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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
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災厄の傭兵・人生

 アストラスト女帝国。女性優位の国で、マルス=グディーは生まれた。

 王になる資格を有する、女性家系の中で生まれた男である傭兵は、生まれたころから徹底的に優れた前線指揮官として戦えるよう、教育された。

「前線で派手に戦って成果を上げろ。それか、盛大に爆散して国のために死ね。」

それが、彼を鍛えた教官の口癖だった。


 その言い分が悪かったわけではない。実際に、マルスはいないことが望まれていたし、いるならいるで相当優秀でなければ居場所を獲得できなかった。

 彼にとって最悪だったのは、軍の指揮官としての才能があまりなかったことだろう。凡庸とは言えないまでも秀才では決してなかった。

 だが、彼には近接戦闘においてそれなりに才能があった。傭兵、剣闘士、あるいは護衛騎士としてなら優秀な部類に入るだろうという評価が、彼を導いた者たちから与えられた。

「なら、捨ておけ。国の重職には就かせられん。」

「しかし、彼はまだ幼い。……希望の一つ、置いておいたらどうですか?」

死ぬはずだった。だが、ただ子供好きだった今の女帝の一言で、先代女帝はマルスの処分を見送った。


 それに、ピオーネのことも考えられていたのかもしれない。

 ピオーネは弟マルスのことを溺愛していた。彼女は次代女帝の姪。つまり、次々代女帝の有力候補だったからだ。


 女系皇帝家とはこうして次いでいかれる。女帝は必ず処女性が重視され、それゆえに結婚することはありえない。

 女帝の地位を継ぐ予定のピオーネのために愛する弟が殺された。そう彼女が感じることがないように、上手く考える必要は、間違いなくあった。

「傭兵として名を上げ、在野の中でアストラスト女帝国のために勲章物の働きをする。」

それが、マルスが16までアストラストで育てられるための条件であり……また、アストラスト女帝になる予定のピオーネと、姉弟で過ごせるようにするための、条件だった。




 それを彼が言い渡されたのは、彼が齢9になった、春。もう桜もほとんど散る、という頃だった。

「それを果たせば、姉さんとまた会えるのか?」

「はい。それが出来たら、あなたはピオーネ様とまたお会いになることが出来るでしょう。」

言われて必死に鍛錬をした。鍛錬を積んで、鍛錬を積んで、鍛錬を積んだ。

「参り、ました……。」

帝国騎士たちが揃って彼の前に膝を付くまで、かかった時間は実に三年。一騎当千とは言えずとも、熟練の兵士十人分の働きが出来る、そんな存在に、マルスはなっていた。


 家でも、稽古場でも、あるいはその往復の道中でも。

 彼は弛まずに鍛錬を続けた。

「マルス。」

「何、姉ちゃん。」

「手紙は、出して言いそうよ。」

「そうなの?やった!」

日常的に、彼と姉はよく話した。姉という目標が、姉の側にいたいという目標が、彼の鍛錬に火をつけ続けていた。


 そうして、16歳の春。彼は傭兵として社会に旅立ち……早々に、現実を知ることになる。

 最初、彼が傭兵として得た仕事は、戦争だった。ボレスティア王国に侵攻された、今はなきアヅデリカという国の、防衛戦だった。

「冒険者組合員……これほど、なのか。」

嵐を纏った斬撃が容易に防がれる、そんな初めての体験をした。

 自分が今まで井の中の蛙であったことを、よく理解した。

「お前は、強かったとも。」

傭兵部隊二千、全てが手練れという部隊を三秒で壊滅させて見せた男は、辛うじてまだ立ち上がるだけの根性を見せたマルスに向けて、そう言った。

「そなたは、冒険者組合の中に入れるだけの実力はない。が、それ以外の世界で三番目に強い層には入れるだろう。」

そう言われて、マルスは幼い時に倣った食物連鎖のピラミッドを連想した。


 最頂点、一番上には冒険者組合が来るのだろう。そしておそらく、二番目には“黒鉄の天使”や“夢幻の死神”など、条件が整えば冒険者組合に一撃入れられる彼らが入るのだろう。

「俺は、二番目にすら、入れねぇのか……。」

「ああ、不可能だとも。……貴様は、人生が、浅すぎるのだよ。他人との関りも、絶対に大切にしたい縁も、貴様にはあまりに少なすぎる。」

意味は、分からなかった。だが、その冒険者組合の目は、真実を語っているように……いや、真実しか語っていないように、見えた。

「そなたは……強くなることは、出来んだろう。」

断言されて、怒りを覚えた。奴の言うことを覆してやる。そう思っていた。


 あいつの言葉の意味を、今ならわかるとマルスは思っている。だが、当時16歳の彼には、わからなかった。

 今、彼は考える。追い出されるときに、どうして憤りを覚えなかったのだろうか。生まれが男であったというだけで、どうして追い出されなければならないか、考えなかったのはなぜか。

