の抵抗として言い訳するだろう。戦場、彼の視点から見たケルシュトイルの裏切りのタイミングを非難するだろう。

 しかし、戦争を主張したディオスの、敗戦の責任は、重い。ティキが見殺しにする死者たちの数が、ディオスの人気を削ぐという形で牙を剥く。

「なんともまあ、下準備から入念なわけですか。」

勝てる戦いを確実に勝たせる。結果として、敗ける戦いに確実に負けさせる。


 ティキ=ブラウの戦略は、複数のことを同時にコントロールしつつ、ティキにとって最良の結果を叩き出している。

「ティキ=ブラウに逆らうわけには、いきませんね。」

元より、素人の意見を汲まなければならない政治には物申したかった身。滅ぶというのであれば、クロムとしては大歓迎である。

「まずは、ディオスに前線指揮をさせるところからですね。」

クロムは己が国を半壊させるべく、動き始めた。


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