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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
173/314

師は師として

 ティキが小国家七ヵ国間で同盟を結ぶべく、情報操作に精を出していた頃。

 約二ヵ月におけるその暗躍の間、それを指示したシーヌは遊んでいたわけではない。

 むしろ、ほぼ地獄とも呼べる環境に身を置いていた。


 “雷鳴の大鷲”グレゴリー=ドストの十八番とする魔法技術、『雷鳴雨』。

 もろに食らってなお生き延びられたシーヌは、彼の人生の中でも比較的異常な人間に映るだろう。

 それを喰らって、体を焼かれて、それでも魔法で完全治癒してのけて。シーヌはその後、その『雷鳴雨』をほとんどトレースしてのけた。

 “雷鳴の大鷲”だけではない。シーヌの養父にして冒険者組合管轄工業都市ミッセンの長、“次元越えのアスハ”の異名で知られる傑物は、彼をひたすらに鍛えていた。

「本気で殺しに来てる。」

何度、シーヌはそう呟いたかわからない。実際何度も死にかけた経験は、シーヌの人生の中でも、「もうやりたくない」という分類にわけられてしまう。


 流し込むように流動食を口に滑らせ、適当にうがいをすませると、シーヌは思いっきり布団の中に飛び込んで死んだように眠りにつく。

 それはさながら、学生時代に入る前、七歳から十歳までの頃のように。

 アスハに拾われ、ただひたすらに復讐のための牙を研ぎ続けた、獣がごとき過去のように。

 懐かしさと疲労を共に感じながらも、シーヌはこの日々が嫌ではなかった。




 スパルタ。過言ではなくそんな日々をシーヌに与えながら、アスハはただ、己の身に近づきつつある危機を予感していた。

 シーヌがクロウの生き残りであることは、さすがにアスハ以上の上層部には知られただろう。だが、その多くはその情報を無視するはずだとアスハはわかっている。

「“十神”は、放っておいてもいいのだ。」

冒険者組合員の中でも特別、戦闘能力に秀でた化け物、“十神”。それらの名前と、性格をそれぞれ思い出して、アスハは頭を振り払う。

「彼らに脅威という言葉はない。ゆえに、誰かを排斥しようという行為もない。」

クロウの生き残りと聞いても、何の感慨も抱かないだろう。神は人の営みを気にすることはない。ただ己の享楽のみに生きるのだから。


 だが、冒険者組合を実際に回しているそれ以下の組合員が問題なのだ。文字通り『最強』の彼らはおつむが弱い。組織を回すのは、純粋に力でのし上がったものではなく、そこに至るまでに手練手管を尽くしてきたものだ。

 アスハも、そんな一人。世の中で強者と言われてきた“黒鉄の天使”や“夢幻の死神”を瞬殺するのがせいぜい程度の強者が、組織を回しているのだ。


 ちなみに、一度アスハも“十神”の一人と戦ったことがある。冒険者組合最強、つまり世界最強と名高い彼らを相手に、全盛期の頃のアスハは十秒しか持たなかった。

 上位の龍ですら、瞬殺。それが“十神”という化け物である。


 シーヌはそこに手をかけられるかもしれない。一度は夢見たそれも、今のシーヌでは不可能だと断言できる。相性の関係で一人には勝てるかもしれないが……それが、シーヌが“十神”クラスになりえるという証明にはならないのだ。