「ああ、知らなかったからだ。それがおかしいと思わなかったからだ。」

だが。だが。

「知ったとしても、やることは変わらない。」

彼は、彼に対する情操教育は、優秀の一言に尽きた。


 『前線で派手に戦って成果を上げろ。それか、盛大に爆散して国のために死ね』という言葉。そもそもそれに違和感を覚えなかった時点で、彼の歪みは救いようがないくらい悲惨な有様だったのかもしれない。

 マルスはのちに、自分たちを下した冒険者組合員の名前がティグラン=マルヘベスといい、冒険者組合所有商業都市マニエルの管理者であることを知ったが、知った時の感想はあまりに淡白なものであったという。

「そうか。やはり、凄腕だったか。」

その瞳には何も映しておらず、体から闘気が噴き出ているということもなく。

 ただ単に、敗けたという現実を受け入れている。そういう風に、映る様だった。


 実際に、その通りだったのだ。

「俺は……。」

何度、宿で、一人の時に、その言葉を口にしたのかわからない。それが彼の切実な願いであり、それだけでしかない願いだった。

「姉さんとまた、一緒に、姉弟として笑い合いたい。」

それが叶わない寂しさが、“災厄の傭兵”として名を挙げてなお彼に一度も満足感を与えられることはなく。


 雇えば、単騎で300人の兵士の役割をこなす者。

 中位の竜と同様の力を持つと日々噂されていた。そんな彼の下に届いた、一通の仕事依頼。

 それを見たとき、マルスの心は久しく得なかった感動を得た。無感動の日々を無感情に過ごす日々の終わりが訪れたことに、感謝した。

 それは、冒険者組合からの依頼だった。『世で強者と言われる人物のみを集めて、とある街の研究を止めてほしい。手段は問わない。なお、お前の姉も来ることになっている』。


 お世辞にも、依頼とはいえなかった。どちらかと言うと、命令書に近かっただろう。

 姉、という単語を見て、マルスはそれ以外どうでもよくなったのだ。姉に会える。姉が来るということは、アストラストも来るということ。

「ここで戦果を挙げれば、アストラストに帰れる!!」

そうして、彼は『歯止めなき暴虐事件』に出兵し……。


 彼は、帰ることが、出来なかった。




 彼はその後、腐った。姉のため、国のため、何より自分のために、多くの戦果を挙げた。

 マルスは、気付いていなかった。その時その瞬間までは、全く気付いていなかったのだ。

「戦果を挙げた。つまり、戦果を挙げるほど、人を殺したということだ。」

それが悪いことではない。戦争は殺し合いだ、それを躊躇えば死ぬというのが戦争の定義だ。


 だが、それでも。マルスが、いや、『歯止めなき暴虐事件』に関わった誰しもが。

 挙げた戦果が、残虐非道であり過ぎたのだ。


 あるものは、自分の夢のために。あるものは、国への忠誠のために。あるものは、国に報復されるのを恐れて。

 また、強者たる自信を求めて、さらなる戦いを求めて、依頼を完遂するために。誰もかれもが、何かしらの意義を秘めて、意味を抱えて、背負って、その残虐非道な行為に手を染めた。

「やりすぎたから、戦果を認められなかった。」

宿を出る前、ティキ=ブラウに作られた戦場へと身を投げ出す前に、マルスは呟く。

「今では。上位の竜とも戦える。」

その実力を、いかんなく発揮したとて、自分は姉の側に行けるのか。いつもの外面として張り付けた傍若無人な傭兵ではなく、ただシスコンなだけの弟として、考える。


 いや、出来るだろう。これは、アストラストにとって非常に大きな戦いだ。『歯止めなき暴虐事件』などという、所詮は大きなだけで片田舎でしかなかった戦いとは違って。

「これは、転機だろう。」

アストラストから出てから、“災厄の傭兵”マルス=グディーの戦いは、必ず冒険者組合員と共に転機が訪れる。


 最初の冒険者組合が世界の広さをマルスに伝えた。

 次の冒険者組合が、世界の理不尽さをマルスに伝えた。

 三度目の正直が、あってもいいはずだ。あっても、いいはずだった。

「その結果が、これか。」

お前を殺すと言われて、マルスは仮面をはがされ墜とされながら、呟いた。

「俺はただ、姉の元へと帰りたいだけだというのに!」

「その願いは、叶うことが決してない。」

怒りの叫びは、押し込めた怒りの呟きによって押しつぶされる。

「お前は!今から!僕の手によって、死ぬのだから!叔父さんの仇は!貴様だろう、マルス=グディー!!!」

瞬時に爆発した怒号が、マルスの過去を、その願いを、一瞬にして忘れさせた。


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