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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
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復讐鬼と傭兵

 あの日、マルス=グディーを、シーヌ=アニャーラは見ていない。あの日、マルス=グディーがそこにいたのかということも、シーヌは知らない。

 いや、そもそも『歯止めなき暴虐事件』が止めようもない悲惨な有様になったころ、マルス=グディーは敵の“守護神”を討った時点で彼の仕事は十分に終えたと判断し、戦線から離脱していたと冒険者組合の報告書にはある。


 シーヌが復讐に駆られる理由は、戦争に負けたからではない。非戦闘民まで一人残らず殺戮の対象になったからだ。クロウの中で、生き残りは既に自分しかいないからだ。

 ゆえに、『歯止めなき暴虐事件』の『虐殺』に参加しなかったマルス=グディーは、復讐の対象からは離れている。“凍傷の魔剣士”オデイア=ゴノリック=ディーダと同様に。


 だが、なぜか。“凍傷の魔剣士”の時に感じた、『こいつは敵ではない』という感覚が、ない。むしろ、なぜか。これまで通り、復讐対象に会ったときと同じように、沸々と心の中から憎しみが、怒りが沸き起こる。その理由は、さっきマルスがこぼしたセリフで、合点がいった。

「貴様、アニャーラ、か。」「よく、似ている、貴様の、祖父と。」

そのセリフが、その意味が、わからぬほど、シーヌは言葉に疎くはない。

「お前が、爺さんを?なんの、冗談だ。」

勝てるだけの実力がない。そうシーヌは言いたいのだろうと、マルスは感じた。


 その通り、順当にいけば自分はシーヌの祖父に殺されていた。だが。

「運が。運が、よかったのだ、シーヌ=アニャーラ。運が良かったゆえに、俺は、マルス=ノガ=アルデルを、討てた。」

それが、ただクロウを護っていた兵士との衝突で、兵士を殺したわけではなく。

「お前の祖父を、俺は、殺した。」

「……無理だろ。」

あの祖父は、あの祖父は。きっと、シーヌの師、アスハ=ミネル=ニーバスを、超えることが出来ただろう。いや、きっと、超えていた。


 誰よりも強く、誰よりも立派で、何より自分たちを護り続けていてくれた、祖父は。

「“奇跡”も、“三念”すら持たないお前が!」

激高する。激高する。

 すでにアスハとの約束……一勢力ごとにしか相手にしないという約束を破ったその身が、次の約束を破ろうと、その身を震わせる。

「いいのか、それは。……全勢力に、知られるぞ?」

“幻想展開・地獄”。それを開こうとしていたその身の震えが、止まった。


 今、ブランディカ、アストラスト、グディネの三英雄に自身の存在を知られては困る。知られたときに、撤退という判断をされたら困る。

 彼らはクロウを知っている。彼らはクロウの実力を、その身をもって体験していて。だからこそ、あれから十年、生きた少年の実力を、疑うことはありえない。

「お前……何が。」

「お前の復讐心は、察して余りある。……それに、目的と手段は、ある意味一致している。」

この戦争。誰が、どうして、どう仕組んだか。全てを、マルスは理解していた。

「“神の愛し子”が死んだから、戦争が起きたわけではない。」

それは、シーヌにとってもよくよく理解している事柄の、確認だった。

「戦争が起きたから、俺も、姉さんも、“群竜の王”も、“破魔の戦士”も、集まったわけでもない。」

途中から、半狂乱だった。


 言葉は、冷静。口調も、冷静。しかし、マルスの心は、ほとんど狂乱の境地に至っていた。

「お前が復讐をしたから!『神の住み給う山』は戦禍に見舞われた!」

「お前が復讐をするために、俺たちはここに集められた!!」

怒りを露わにする“災厄の傭兵”に、シーヌは冷静な、しかし、憎しみと、憐憫の感情を込めて、言う。

「ああ。……うん、その通りだ、マルス=グディー。」

その言葉が、シーヌの口から放たれた瞬間、マルスの体から怒気が噴き出る。それまでの無気力のような姿とは比べようもないそれに、シーヌの目が細く伸びた。


「お前の行為を過ちだという気はない。むしろ、復讐は人間に許された行為だろう。」

今までの途切れ途切れの話し方が嘘のように、流暢にマルスは言葉を発して

「だが。……姉さんを殺すなら、俺は、阻止する。」

「安心しろ。一週間以内には、同じ地獄へ送ってやる。」

復讐鬼。少年から鬼へと心を切り替え切ったシーヌは、明らかに高そうな杖を、抜いた。




 左手、杖の切っ先を向けると、そこから炎が噴き出す。それはマルスの方へと向かう途中で龍の顎へと変貌し、マルスが剣に纏わせた水の竜巻と激突、相殺。

 巻き起こった水蒸気がシーヌたちの視界を阻み……しかし、探知魔法を使える両者に、視界の明度は意味を為さない。


 マルスは嵐を纏った剣を振り上げ、跳躍を。シーヌはそれを阻むだけの障壁を、展開する。

 障壁と剣の激突は、そこでの数秒の硬直を生み出し……シーヌはそれを読んだうえで、魔法を放つ。


 元来。シーヌやティキよりはるかに劣るような、世間一般の魔法使いは、自分の拡げた魔法障壁の先に魔法を放つことはない。だが、ティキはその想像力で容易に魔法障壁よりも向こうに魔法を作り出すことが出来る。