 はあ、とため息を吐く。間違いなく現実逃避に入っている自覚があるだけに、余計に腹立たしいと感じるのだ。

「さて。」

気絶したシーヌを見つめながら、思う。そろそろか、と。


 視線でそこにいた彼らを外に出し、逆に自らの“転移”の魔法を使って何人かの人間を呼び寄せる。

 その瞬間、シーヌは弾かれたように立ち上がり、その周囲を見回した。

「もう、いいだろう。私の狙う、試練を課そう。」

それは、ティキが七ヵ国同盟を結びあげたという報が届く、五日前。アスハは丸一月と一週間ほど、シーヌにひたすら格上との戦闘を繰り返させていた。

「ここにいるのが何か、分かるか?」

「……おおよそ、は。わかります。」

そうだろうな、とアスハは頷く。わからなければ、おかしい。


「お前に課すのは、彼らの打倒だ。」

だが、と続ける。

「私が彼らを、全力で護る。」

アスハが護り、シーヌが殺す。その相手は、シーヌにとって最も因縁深きもの。

「かつてクロウを侵攻した軍兵、その、生き残り、雑兵たちだ。」

ニヤリ、とシーヌが口角を上げる。悪魔が浮かべるものにほど近いながらも、根本的に異なるその笑顔。


 醜悪な、という感想を胸の奥底に沈めて、言う。

「お前は『あまりに多すぎるから、機会を得られないなら雑兵は諦める』といった。その機会を作ってやる。」

悪魔は自分だ、とアスハは自嘲しながら。それでも、言った。

「お前が“復讐”を果たすには、私の魔法の対策は必要不可欠。……やってみろ、復讐鬼。」


 師として、親として。アスハはシーヌに、地獄を見ろと主張する。決して楽になりはしない、決して楽にしはしない。

 アスハは護衛対象たちの周りに次元をずらす魔法を発動させる。シーヌにそれを教えること。それが、アスハの目的だった。




 シーヌの目前には雑兵。されど、それはただの雑兵ではなく復讐敵。

「殺す。」

地面をけり飛ばして突き出した拳が、そのひじから先がどこかに消える。繋がっているのは間違いなく、ゆえに別の場所へとその空間が繋がっているだけなのだと理解する。

「良いのか、そのままで。」

アスハの言葉に違和感と、そして脅威を感じる。シーヌが慌てて腕を引くと、シーヌが手を入れていた空間が急に閉じるのを感じた。

「斬れるのか。」

「うむ。……護る、というのは、攻撃しないということでも、専守防衛に徹するということでもない。」

彼の言いざまに少しだけ笑みを浮かべる。シーヌは師から、今ハッキリと敵対宣言を聞いた。

「まあ、殺しはしないさ、弟子よ。」

「信じますよ、師匠。」

ゆえに、シーヌは。楽しそうな笑みを浮かべながら。


 おそらく彼は人生で初めて。自らの師に、“復讐鬼”としての、己を見せた。




 一日、全力で魔法を行使して。今日まで一月以上にわたって見せられた、全ての魔法をコピーしてなお、アスハが開く転移の魔法を超えることは叶わなかった。

 ありとあらゆる現象は飲み込まれ、ありとあらゆる魔法は通らない。

 フフフ、とシーヌは不気味な笑みを浮かべて、アスハの狙いを理解した。

 意志の力が魔法の威力の補正となる。ゆえに、この異常を何とかする方法など、意志の力の上書き以上に何があるというのか。

「転移魔法、師匠が使っている『次元門』を使えるようになれば攻撃はあてられるものの。」

原理がわからない。どう想像すればいいのかわからない。


 想像力で現象を指定するのが魔法だ。つまり、想像できないものは使えない。それが前提条件にあるがゆえに、一定以上の反則技がなければ使えない。

「あるはずだ、必ず、手段が……!」

シーヌは“復讐”の“奇跡”を持つ。それがゆえに、アスハに護られるというほとんど絶対的な安全圏でのうのうとしている彼らに一撃を与える方法が、必ずどこかにあるはずなのだ。

