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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
181/314

情報は錯綜し

お久しぶりです!


未だリアルが忙しい身ですが、週一回くらいは投稿を再開しようかと考えています!


ぜひ読みに来てください!!!

 “災厄の傭兵”が戦死した。その報は、案外小国家同盟軍に影響を及ぼすことはなかった。

 もちろん、何の影響もなかったわけではないものの……士気の低下も、混乱も、ほとんどなかったといえるだろう。逆に、三大国の方が驚いたほどである。


 アストラストに陣取る女傑は、その報告を見て、「そう」の一言で済ませた。信じられないものを見る目を隠そうとはせず、しかし淡々と事実を受け止めるように。

「一つ、教えてほしいわ。死に際は、どうだったの?」


 ブランディカで動きを封じられた大壁は、しかしその持ち味の圧倒的な揺ぎ無さで徐々に山に進軍しながら、その報を聞いた。

「なんだと?死骸を見たものはいても、死んだところを見たものはいない?もっと詳しく調べんか!」

「しかし。それ以上のことは調べても調べても出てこないのです!」

メラーゼは、こういう時に言うべきではない「役立たず」のセリフを、思わず吐き捨てそうになった。


 そして、ギリギリの争いの中で軽傷とは言えない程度の傷を負った戦士は、深々とため息を吐いた。

「やはり夢には届かなかったか、マルス。」

それだけを、野戦病院の中で、口にした。


 そして、直前までマルスと交戦していたグディネでは。

「奴を討ったものはいない。目撃者がいない以上、そう結論付ける。兵たちにもそう伝えろ。」

“災厄の傭兵”を討ったという名誉と名声を得るために、討ってもいない名乗りを上げる。そういう輩がいることを理解した上で、そう言い切った。

「しかし、それでは兵たちが納得しません!」

「数に圧されて、傭兵として死んだ。個人で討ったのではない、軍として、集団として討ったのだ。」

人間として、戦士として強者たるには絶対に言ってはならないセリフをぬけぬけと言って見せる。そうしなければ誰も納得しないのは明らかだった。


「集団で勝った?ふざけるな、忌々しい。マルスを討つには近衛兵長クラスが百人はいるわ。」

一人で下位の竜を討伐できるだけの実力を持ったものに与えられる役職、近衛兵長。それが百人がかりで討伐可能性が5%くらいにはなるだろうか、と考えて、悪態をつく。

「たかが一般兵レベルじゃ、十万人で攻めても負けるわ。」

ゆえにこそ、マルスを討ったものがいることが怖かった。

「あの冒険者の女が一番怪しい。奴ならマルスを倒せる。」

限りなく真実に近く、そして遠いことを呟いた後に、言った。

「警戒しろ、敵は、強い。」




 三大国と比べて、小国家同盟の動揺がほとんどなかったのには、明確な理由があった。

 その理由は、たったの二つ。


 一つは、グディネで裏切りの準備を進めるケルシュトイル以外の六国家、うち五国家の指揮官はみな、こうなることを知っていたこと。知っていたために、指揮官の動揺が全く見られなかったからだ。

 ミスラネイアのフローラ王女には、ティキがこうすることを伝えていた。実際言葉にしてはいないが、シーヌの名と出身を告げたのは、これを知られておくためだった。

 ケムニスのフェル、ワルテリーのエルには、知られていた。自分たちがどういった旅路を巡り、どういった人たちと邂逅したのか……その細部は、ティキから話した。

 クティックのアルゴス、ニアスのブラスがこのことを知っているとは、ティキも知らない。だが、彼らは“隻脚の魔法士”ドラッド=ファーベ=アレイの息子で、誰が父を、どんな動機で殺したのかを知っていた。


 シーヌの存在を知らないのは、この連合軍の中でただ一国、ベリンディスのみ。そのベリンディスの軍指揮官たる元帥ブレディも、他の国が動揺していないならと、すぐに落ち着いた。

 指揮官が焦りや動揺を見せないならば、兵士たちも慌てない。そして何より、彼ら兵士たちは負けることがないという絶対に近い自信を持っていた。


 二つ目の理由。ティキ=ブラウの圧倒的な実力を、その瞳に焼き付けたためだ。ティキは、強い。彼女なら自分たちを勝利に導ける。

 そう、兵士たちは確信できていた。




 一方、ティキは机に地図を広げて現在の戦場風景をざっと頭に思い浮かべる。得た情報によると、西側はとりあえずは勝ったらしい。そして、だからこそ追い詰められている。

 対して東側は、“災厄の傭兵”を殺したことで、防衛に大きな穴が空いていた。それでも、ティキの実力を見たグディネのビデールは、大きな犠牲を払ってまでここに攻めてはこないだろう。