 そして、シーヌは。魔法障壁の先に、魔法を放つことは、出来ない。しかし、“次元越えのアスハ”から“転移”の魔法を教えられたシーヌであれば。

「“転移”を使えば、魔法をお前の後ろまで持っていくことは、出来る。」

火炎魔法を生成、“転移”を行う門を生成。出口をマルスの真後ろに設定。火炎魔法を放出。“転移”を潜り抜けてその先へ。自然、マルスの後方に火炎が出現し、直撃。

 この工程を、障壁魔法を展開したまま、頭の中でイメージする。難しいことだが、難しいことではない。シーヌは自分でそれを想像する才能はないが、見たものを見たままに再現する才能はある。

 魔法とは想像力だ。その想像力が、オリジナルでなければならない理由は、どこにもない。


 そして、剣に纏わせなければ魔法を扱えないマルスと、近接戦闘にわずかに心得がある魔法使いのシーヌでは、その戦闘方法に、才能以前の差異が存在する。

 背中を焼かれたマルスが地面を転がる。そんな彼を見て、シーヌは躊躇うことなく地面を蹴り、剣を突き刺さんと飛びかかる。


 マルスはその剣の切っ先を視界に入れ、回避出来ると判断して。

 動かなかった。死ぬと理解してなお、彼はその身を剣で貫かれることを選択した。




 目の前に、剣でその身を貫かれた、身内の仇がいた。シーヌにとって、彼をそうするのは、間違いなく目的であり、目標であった。

 そのために、三ヵ国ほぼ70万に値する人員と、小七ヵ国ほぼ四万の人員を動員したのだから。

「なぜ!なぜだ!」

だからこそシーヌは、安易にその命を散らす選択をした傭兵を、責める。復讐のために戦った。復讐のために舞台を作ってもらった。

「これじゃ、お前が死を受け入れたら!僕の憎悪は、どこに行けばいい!!」

だが、その絶叫を、マルスは穏やかすぎるほど穏やかな笑みで、受け止める。


 その悲しみを、美しいと感じた。その憎しみを、こぼれ落ちた信念を、美しいと。

 信念を、持たない。マルスは己を知っている。姉の隣にいたいという目標では、“三念”持ちたちに届かないと知っていた。

「たとえ、復讐、でも。」

マルスは笑む。自分が何を思えば、どう思えば、どう誓えば姉の隣に辿り着けるかを、彼は今この瞬間に理解する。


 それは、幼かった彼が思わなかったもの。理解出来なかったもの。

「お前は、孤独になって、喪失感を感じて、正しい行いを、したのだな。」

「友や家族を失って、苦しんだ。理不尽な暴力に怒った。救えなかったと苦しんだ。そして。」

そう。それら以上に、マルスが感じなければならなかったこと。糧にしなければならなかった、感情。

「あぁ、私は、憎むべきだったのだ。お前が今そうしているように、理不尽な運命を、救いがたき世の中を。」

それが、マルスにはできなかった。出来なかったから、彼はこうして、死ぬ。


 “災厄の傭兵”。彼は単体で“三念”持ちとも渡り合えた。“奇跡”持つものにも勝ち続けた。

 だが、それは。それらが彼に向けられることがなかったから。彼が標的ではなかったから。

「あぁ、私は、弱い。」

真の強者相手に、“傭兵最強”とも唄われた“災厄の傭兵”は、一度も、勝てたことがなかった。


「……ねぇ、さん…………」

最後に一目。マルスは絶望せず、現実を受け止め、未練だけ残して。

 “災厄の傭兵”マルス=グディーは、死んだ。







 シーヌは、やるせなさに地団駄を踏んだ。

 シーヌの奇跡は区分を“復讐”、名を“仇に絶望と死を”という。

 今までも、『絶望』しているのか怪しい死に方をする者はそれなりにいた。だがしかし。今回は、あまりに、ものが違いすぎる。

「……絶望するほどの、思いの丈がなかった。」

“三念”を得ている形跡もなかった以上、そうとしか考えられないだろう。


 祖父を殺した男。“守護神”を殺した男との決着が、こんなあっさりとついていいのか。あまりな幕切れに、シーヌは感情の吐き出し場所を見つけられない。

 杖を持つ手に力が籠る。剣を持つ手も同様に。


 ここに、シーヌの手を解す(ティキ)はいない。シーヌの背を叩く(チェガ)はいない。

 だからだろう。戦場から遥か離れた山の中。夕暮れ時、物音のない緑の中で。

 初めて一人で味わった復讐の余韻は、あまりにも虚無なものだった。

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