戦端は西側より
メラーゼは左側に見える大軍と山頂の方にわずかだけ見え隠れする小団体を見て、ため息を吐いた。
「よりによって、小国家連合か。」
知らなかった。ケムニスとニアスが隣国にあったが、あまりに小国家すぎて誰も歯牙にかけていなかった。
「山頂側に陣取っている、ということは、“神の愛し子”を倒した者が敵にいるな。」
「へぇ。それはあれか、神獣どもも蹴っ飛ばした奴らか?」
「蹴っ飛ばしたというより、虐殺したという方が正しかろうな。一体一人で何十万の命を奪ったのだか。」
害獣ではあったが、命は軽いな、とメラーゼは呆れる。
声をかけてきた男は、非常にギラギラとした、銀の鎧を着ていた。これは、魔法でそう見せているのであって、実際のところ何の影響があるわけでもない輝きだ。
「バルデス、眩しい。邪魔だ。」
「そう言うなよ。こうしてた方がテンション上がるんだ。」
「鬱陶しいと言っている。」
こちらが言い分を聞く気がないと理解したのか、“破魔の戦士”バルデス=エンゲはその鎧に纏わせた輝きを止めた。
「で?勝てんのか、アレ?」
「勝てるとは断言できんな。敗けるにしても、上手く敗けないと国が崩壊しかねん。」
上に居座る国々の国旗を見て、メラーゼは断言した。
「軍勢の大半、それも国の威信をかけた精鋭。崩壊すればケムニスとニアスに国が食い荒らされる。」
「小国のが警戒してんのか、お前。」
バルデスの言葉に、メラーゼは軽く頷きを返した。
三大国。これらにはそれぞれ、主戦力に特徴がある。
新生グディネ竜帝国は、下位の竜を調教して騎乗し、上空から弓と剣で攻撃する軍が最も強い。
これに相性が悪いのが、ブランディカ帝国だ。重い鎧兜に剣と槍。竜に捕まれると抵抗の術がない上、落とされると必ずと言っていいほど自重で死ぬ。
だが、ブランディカ帝国は知っていた。アストラスト女帝国は、その精鋭は、自分たちと致命的に相性がいい。百回やれば九十九回は勝てると、自信を持って言えるほどだ。
「アストラストの精鋭は、槍騎馬隊と超長距離弓矢隊。いくら団体と勢いをもってしても堅陣さえ組めば負けないし、距離のアドバンテージは鎧によって阻める。」
ゆえに、警戒するのは上方だ。
「組んだ堅陣を崩されると、鎧は騎馬に負ける。」
そう呟いて、だからこそと彼は言った。
「全軍、大楯を持て。アストラストに攻め込むぞ!」
「あぁ……俺はどうすればいい?」
「“災厄の巫女”をお前に任せる。」
「あいよ。じゃ、行くぜ、軽装戦士隊!」
動き出したのは、ブランディカ。戦端は、一度開かれると、どちらかが負けるまで終わらない。
『神の住み給う山』が中腹、四国駐屯基地。
「ティキ様の読み通りですね。」
「あ、もう知り合いなの隠す気ないのね。」
ティキにひそかに教えられていた、『まずはブランディカがアストラストに攻め込むだろう』という情報を暴露するフェル。それに対してブラスは、『一応別国家なんだぜ、俺ら』とでも言うようにツッコミを入れた。
「どう、動く?」
ティキから指令を受けているのか、という意味でアルゴスが問いかけると、エルはかぶりを振って言った。
「軍に携わるお二人はどう動かれますか?」
暗に、自由意思に任されていると告げる言葉。対してアルゴスの答えは率直で、そしてわかりやすかった。
「クティックの騎馬部隊を使って本国に攻め込む。」
堅く敷かれた陣に攻め込むのではなく、その脇を通り過ぎるという指示。それにフェルとエルは感心したような、呆れたような表情をした。
当たり前だ、敵が陣から出ない保証はどこにもない。その上
「本体が帰投すれば、ブランディカと在野で全面衝突ですよ?」
「だろうな。五千人くらいの隊をぶつけられたら、それで終わる。」
「どうするのです?」
「俺が行く。」
アルゴスの目には強い自信が映っていた。自国の、自分の隊を二千。それだけ率いて打って出るというのだ。なまなかな自信では出来ないだろうというのは、少女二人にもよくわかった。
「良いでしょう。必ず帰ってきてください。」
「ああ。帰投するまで、わが軍の指揮権はワルテリー王国代表エル・ミリーナに預ける。」最高指揮官による、指揮権の譲渡。本来はいくつかの手順を踏まなければならないはずのそれは、同盟国であること、そして小国であることが役立って、ほんの数秒で終わる。
「ブラス。」
「はいよ。」
二人には、それで十分だったようだ。最後にアルゴスはほとんど関わりのないフェルを眺めやった後、自陣に帰っていく。
アルゴスの背が見えなくなってから、ブラスは言った。
「わかっていると思うけど、あれだけじゃ、足りない。」
攻め込んだブランディカの軍を自陣に後退させるためには、という意味だと少女たちは思った。
「ブランディカは大軍だ。総数22万だ。10万が打って出たところで、残り12万は自陣に残っている。」
言われなくても、そんなことはわかっていると少女たちの目が訴えかけて
「だから、たった五千、脚の速い部隊で突破しようとしても、必ず妨害が入る。」
その言葉に、ハッとしたように少女たちの目が丸くなった。