「シーヌ。」

二日目も半日が過ぎたころ、試行錯誤の限界が来たと言わんばかりのシーヌに、アスハは告げた。

「お前は誰の記憶を受け継いだ。お前は何の“奇跡”を、“三念”を得ている!」

受け継いだのは“永久の魔女”の記憶だ。得た奇跡は復讐だ、持つ三念は“憎悪”“苦痛”“有用複製”だ。


 頭の中で、全力でそう叫び返してから、感じた。

「“有用複製”?」

それは、反則技だ。こと復讐敵に対する絶対有利が“復讐”であるのなら、そのために必要な『魔法技術』、そして“三念”を自分の身に映す魔法。


 そして、何より反則であるのが、“有用複製”で使った、体験した魔法を、シーヌは己が体験として蓄積できること。

「“有用複製”……『転移門』。」

目の前に現れた歪みみたいなものに、手を差し込む。その歪みの先を見ると、アスハが護る男の背後に、似た歪みが見て取れた。

「これは、師匠の“転移”の、さらに奥か。」

その掌に“憎悪”を乗せる。過去、何度『あんなことをされなければ』と思ったか。何度『どうして皆殺しにした』と恨んだか。

「これが、僕の憎しみの行きついた先だ。」

背に、雑兵でしかなかったはずの男の背に、触れる。


 雑兵はその背に触れた感触に驚き、目を見開いて……

 顔を苦悶にゆがめた。

「憎しみというのが、どれだけ重いのか。貴様が僕に、貴様らが僕をどれだけ苦しめたのか。……思い知れ。」

憎悪。シーヌの“憎悪”は、それを抱かせた相手に対する攻撃の威力補正。

 憎しみが深ければ深いほど、その威力は絶大なものになる、そんな概念だ。


 シーヌがやったのは、ただ手をその背に触れるだけ。威力はそれほどなく、どちらかといえば小さな波が体に入っただけ。

 だがその波ですら、その雑兵には内臓全てを一気にかき回されるような、そんな恐ろしい衝撃に感じた。感じてしまった。

「これが、僕の憎しみだ。そして、これが。」

その背に触れた掌にまとわせる概念を、“憎悪”から“苦痛”に切り替える。


 魔法概念、“苦痛”。シーヌの痛めた、心の傷が昇華した魔法。

 それを向けた対象相手に、発狂寸前の心の痛みを刷り込む魔法。

「い、あ、が。」

もはや言葉を発さなくなったそれの心臓を、止める。そうしてシーヌは、次の対象に狙いを定めて、告げた。

「理解したよ、師匠の魔法。……名乗っておこう。」

もはやアスハの守りが万全でないと知った彼らは、怯えたような目でシーヌを見つめる。


 そんな怯えたような表情をした彼らに、シーヌは怒りを覚えた。

「お前たちも、怯えた少年少女を殺したんだろうが。」

呟きはアスハ以外の誰にも聞こえず、されどその怒りだけは兵士たちにも伝わって。

「『歯止めなき暴虐事件』、クロウの生き残り……シーヌ=アニャーラだ。……一人も、生かさない。」

アスハが招集したかつての兵士は、千人にも上る。

 シーヌは彼ら一人一人を、まる一日半かけて、弱火でじっくり煮込むように、虐殺した。




 実のところ。アスハの目的は、シーヌに自身の魔法を覚えさせることだ。

 “次元越えのアスハ”と呼ばれる異名は、空間を捻じ曲げ、どこから現れるかわからない攻撃と、どこへ行ったか分からない攻撃と、そしていつ、どこに消えるかわからない本人があまりに理解できないがゆえについたあだ名だ。

 アスハの放つ全ての魔法は、歪んだ空間を通って直撃する。アスハに放たれた全ての攻撃は、歪んだ空間の中に吸い込まれて消えていく。歪んだ空間の中にアスハが入れば、その場から完全に消えてしまう。


 シーヌはその理論を、どうやるかを、“有用複製”と“復讐対象”の二つのトリガーを得て、自らのものとした。してしまった。

「シーヌ。」

その訓練を繰り返し始めたシーヌに、アスハは声をかける。

「戦端が、まもなく開かれる。……行ってこい、『神の住み給う山』に。」

「……ありがとう、師匠。」

それはアスハが聞いた、最後の弟子の礼で。

「ああ。また、会おう。」

アスハはそうして、自らの異名の素である魔法を得た弟子を、送り出した。



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