「では、北側……と、言いたいところですが。」

今、誰もアストラストに対して防衛軍を置いていない。それが『小七国家』の限界だった。圧倒的大国を三つ相手にするには、小国家たちはあまりに国力が小さすぎた。

「とはいえ、ここには私と、シーヌがいます。」

アストラストのピリオネが取りそうな策略におおよその目星をつけると、ティキは立ち上がる。

「フローラとクロムをここへ。」

「クロム様ですか?ブレディ様でもディオス様でもなく?」

「ええ、フローラとクロムです。」


 ティキが念押しして呼ぶ二人の名を伝え、伝令はすぐさまその二人だけを呼びに行く。権力者の特権を全力で味わいつつ、ティキは軽く首を傾げ、悩んだ。

 聞くに、“破魔の戦士”たるバルデス=エンゲは病床にあるという。そこまでの重傷でもないが、軽傷では決してないと聞いている。

「さて。シーヌはいつ帰ってくるんでしょうか?」

「いるよ、ここに。」

ぬ、と首を出したシーヌを見て、ティキは一瞬心臓が止まったかと思った。


 声に反応した、それはわかる。だが、さっきまで気配がなかったのだ。聞かれていたとも思わなかった。

「ど、どうやって。」

「“転移”の魔法を針の孔サイズで展開した。あまり大きな声では聞こえないが、それは身体強化でさ。」

「……無茶ぶりするね、シーヌ。」

「師匠が教えてくれたよ。……“転移”は便利だけど、疲れるね。」

そりゃ、空間同士を繋げるという荒業を、想像力だけで成し遂げるのだ。疲れないはずがない。

「聞きたいことが、あるんだよ。」

ちょうど、フローラ第三王女とクロム宰相が来たタイミングだった。

 ティキは、シーヌをベリンディスに見せることを決め、そしてその目的は明かさず、外交しなければ、ならない。


 シーヌは聞かれたことだけに答えるつもりで、その席に座った。フローラ王女とクロムは、呼び出されたことに訝し気な視線を向けながらも、空いた席に座る。

「シーヌ。誰から斬りたい?」

「この状況で一番斬りやすいのは、多分ブランディカのバルデス=エンゲだ。だが、ティキは今奴を斬ることは望んでいない。違う?」

シーヌの視線を受けて、ティキは大きく頷く。


 理由は各国の戦闘スタイルだった。山に登るときに重たい鎧を抱えながら進んでくるブランディカ軍は、当然ながら歩みも遅い。使う体力も多い。

 だからこそ、ワルテリー以下四国がブランディカ軍を山のふもとから登って来れないよう全力で足止めしている間は、主力を大きく削る必要はない。

「私は、罠を張っているだけで大した防御軍を置いていない北側が、怖い。」

アストラスト。“災厄の傭兵”と“災厄の巫女”の縁を使うことで、一時的に共闘に移ることが出来た大国。

 しかし、“災厄の傭兵”マルス=グディーが死んだことによって、その縁は消えた。


 アストラスト指揮官“災厄の巫女”ピリオネ=グディーはマルスの姉である前に、一国の指揮官である。弟が生きている間に決めた小さな約定など、前提条件が崩壊してしまえば守る必要はない。

「警戒するべきは、アストラストが総力を挙げてこちらに攻め込んできたとき、だと思う。」

自信なさげにいうティキは、つまりピリオネが自らの右手に控えるブランディカを放置して、ここに真っすぐ攻めてくる未来がわからないから。

「もしもアストラストが攻めてきたら、一日でこの山は落ちるよ。」

シーヌは断言した。罠が全部決まったとしても、プラス半日くらいの時間稼ぎにしかならないとさえ、言い切った。


 ティキはそのシーヌの言葉を、それだけ勢いがあるという意味ではなく、それだけ相性が悪いという意味に受け取った。そもそも弓とは狩人の武器だ。弓兵の力がひときわ強いアストラストは、山の中にいる埋伏兵に対して非常に優れた強みがある。

「じゃあ、攻めてくる前に攻める方がいいのかな?」

「いや……ピリオネ=グディーを倒すには、平野じゃ少々分が悪い。」

同時に弓は遠距離攻撃の武器だ。視界が開けた場所での戦闘は、彼女にとって最大の有利を与える場となりうる。


 そこまでシーヌと話し合ったとき、置いてけぼりにされている二人が声を上げた。

「あ、あの……我々はなぜ呼ばれたのか、説明を戴いてもよろしいか、ティキ殿。」

クロムの、やけに戸惑った声でティキは彼らに視線を向ける。

「アストラストから倒すと私たちが決断した場合、あなたたちには少し厄介な役割を託すことになります。」

ただ、グディネの侵攻から身を護れ、というだけではない、明らかな面倒ごと。


 だが同時にそれが、ミスラネイアとクロム宰相、両者にとって望むことであることはまず間違いなく。


 それの意図、ティキの考え。それをおおよそ見抜いた、というより聞いていたシーヌが、決断した。

「アストラストの“災厄の巫女”から殺る。ティキ、話してしまえ。」

次の殺害対象と、これからの戦略が、決定した。


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