妨害。22万の防衛とカウンターに長けた兵の、妨害。たった五千しかいないアルゴスの騎馬隊は、囲まれたら容易に蹂躙されるだろう。
「妨害には妨害を。こちらから手を出す必要がある。」
「大義名分は?」
攻め込まれたわけでもないのに攻め込むと、国の名に泥を塗ることになる。そんな少女たちの思いに反して、ブラスはそれを鼻で笑った。
「同盟を組んだ、小国家同盟は、大国と敵対し、抵抗すること。大義名分が必要か?」
必要ないとは言えないが、同盟そのものが大義名分と言えば名分だ。
「まあ、仕方ないですね。」
ティキを免罪符にしたくなかった二人は、だが同盟の発案者であるティキに全てを押し付けることを許すしかなく。
「どこを?」
「正面、三か所、投木。」
山から下に伐り倒した樹を転がす、ではない。
山の斜面上に用意したいくつかの投石機に、人の子供サイズに伐り倒した丸太を乗せて投げ飛ばすことだ。
「わかった。ワルテリー、クティック軍!」
「ケムニス軍三万!即座に所定の投石機の位置につけ!」
同盟を結んでから、準備期間は一週間ほど。参加を決定してからの戦争準備期間であれば、その三倍にも上る。
ティキがベリンディスの鍛冶師たちに作らせた各国十台ずつの投石機が、その戦端を開く合図となった。
一方、メラーゼがいなくなったブランディカでは、突然降ってきた巨木に驚いた。
「おい!どう対処すればいい!」
山なりに飛んでくる樹に対して、何名かが大槌で弾き飛ばし、何人かが頭を打って死亡しながら、同僚に対処法を求める。
「そう言われても困る!チ、タイミングが読めん!」
「誰か代われ、手首がやられた。」
「おう!」
人の子供サイズとはいえど、勢いのついた、樹。当たれば死ぬし、上手い当たり方をしても全治一ヵ月は下らない。
骨折覚悟でタックルをして弾き飛ばすもの、ハンマーで打ち返すもの。地面に落ちた樹は一様に、手持ちぶさたな兵によって別の場所へと運ばれていく。
「うわ、角度が変わった。気をつけろぉ!」
急に後方へと飛んで行った樹を見て兵士が叫ぶも、間に合わずに何人かが絶命する。
「天幕がやられたぁ!柱が折れたみたいだ!!」
「向こうにも気が飛んできてるってよ!どうやら三ヵ所から投げてきているらしい!」
弓矢と違って、樹は質量が大きい。その分、重装兵にも軽装兵にも、当たれば脅威になりうる。
だが、それ以上にこの投木には大きな効果があった。
「ヤバい、砂袋が括り付けられている!迎撃兵、下手に袋にあてるな!」
「地面にそのまま落下もまずい!砂ぼこりで視界が閉ざされるぞ!」
木に括りつけられているのは、粒子がとても細かく、容易に風で吹き飛ばされるような、砂袋。
地面に落ちればその衝撃で周囲に砂がばらまかれる。一つ一つの効果は薄いが、それが百にも二百にもなれば話は別。
地面に落ちないようにうまく迎撃できればいいが、あくまで木に括りつけられている以上、よほど気を使わなければ砂ぼこりが宙を舞い、視界どころか兜の隙間に入って眼すら潰される恐れがある。
「ヤバい、ヤバい。撤退だ!」
陣は広い。堅陣を敷き続けられなくなってでも、一時的に樹が届かない場所まで移動することは不可能ではない。
混乱の極致に至ったブランディカ軍は、その隣で何者かが疾走して行った音を、樹と自分たちの大声で遮ったため、聞くことが出来なかった。
普通、三超から山の下まで投石機で投げたところで、直線距離で一キロ以上も離れた陣まで樹を投げることなど出来はしない。
「よし、オッケー!次行こうか!」
だが、彼らはそれを可能としていた。理由は、投石機が本来の造りと比べても明らかに異様な構造で出来ていたからである。
一つ。棒が長い。
本来投石機は、棒が長ければ長いほど石の固定にかかる力が大きくなるため、数百メートル飛ばすのが限度程度の長さしか伸ばさない。
だが、小国家たちは軍の拡張が出来なかった。『神獣』たちの脅威、敵意ありと見られることを防ぐために軍の人員は増やせず、質を上げるしかなかった。そんななか、彼らは意思の力と想像力だけで力になる魔法に頼ったのだ。
石の固定と射出のタイミングを魔法で行う。逆に、速度と威力を投石機で補う。
そうすることで、何キロも飛ばせる投石機を作り上げた。
二つ。一つ目の理由により、投石機を壊れないように設計する必要がなく、それゆえにシステムに余計なねじや部品がない。
壊れても、同じ動きを魔法で再現すればよい。機会が動けば、石は放てる。この場合は木だが、そんなことは関係ない。
子供サイズなんてものを兵士が投げようとしても投げにくい。投げる対象に力がかかればそれでいい以上、勝手に飛んでいくための下地を魔法で作れば、力を懸けられた対象物は勝手に遠くまで飛んでいく。
ここは最近まで人の手がかかっていなかった、小国七つよりを合わせたよりも面積の広い山、『神の住み給う山』。
「素材はいくらでもある!兄貴を無事に敵さんのところまで送れぇぇぇ!」
上手くいけば、千人くらいは削れるかな。ブラスはそんなムシの良いことを考えていた。
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