暴虐の日の傭兵
まだ、功績を、立てていなかった。だから、マルスはその出兵先でも姉に会うことは叶わなかった。
だが、因縁の相手に会うことはあった。
「“災厄の傭兵”。……貴様もここに来たのか。」
「お前……傭兵団として呼ばれたのか、ドラッド。」
二人は、よくぶつかり合う間柄だった。ともにそこまで協調性もなく、しかして一大傭兵団を築きあげたドラッドと、徹底的な一匹狼として名を挙げるマルスは、ある意味において天敵で、互いが互いをライバルとして、そして憧れとしてみていた。
そしてマルスは、このドラッドの率いるシキノ傭兵団の悩みを知っていた。自分がこのクロウという街への攻めに足りないものも、理解していた。
「“無傷”。」
「“鉄壁”の方が好きだが……まあ、いい。なんだ?」
「俺を、使え。」
どういうことだ、という風に、ドラッドは一瞬目を大きく見開いた。
「ああ、所属がいるのか。」
「そしてお前は、力がいるのだろう?」
正確には、武力に優れた将、一騎当千とまではいかなくとも、数百人は相手取れるもの。
「お前なら確かに条件を満たすが、問題があるな。」
「なんだ?」
「俺と同等近いということは、俺を慕うものとお前を慕うものに分裂する可能性がある。」
そんなことか、と俺は呆れる。だが、彼にはそこまでカリスマはない。実力差がなく、カリスマ性も同等なら、確かに内部分裂を恐れるのも当然の話と言えるだろう。
だが、それを気にされると厄介だ、というよりも面倒だ。だから、マルスはこう言い切った。
「お前の私兵にしろ。傭兵団の一員でも、幹部でも、私兵でも、とりあえず名目は何でもいい。俺は所属が、お前は力が欲しい。別に、その力が群を為すことで強くなるものでなくとも、よいはずだ。」
久しぶりに長い言葉を話した。そんな気分だった。
「……そうだな。お前は俺の指示に従え、それでいいな?」
「くどい。」
その一言で、ドラッドはようやく振り切れたようだった。“災厄の傭兵”マルス=グディーと“無傷の魔法士”ドラッド=ファーベ=アレイは手を組んだ。
クロウの街の防備はとんでもなく堅かった。どれだけ“溶解の弓矢”が矢を降り注ぎ、“黒鉄の天使”が空から雷鳴を落とそうが、その悉くが撃退された。
噂には、“夢幻の死神”も敵地に攻め込んだらしい。侵入には成功したものの、敵の殺害には失敗したらしい。マルスは驚きでため息かもよくわからない息を吐く。
「ドラッド。」
「なんだ、マルス。」
「勝ち目がねぇぞ。」
「わかっている。だが、勝ち目は作るものだ。」
「どうやって。」
わからん、というように首を振るドラッドの横顔があまりに頼りなさすぎて、マルスはどうしようもなくやるせなさに身を包まれて。
「やあ。シキノ傭兵団の諸君。君たちに、依頼があるんだ。」
“洗脳の聖女”ユミル=ファリナが、私たちにコンタクトをかけた。
ユミルの手引きによって。何をしたかはわからなくとも、敵の騎士団が街の外に出てくることに、成功した。
「誘い出しは僕がする。だから君たちは、何が何でも、彼らを打ち破ってほしいんだ。」
マルスには、ユミルが何をしたのかはわからなかった。
“洗脳の聖女”などという、聖女とはかけ離れた二つ名を持つ彼女が、いかにして守りに守る彼らを防壁からおびき出し、攻めに転じさせたのか、分からなかった。
だが、依頼は遂行しなければならない。そう思って、そう誓って。
「さあ。……かかれ。」
静かに、威厳をもって。響き渡る声ではなくとも、それが何を指示したものなのかは、誰の目にも明らかで。
正規の軍ほどの統率力はなく、しかし正規の軍より個人個人の質は上。武具の質に差はなく、ただ統一感はない。
「一対一の状況を作るな、必ず一人を相手に三人以上で相対しろ!」
ドラッドの叫び声が飛ぶ。それに呼応するように、傭兵たちは兵士たちを取り囲んだ。
「ちょ、つよ!」
「こりゃ、攻めきれないのも仕方ねぇ!」
傭兵たちの苦戦を感じさせる声に、ドラッドもマルスも苦い表情を浮かべた。
「確かに、強い。」
五合ほど打ち合って兵士を斬り捨てたマルスと、数発の魔法を打ち合った末に敵を撃ち殺したドラッドは、共に視線を合わせて表情を歪めた。
なぜなら。自分たちにとって、明らかに厄介な……本当に、厄介な、英傑がいたから。
「一対三、かつうち一人が“凍傷の魔剣士”……それでなお、蹴散らすのか。」
「ハハハ、貴様らは何としても守らねばならないものがある強さを知らぬらしいな。そんなだから今ワシらに蹂躙されておるのじゃ。」
百戦錬磨を伺わせる、熟練の騎馬隊長と。
「傭兵ですよ、父上。護ることではなく、勝つために、生きるために、戦場にいるのです。」
血にぬれた斧槍を握り、しかし戦場に似つかわしくない誠実そうな雰囲気が変わらない、奇妙な壮年。
同格か、わずかに格上か。そんな化け物が、そこにいた。
マルスは、考える。どうやったら、勝てるか。
“洗脳の聖女”ユミルからの依頼は、『ここにクロウの精鋭のうち、とびきり優れてるのを百人連れてくるから、『シキノ傭兵団』とブランディカの軽装兵団、アストラストの超長距離弓団、グディネの騎竜隊で勝ってきてね。』というものだった。
だが、ユミルの連れてきた三王国の軍隊は、それぞれが100名足らず……『シキノ傭兵団』と同等の人数しかいなかった。奇しくも3対1という構図どころか、ほぼほぼ4対1という構図こそ完成しているものの、兵の質が明らかに劣っている。
「圧されている以上、出来ることは、一つしかあるまい……!」
野戦で、激突している状況で、圧されている。そんな状況で勝利を得る方法など、ただ一つ。
「勝たせて、もらう!」
暴風を纏わせた巨剣を、敵兵たちの指揮官の一人と思われる老人に、たたきつけた。
十分ほど。ああ、実に十分ほどだったろうな、と今になってマルスは思い返す。
目の前の少年を見ていて、不思議とあの光景が思い出された。あの、暗く、勝機のなさそうな、それでも勝機を見出ださんとする、ギリギリの戦い。
「ああ、ユミル=ファリナか。」
疑問に思っていたのだ。あれほど強力な兵士たちと戦えば、圧されているとわかれば、すぐに撤退をしようとするのが傭兵として正しい在り方だったはずだ。
だが、どういうわけか、アストラストで軍学は一応学んだはずの自分も、傭兵団を率いるドラッドも、一度も撤退の二文字が頭に浮かんできていなかった。
「“洗脳の聖女”。ああ、実に、その名の通りの権能だったわけか。」
勝たなければ、勝機がなくとも勝たなければ。そう、マルスはその時思っていた。
アストラストの超長距離弓兵団は乱戦になったら圧倒的に不利だ。だから、即座に撤退した。
そもそもその戦場に、“災厄の巫女”ピオーネは来ていない。国として、ただ一度の野戦に総大将が出るわけもなし。
ユミルの目的は二つ。一つは、無双を誇るクロウの精鋭たちを処分すること。
もう一つは、それが敵わなかったときでも、“災厄の傭兵”と“無傷の魔法士”を処分すること。
この世から、強者を消す。その目的で生きる彼女にとって、その会敵は望むものでしかなかった。
「貴様、アニャーラ、か。」
あの日の出来事を鮮明に思い返すにつれ、目の前の人物に思い至って、マルスは呟く。
「よく、似ている。貴様の、祖父と。」
その日見た、最後の光景。自分にとって、二番目となった、大きな衝撃。
それを、マルスは、思い出した。
マルス=グディーに、“三念”はない。その人生を懸けて追い求めるのが、ただ姉の隣である。その目的のために必死で生き抜いてきたが、それが第三の魔法概念という形を伴ってその身に宿ることはない。
理由は単純だ。あまりに漠然とし過ぎているからだ。だが、それでも彼は、その想像力と、姉と会うという意志力の強さで、“三念”を持つ者とも互角に渡り合えるほどに強かった。
だが、だからと言って。本物に勝てる、というのとは、話が違うのである。
「う、く。」
「強かったな、青年。名を聞いておいてやるぞ。」
敗けた、完膚なきまでに。マルスがそれを認めるまで、たったの十分で事足りた。
「……お前から、名乗れよ。」
名乗りたくなかった。この声掛けで名乗ったということは、致命的に敗北を認めることになってしまうから。
「ハハハ、威勢のいい奴じゃのう!わしはクロウの“守護神”、マルス=ノガ=アルデルよ!」
「……“災厄の傭兵”、マルス=グディー。」
同名だったその老人は、何を思ったのか、憐れむような眼を向けて。
「未来多き若人の命を取るのは好ましくない。が、戦場の、習い、ゆえ。」
そう言って、剣を大きく振りかぶった瞬間。
悲鳴が、それも、誰もが驚くような大きな悲鳴が、響き渡った。
何人もが声を上げた。信じられないというように叫びは止まなかった。そして、それは全て、クロウ側から放たれていた。
「貴様は、強かった。だが、今は、弱者だ。」
「お前は、本当に……強ければ、よかったのか?」
「ああ。弱者よ、名前を憶えて行ってやる。名乗れよ。」
「……ああ、潔いのも、戦士の務めだろうな。……ジェイムズ。ジェイムズ=アルデル=アニャーラだ。」
剣を胸から突き刺された青年は、殺した相手の名を聞かずに、逝った。
「じ、ジェームズウゥゥゥゥ!」
驚き、目を見開いて叫んだのは、老人。その瞬間、マルスは彼の体勢に致命的な隙を見て取って、短剣を、投げた。
「しゃらくさいわ!」
それを剣を握る手と反対の手で弾き飛ばした老人は、まずはマルスに狙いを定めて
「うぐ!」
その肩口に、矢がつき立った。アストラストの指揮官を示す紋章が描かれた、矢。
(姉さん!)
姉さんが助けてくれた。それを悟ったマルスは、心の中から喝采を叫び、歓喜に身を震わして、そして。
馬の腹から、老人の胸下まで、一気に斬り上げた。
ほとんど、不意打ちのような一撃。しかし、それは。
クロウの持つ最高の戦力たちを、瓦解させるのには、十分以上の価値を、持っていた。
感想、ポイント評価等、お待ちしています!




